願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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27. それが私の使命

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 アンナのメイド服姿を呆然と見ている私を尻目に、お父様は感心半分、呆れ半分といった表情で頷いた。
 
 
「ご苦労。さすがだな、すでに準備していたか。あの揺れだったから、きっと私の命など無視してこちらへ駆けつけているだろうとは思ったが」


 お父様の表情を見たアンナは、無言のまま洗練された所作でお辞儀をした。
 ちなみに、私はまだアンナの突然の登場に頭が追いついていない。

 
「ア、アンナ……?」
「はい、お嬢様」


 私が話しかけると、アンナは勢いよくこちらを振り返った。
 その顔は公爵令嬢の侍女らしい淑やかな笑顔を湛えているけれど、いかんせん喜びの感情が隠しきれていない。そういえば、アンナは私が話しかけるといつもこの顔をする。
 ヴァルケルへ来てからいろいろありすぎてアンナとあまり一緒に行動できなかったから、懐かしいような気持ちになって思わず笑みがこぼれた。


「突然現れたものだから驚いたわ。お父様の用事はもう済んだの?」
「ええ、お嬢様。もう終わりましたから、今後はおそばを離れません」
「エレアノールが心配で離れたくないから勝手に終わりにした、の間違いでは? 調査はまだ途中だよね?」


 お父様がじとっとした視線を向けながらそう言うと、アンナはその言葉を笑顔で黙殺した。
 アンナの雇い主はお父様のはずだけれど、その雇い主の言葉を黙殺するのはアリなのかしら?
 というか、侍女であるアンナが私の世話以外の仕事を任されるのもおかしな話だ。なぜ侍女がヴァルケルの調査なんて……とそこまで考えたところで、やっとアンナの正体に気づいて息を呑んだ。


「閣下……そのメイド服、うちのですよね? 城の中を影に探らせていることを堂々と暴露されるのは、ちょっと……」
「ははは、城の中だけではありませんよ。近隣住人の意識調査もおこないました」

 
 お父様は城の内外でヴァルケルについて探らせていたのだと堂々と暴露したけれど、それはヴァルケルのためだろうから置いておくとして、それよりもアンナがただの侍女ではないと知った衝撃が大き過ぎる。
 しかも、ルーカスはアンナが暗部の人間だと、とっくに知っていたような口ぶりだ。ノックスとエドゥアルド殿下も全然驚いた様子がない。


「もしかして、気づいていなかったのは私だけ……?」
「うーん、暗部の人間って足音をたてない歩き方が身についてるから、普段の足音が微妙に違うんだよね。わざと音を鳴らしてる感じっていうのかな? でも普通は気づかないと思うよ」


 ルーカスの言葉に、ノックスも頷いて同意を示している。
 そして、エドゥアルド殿下は少し困ったように頬を掻きながら苦笑いした。


「私はグレゴールの仲間を伸している場面を見たので、そうだろうと思っていた」
「まあ、迎賓館でのことかしら? アンナはとても強いのね」
「いえ、あのときは香を焚かれる前に対処できず、ホールの控え室でも後れを取り……私はお嬢さまの影失格です……!」
「いや、君は私の影だからね? というか非戦闘員なのに、なんでそんなに勇ましいの?」


 大切な話が控えているのに、空気が緩くてなんだか気が抜ける。
 本当はノックスと心を交わせて、幸せいっぱいのまま一日を終えられれば良かったのだけれど。恐ろしい隠し部屋を見て、空が裂け……アンナが暗部の人間だったのも驚いたし、今日はいろいろと盛りだくさんだわ。

 しかも、みんなが好き勝手に話し始めたから収拾がつかなくなってきたわね、と自分のことを棚に上げて考えていると、お父様が咳払いをして注目を集めた。


 「そろそろ今回の件について、私の考えを話してもいいだろうか」

 
 その一言で、緩んでいた空気がピリッと張り詰めたものに変わる。
 全員が真剣な顔で居住まいを正すと、お父様は手を組んでどこから話そうかなというように視線を上に向けた。


「十の国に十の神が居て、それぞれの国を管理している。国の数は始まりの記録から常に十であり、増えても減ってもいない。ここまではいいかな?」

 
 お父様はぐるりと全員を見回し、みんなが首肯するのを確認してから再び口を開いた。


「私は常々不思議だった。なぜ国の数が変わらないのか。スカリムドールの守護神など、民の気質からして脳味噌まで筋肉に違いないのに、他国を滅ぼそうという意思を感じさせる神威は今までひとつもなかった。それはなぜか?」


 問いかけを残して、お父様はティール色のお茶を一口飲み、ほうと息をついた。
 すると、ノックスが考え込むように顎に手を当てながら、自信なさげに口を開く。
 

「……国が一つでも消えると、他の国の神も都合が悪いからか? 世界のバランスが崩れるとか、それこそ裂け目が出現して世界が飲み込まれるとか、そういう……」

 
 ノックスの言葉を聞いたお父様は、カップを置きながら満足げな顔で頷いた。

 
「さすが私の弟子。私も同じことを考えました」
「誰が弟子だ!」
「私はそんなこと思いつきもしなかった。僭越ながら、私も公爵に師事させてもらえると嬉しいのだが……」
「ややこしくなるから義兄さんはちょっと黙ってて」

 
 また会話が迷走しそうなところを、ルーカスが強制的に中断させる。
 
 しかし、神々にとって国が一つでもなくなると都合が悪いのでは、というお父様の予想は私も当たっていると思う。
 神々は自身が守護する国に神威を授けることで守ろうとするけれど、同時に他国を滅ぼすような力は与えないよう調整している。
 実際、一瞬ですべてを消し飛ばせるほどの神威というのはほとんどない。それこそ『願いの神威』ぐらいなものだ。つまり、この力を授けるときというのは、よほど状況が逼迫しているのだろう。

 私が心の中で深く同意していると、お父様はどこか苦々しい顔で言葉を続けた。


「正直、フィディア神がヴァルケルをどう思っているか私にはわかりません。しかし、少なくとも他国の神はヴァルケルの滅亡を阻止しようと動くはずだ、と考えています。自国民に、神威を授けて対処させるはずだと……」

 
 お父様はそう言うと、静かに私を見つめた。ノックスも息を呑んで私を振り向く。
 私はお父様が私と同じ結論にたどり着いたことで、確信を持ってこの言葉を言えるわ、と感謝の気持ちとともに口を開いた。


「私も、それが自分の使命だと考えています。願いの神威は、救世の力ですから」


 するりと右手首の内側を撫でて神威の紋を出現させる。
 みんなに紋が見えるよう腕を差し出すと、全員が驚愕の表情を浮かべて私の手首を見つめた。
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