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21. 新国王は嘘がつけない
しおりを挟むコンコンとノックの音が聞こえ、ドアへと視線を向ける。
お父様が返事をすると、入室してきたのはエドゥアルド殿下だった。
「ああ……お揃いか。ちょうどよかった。実は、見ていただきたいものがある」
エドゥアルド殿下の声は弱々しく、顔色もあまり良くないような気がする。
兄のやらかしの後始末をしながらバラバラになりつつあった貴族をまとめ上げ、王位継承の準備を進めるというのは並大抵のことではないと思う。
けれど、それにしたって疲れ果てているように見えた。
(考えてみれば、ノックスは常に私のそばにいるわよね。私ばかり彼を独占しては、エドゥアルド殿下が大変だわ)
正直、自分のことばかりでエドゥアルド殿下のことまで頭がまわらなかった。
申し訳なく思いつつ眉を下げてノックスを見ると、ノックスも同じことを考えたのか気まずそうな顔で頬を掻いている。
「えーと……親父、大変そうだな。手伝えることがあったら、なんでも言ってくれ」
「ああ、ありがとう。そういうことなら、エレアノール嬢が不便を感じないよう、引き続き手伝って差し上げて欲しい。そうすれば私も安心して動けるよ」
こんなに疲れた顔で微笑むエドゥアルド殿下の言葉を、額面どおり受け取れるはずもない。
ノックスが罪悪感を抱かなくて済むようにそう言ったことは明らかで、案の定ノックスはさらにばつが悪そうな顔をした。
「でも、ずいぶん疲れているように見えるぞ……」
「ん、ああ。いや、違うんだ。疲れているといえばそうなのだが、精神的なものというかなんというか。まあ、見てもらえればわかる」
エドゥアルド殿下は「まったく、人様にどれだけ迷惑をかければ気が済むのだ」と呟いて肩を落とした。
何を思い出したのか、さらにぐっと老け込んだエドゥアルド殿下を見て、思わずノックスと顔を見合わせる。
すると、お父様が剣呑な笑顔で「さて、お次はどのようなやらかしでしょうかねえ」と呟いて立ち上がった。
エドゥアルド殿下はイシルディアの第一王子を保護して『親父』と慕われるほど大切に育てたけれど、だからといって今回被害に遭った令嬢たちの家は黙っていないだろう。
お咎めなしとはいかない以上、エドゥアルド殿下は少しでも有利に交渉を進めなければならない。なのに、交渉の真っ最中に余計なことを詳らかにしようというのは、どうなのだろう。
きっとエドゥアルド殿下は、腹の探り合いのようなものが苦手なのだと思う。
傷つき疲弊したヴァルケルの民には誠実で優しい王が必要なのだと思うし、個人的にもエドゥアルド殿下のことは好ましく思っているけれど、お父様にはあまり隙を見せるべきではない。
お父様はその気になれば、ヴァルケルのすべてをむしり取ることができるのだから。
心配になってお父様とエドゥアルド殿下の間で視線を往復していると、お父様は苦笑いして私の頭に手を置いた。
「エレアノール、そう心配そうにするな。我が国とて隣がこれ以上荒れては嬉しくない。まあ、相応の補償はいただくがね」
お父様は手加減するような口振りだけれど、『相応の補償』はかなりの額になるだろう。その証拠に、視界の端でエドゥアルド殿下の顔色がさらに悪くなった気もする。
なにか、ヴァルケルの民が傷つかないかたちで決着できる案があるといいのだけれど。
ところで、エドゥアルド殿下が見せたいものというのは、国王の執務室にあるらしい。
国王の執務室はヴァルケルでもっとも機密性の高い場所なのだから、他国の者が入るなどありえない話だと思う。
けれど、エドゥアルド殿下はそれでも執務室まで来て欲しいのだと言った。
ちなみに「エレアノール嬢は見ないほうがいいかもしれない」とも言っていた。そうなると、俄然気になってくるのが人間というものではないだろうか。
◇ ◇ ◇
私はまだたくさん歩くと疲れてしまうため、エドゥアルド殿下とお父様には先に行ってもらうことにして、ノックスとゆっくり回廊を歩く。
白百合の間から国王の執務室まではかなり距離があり、今の体力で移動しようと思うとなかなか大変なのだ。
途中、中庭を眺めるための張り出しがあり、その明るく開放的な雰囲気に惹かれて目を向けると、欄干の向こう側に雲ひとつない青空が見えた。
そういえば、ずっと外に出ていない。庭を散歩するぐらいなら、そろそろできるのではないだろうか。
そんなことを考えていると、陽の光を恋しく思う私の気持ちを察したのか、ノックスが「少し寄っていくか?」と言ってくれた。
お言葉に甘えてノックスのエスコートで欄干へ寄ると、穏やかな風が髪を揺らし、美しい青空と柔らかな陽光に包み込まれるような心地になる。
眼下には広々とした中庭があり、中央にある大きな噴水の周囲には、瑞々しい白百合が眩いほどに咲き誇っていた。
「まあ、白百合が満開だわ!」
「ああ、親父の婚約者が好きな花だったから、白百合の手入れは徹底しているな。親父が自ら世話することもある」
エドゥアルド殿下は、やはり今もヴィオラ様を愛しているのだ。しかし彼は、後継のために婚姻を強く求められるだろう。
それならせめて、お相手はエドゥアルド殿下を優しく包み込んでくれる、穏やかで温かな女性だといい。
父親も愛する人も亡くし、兄に踏みつけられながら、それでもヴァルケルの民を思って耐え続けたのだもの。エドゥアルド殿下にも幸せが訪れなければ、あまりにも不公平というものだ。
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