願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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28. フィディア神のために

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「エレアノールちゃんは救世の聖女だったの!?」
「いやいや、待て。この紋おかしくないか!? 明らかに欠けてるよな!? 授かる時期も前と違うし!」


 そう、ノックスの言うとおり私の紋は欠けている。
 けれど、これでもかなり成長したのだ。最初は紋だと判断できないほど小さかった。時間をかけて少しずつ紋が完成に近づいていって、最近やっと神威らしい輝きを放つようになったところだ。


「私が神威を授かり始めたのは、七ヶ月ほど前よ。紋様が少しずつ成長しているの」
「神威ってそういう授かり方をするものなのか? 俺は一瞬だったが……」
「私も回帰前に授かったときは一瞬だったわ」
「ま、待って。エレアノールちゃんも回帰前の記憶があるの?」


 ルーカスとエドゥアルド殿下は混乱の極みという顔をしている。
 時を戻した張本人であるノックスならまだしも、私が回帰前を覚えているというのは、たしかに不思議なことかもしれない。
 とはいえ、ノックスとは事情がだいぶ異なるけれど。


「夢というかたちで見ただけだから、記憶があるとは少し違うわ」


 もはや気配を消して話に参加しない姿勢を見せていたアンナも、このときばかりは『なるほど』という顔をして、ちらりとノックスに視線を向けた。『大好きなセルヴィオ』の夢が、回帰前の記憶であることを理解したのだろう。

 
「夢で……じゃあ夢の中でエレアノールちゃんは世界を救ったの?」
「ええと……それが、回帰前は神威を使う前に殺されてしまって」
「殺された!?」


 ルーカスが愕然とした顔で「そんなことをした不届きものは誰だよ」と呟いたけれど、さすがにイシルディアの王ですとは言えない。今のハインリヒ陛下はまだ何もしていないし、今後国交が活発になる可能性を考えると、陛下を色眼鏡で見るようになるのはよくないだろう。
 私が口をもにょもにょ動かしてお茶を濁していると、ノックスが呆れた様子で話をずらした。


「だから、俺が『時戻りの神威』を授かったんだろ。たぶん、エレアノールが死んだままだったら、あの裂け目に世界が飲み込まれて終わってたんだろうな」
「ええ……なん、ええ? そういうこと? ノックスお前、思った以上に壮大な使命を帯びての時戻りだったんだな……」


 ルーカスは感心したようにノックスを見つめている。
 たしかに、時期がずれただけで、回帰前も今回と同じように裂け目が出現したと考えるのが自然だ。そして、ノックスが時を戻さなければ、為す術なく世界は滅んでいたのかもしれない。
 
 
「私は今アストリウス神と繋がっているから、もしかしたら回帰前の記憶をあえて見せてくださっていたのかもしれないわ。今度こそ失敗しないための教訓として」
「え、エレアノールちゃん神様と繋がってるの? 今も?」
「ええ、なんとなく繋がっている感じがあるわ」


 ルーカスは再び混乱した顔をしている。
 これは感覚的なものだし、神と繋がっているからといって何ができるわけでもない。たぶん、神威を授けるときに繋がる必要があるか、もしくは繋がってしまうのだと思う。
 けれど、この感覚を説明するのは難しいわねと悩んでいると、ノックスが「その感覚に覚えがある」と言って頷いた。
 

「俺も神威を授かったとき、一瞬だが神と繋がったような感じがあった。授かった神威がどんな力か漠然とわかるのも、それが理由だと思う」
「やっぱりそうよね。私は七ヶ月前からずっと繋がっていて、おかげで力の循環みたいなものを感じるのよ」


 話がいよいよ複雑になってきたことで、ルーカスは元気に跳ねる赤褐色の髪をくしゃくしゃかき回して、鳥の巣のようにしながら呻いた。
 
 
「うー、ややこしい話になってきたなぁ。力っていうのは神様の力のこと?」
「そうよ。神は私たちの信仰心を力に変えて、災害を防いだり神威を授けたりしているようなの。神に助けてもらった民はまた信仰心を深めるわよね。その繰り返しで、神は強くなっていくのだと思うわ。逆に民からの信仰を失えば、神は民を守る力を失い……いずれ、消滅するのだと思う」
「え……じゃあ、あの裂け目は、本当にうちらの信仰心が足りてないからってこと? フィディア神は……消滅しかけてるの? ……嘘でしょ?」


 私の話を聞いたルーカスはボサボサ頭のまま、信じたくないという顔で弱々しく首を振った。
 一方、エドゥアルド殿下は真っ白な顔でぶるぶると震えている。

 ただ、フィディア神が消滅しかけているのを民の責任だというのは、あまりにも乱暴な話だろう。これは不幸なすれ違いとしか言いようがない。
 そもそも、民がフィディア神を憎むきっかけとなったのは宝珠だ。宝珠の存在のせいで国が荒れ、神威やそれを授けたフィディア神を憎む土壌ができあがった。そしてレオパルド王の治世でさらに生活が荒れて、トドメを刺されたかたちだ。

 けれど、きっと消滅しかけていてもフィディア神はヴァルケルの民を愛している。アストリウス神と繋がっていることで、神がどれだけ自身の民を愛しているかが伝わってくるから。
 それに、世界の創造主であるアストリウス神ですら他国に直接は干渉できないようだから、あの裂け目を塞ごうと抗っているのは、間違いなくフィディア神なのだ。


「でも、フィディア神は諦めていません。消滅のその瞬間まで、きっと裂け目を広げまいと必死に抗うはずです。民と自分は一蓮托生だから、というのもあるでしょうけれど、やっぱりフィディア神はヴァルケルの民を愛しているんだと思います。だから……」
「本当に……本当にフィディア神は、今も我々のために戦ってくれているのか?」


 私の言葉を遮るように口を開いたエドゥアルド殿下は、縋るような目で私を見た。
 信じたいけれど、信じてもし違ったらと思うと判断しきれないのだろう。
 けれど神々の愛は、私たちが思っているよりもずっとずっと深い。
 だから私は、自信を持って力強く頷いた。


「はい、絶対です! だから、私たちもフィディア神のためにできることをしましょう」
「そうか……わかった。エレアノール嬢、私はあなたを信じる」


 エドゥアルド殿下は覚悟を決めた顔で力強く頷いた。
 ルーカスもその様子を見て拳を握り締め、気合十分といった様子だ。


「あなたは民からの信頼が厚い。あなたが信仰を取り戻すべく動けば、きっと民の心を動かせますよ」


 お父様がエドゥアルド殿下を励ますように言うと、エドゥアルド殿下はまたひとつ頷き、さっそく具体的な方法を考え始めた。


「民の信仰心を取り戻すなら、やはり王家が主導して鎮護の儀をおこなうのがいいのではないだろうか。フィディア神に国土の安寧を祈る過程で少しでも信仰が戻り、裂け目に良い変化があれば、民ももう一度神を信じようと思ってくれるかもしれない」


 鎮護の儀をおこなうというのは私も良い案だと思う。
 自分ではどうにもならない困難に直面したとき、神に祈るのは自然な行為だ。神に複雑な感情を抱いている人々も、エドゥアルド殿下が呼びかければ、ともに祈るため集まってくれるだろう。
 私もそのとき、何か役に立てればいいのだけれど。


「儀式のときに神威を使って裂け目を塞ぐことができれば、民の信仰心を取り戻せるかしら……」
「うーん、どうだろうな。俺は神威を授かったとき『やり直せ』って声が聞こえたんだ。あれはアストリウス神の声だったんじゃないかと思うんだが、エレアノールは何も聞こえないか?」
「はっきり声が聞こえるわけじゃないわ。でも、今はまだその時じゃないと言われている感じがする」


 もしかしたら、アストリウス神は神威を使うべきタイミングに合わせて紋を完成させてくれるのかもしれない。
 
 ……けれど、そのとき私は正しく神威を使えるだろうか。使い道を間違えれば世界が滅ぶというのに。
 そう考え始めると、だんだん息の仕方もわからなくなってくる。
 なんとか平静を取り戻そうと吐く息に集中していると、気づかぬうちに爪が食い込むほど強く握りしめていた私の手を、ノックスがそっと開いて握った。


「大丈夫、神の指示に従って力を使えばいいだけだ。それに、神威を使うときは俺も必ずエレアノールのそばに居るから」


 ノックスが私の手のひらを労わるように撫でてくれる。


「そうね、私は一人じゃないもの。大丈夫、やれるわ」


 ぐるりとみんなを見回すと、全員が私の目をしっかり見て頷きを返してくれる。
 そうよね。そもそも信仰を取り戻すことさえできれば、必ずしも神威に頼る必要はないのだから。
 ここにいるみんなと、力を合わせて世界の平和を取り戻すのよ。
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