28 / 50
28. フィディア神のために
しおりを挟む「エレアノールちゃんは救世の聖女だったの!?」
「いやいや、待て。この紋おかしくないか!? 明らかに欠けてるよな!? 授かる時期も前と違うし!」
そう、ノックスの言うとおり私の紋は欠けている。
けれど、これでもかなり成長したのだ。最初は紋だと判断できないほど小さかった。時間をかけて少しずつ紋が完成に近づいていって、最近やっと神威らしい輝きを放つようになったところだ。
「私が神威を授かり始めたのは、七ヶ月ほど前よ。紋様が少しずつ成長しているの」
「神威ってそういう授かり方をするものなのか? 俺は一瞬だったが……」
「私も回帰前に授かったときは一瞬だったわ」
「ま、待って。エレアノールちゃんも回帰前の記憶があるの?」
ルーカスとエドゥアルド殿下は混乱の極みという顔をしている。
時を戻した張本人であるノックスならまだしも、私が回帰前を覚えているというのは、たしかに不思議なことかもしれない。
とはいえ、ノックスとは事情がだいぶ異なるけれど。
「夢というかたちで見ただけだから、記憶があるとは少し違うわ」
もはや気配を消して話に参加しない姿勢を見せていたアンナも、このときばかりは『なるほど』という顔をして、ちらりとノックスに視線を向けた。『大好きなセルヴィオ』の夢が、回帰前の記憶であることを理解したのだろう。
「夢で……じゃあ夢の中でエレアノールちゃんは世界を救ったの?」
「ええと……それが、回帰前は神威を使う前に殺されてしまって」
「殺された!?」
ルーカスが愕然とした顔で「そんなことをした不届きものは誰だよ」と呟いたけれど、さすがにイシルディアの王ですとは言えない。今のハインリヒ陛下はまだ何もしていないし、今後国交が活発になる可能性を考えると、陛下を色眼鏡で見るようになるのはよくないだろう。
私が口をもにょもにょ動かしてお茶を濁していると、ノックスが呆れた様子で話をずらした。
「だから、俺が『時戻りの神威』を授かったんだろ。たぶん、エレアノールが死んだままだったら、あの裂け目に世界が飲み込まれて終わってたんだろうな」
「ええ……なん、ええ? そういうこと? ノックスお前、思った以上に壮大な使命を帯びての時戻りだったんだな……」
ルーカスは感心したようにノックスを見つめている。
たしかに、時期がずれただけで、回帰前も今回と同じように裂け目が出現したと考えるのが自然だ。そして、ノックスが時を戻さなければ、為す術なく世界は滅んでいたのかもしれない。
「私は今アストリウス神と繋がっているから、もしかしたら回帰前の記憶をあえて見せてくださっていたのかもしれないわ。今度こそ失敗しないための教訓として」
「え、エレアノールちゃん神様と繋がってるの? 今も?」
「ええ、なんとなく繋がっている感じがあるわ」
ルーカスは再び混乱した顔をしている。
これは感覚的なものだし、神と繋がっているからといって何ができるわけでもない。たぶん、神威を授けるときに繋がる必要があるか、もしくは繋がってしまうのだと思う。
けれど、この感覚を説明するのは難しいわねと悩んでいると、ノックスが「その感覚に覚えがある」と言って頷いた。
「俺も神威を授かったとき、一瞬だが神と繋がったような感じがあった。授かった神威がどんな力か漠然とわかるのも、それが理由だと思う」
「やっぱりそうよね。私は七ヶ月前からずっと繋がっていて、おかげで力の循環みたいなものを感じるのよ」
話がいよいよ複雑になってきたことで、ルーカスは元気に跳ねる赤褐色の髪をくしゃくしゃかき回して、鳥の巣のようにしながら呻いた。
「うー、ややこしい話になってきたなぁ。力っていうのは神様の力のこと?」
「そうよ。神は私たちの信仰心を力に変えて、災害を防いだり神威を授けたりしているようなの。神に助けてもらった民はまた信仰心を深めるわよね。その繰り返しで、神は強くなっていくのだと思うわ。逆に民からの信仰を失えば、神は民を守る力を失い……いずれ、消滅するのだと思う」
「え……じゃあ、あの裂け目は、本当にうちらの信仰心が足りてないからってこと? フィディア神は……消滅しかけてるの? ……嘘でしょ?」
私の話を聞いたルーカスはボサボサ頭のまま、信じたくないという顔で弱々しく首を振った。
一方、エドゥアルド殿下は真っ白な顔でぶるぶると震えている。
ただ、フィディア神が消滅しかけているのを民の責任だというのは、あまりにも乱暴な話だろう。これは不幸なすれ違いとしか言いようがない。
そもそも、民がフィディア神を憎むきっかけとなったのは宝珠だ。宝珠の存在のせいで国が荒れ、神威やそれを授けたフィディア神を憎む土壌ができあがった。そしてレオパルド王の治世でさらに生活が荒れて、トドメを刺されたかたちだ。
けれど、きっと消滅しかけていてもフィディア神はヴァルケルの民を愛している。アストリウス神と繋がっていることで、神がどれだけ自身の民を愛しているかが伝わってくるから。
それに、世界の創造主であるアストリウス神ですら他国に直接は干渉できないようだから、あの裂け目を塞ごうと抗っているのは、間違いなくフィディア神なのだ。
「でも、フィディア神は諦めていません。消滅のその瞬間まで、きっと裂け目を広げまいと必死に抗うはずです。民と自分は一蓮托生だから、というのもあるでしょうけれど、やっぱりフィディア神はヴァルケルの民を愛しているんだと思います。だから……」
「本当に……本当にフィディア神は、今も我々のために戦ってくれているのか?」
私の言葉を遮るように口を開いたエドゥアルド殿下は、縋るような目で私を見た。
信じたいけれど、信じてもし違ったらと思うと判断しきれないのだろう。
けれど神々の愛は、私たちが思っているよりもずっとずっと深い。
だから私は、自信を持って力強く頷いた。
「はい、絶対です! だから、私たちもフィディア神のためにできることをしましょう」
「そうか……わかった。エレアノール嬢、私はあなたを信じる」
エドゥアルド殿下は覚悟を決めた顔で力強く頷いた。
ルーカスもその様子を見て拳を握り締め、気合十分といった様子だ。
「あなたは民からの信頼が厚い。あなたが信仰を取り戻すべく動けば、きっと民の心を動かせますよ」
お父様がエドゥアルド殿下を励ますように言うと、エドゥアルド殿下はまたひとつ頷き、さっそく具体的な方法を考え始めた。
「民の信仰心を取り戻すなら、やはり王家が主導して鎮護の儀をおこなうのがいいのではないだろうか。フィディア神に国土の安寧を祈る過程で少しでも信仰が戻り、裂け目に良い変化があれば、民ももう一度神を信じようと思ってくれるかもしれない」
鎮護の儀をおこなうというのは私も良い案だと思う。
自分ではどうにもならない困難に直面したとき、神に祈るのは自然な行為だ。神に複雑な感情を抱いている人々も、エドゥアルド殿下が呼びかければ、ともに祈るため集まってくれるだろう。
私もそのとき、何か役に立てればいいのだけれど。
「儀式のときに神威を使って裂け目を塞ぐことができれば、民の信仰心を取り戻せるかしら……」
「うーん、どうだろうな。俺は神威を授かったとき『やり直せ』って声が聞こえたんだ。あれはアストリウス神の声だったんじゃないかと思うんだが、エレアノールは何も聞こえないか?」
「はっきり声が聞こえるわけじゃないわ。でも、今はまだその時じゃないと言われている感じがする」
もしかしたら、アストリウス神は神威を使うべきタイミングに合わせて紋を完成させてくれるのかもしれない。
……けれど、そのとき私は正しく神威を使えるだろうか。使い道を間違えれば世界が滅ぶというのに。
そう考え始めると、だんだん息の仕方もわからなくなってくる。
なんとか平静を取り戻そうと吐く息に集中していると、気づかぬうちに爪が食い込むほど強く握りしめていた私の手を、ノックスがそっと開いて握った。
「大丈夫、神の指示に従って力を使えばいいだけだ。それに、神威を使うときは俺も必ずエレアノールのそばに居るから」
ノックスが私の手のひらを労わるように撫でてくれる。
「そうね、私は一人じゃないもの。大丈夫、やれるわ」
ぐるりとみんなを見回すと、全員が私の目をしっかり見て頷きを返してくれる。
そうよね。そもそも信仰を取り戻すことさえできれば、必ずしも神威に頼る必要はないのだから。
ここにいるみんなと、力を合わせて世界の平和を取り戻すのよ。
3
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる