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20. あなたが隣に居てくれるなら
しおりを挟む「シャンベル男爵令嬢は、いつも胸元に宝珠を着けているわよね。隙を見て、ドレスから取り外せればいいのだけれど……」
私が誰に聞かせるでもなくぽつりと呟くと、ノックスは信じられないというように目を見開いた。
「宝珠を堂々と身に着けてるのか!? 王族を操っていることが判明したら極刑なのに、自ら証拠を身に着けるなんて正気とは思えないんだが……」
ノックスの驚きはもっともだけれど、シャンベル男爵令嬢はそこまで深く考えていないと思う。いざというときは操ればいい、と思えば大胆な行動も取れるのだろう。
苦々しい思いでそう考えていると、お父様が顎に手をやり、不思議そうに首を傾げた。
「回帰前の殿下は、男爵令嬢にどう対処したんです?」
「そういえば……覚えがないな? そもそも、シャンベル男爵家に庶子なんかいたか?」
「シャンベル男爵は愛妻家で有名な方でしたから、操られて血の繋がりなどない者を引き取ったのだと思いますが……そうなると、回帰前はそもそもネリー・シャンベルに宝珠が渡らなかった可能性が高いですね」
セルヴィオの夢は断片的で、すべての出来事を見たわけではないけれど、私もネリー嬢が居た覚えはない。
ノックスと二人で首を捻っていると、お父様は何かに気づいたような顔で顎から手を離した。
「エドゥアルド殿の婚約者が、宝珠を抱いて川に身を投げたという話しでしたよね。そもそも、回帰前もエドゥアルド殿は生きておられましたか?」
「っ、いや……いなかった。先王を追うように死んだと聞いた気がする」
「であれば、弟の婚約者を穢して王位から遠ざける必要もないわけですから、宝珠を抱いて身を投げるという事態にもなりませんね。宝珠はずっとレオパルドのもとにあったのでしょう」
お父様の言葉を聞いたノックスは、蒼白になって顔をこわばらせた。
両手で髪をくしゃりと掴んだ彼の目は、絶望に彩られている。
「嘘だろ……つまりルーカスの家族は……俺が未来を変えたから、死んだのか……?」
ノックスのその言葉を聞いた瞬間、地面がグラリと揺れるような錯覚に陥る。
ノックスはただでさえ私の死を自分のせいだと考えているのに、これ以上誰かの死を背負うなんてして欲しくない。
それに、ノックスが時を戻したせいで彼らが死んだというのなら、それは私の代わりに犠牲になったともいえる。
自分がきっかけだからこそ「それは違う」とは口にできず焦れていると、お父様は心底興味なさそうに、しらけた顔をノックスに向けた。
「そのような傲慢な考えは今すぐお捨てください。みな与えられた選択肢の中から、懸命に道を選びとって生きているのです。人生とはその軌跡。たしかに時を戻して各自に与えられる選択肢は変化したかもしれませんが、選択の積み重ねにより起こった幸も不幸も、ご本人だけのものです」
ノックスは髪を掴んだままびくりと肩を揺らし、恐る恐るといった様子でお父様に視線を向けた。
そして、お父様の呆れかえった顔を見て脱力し、キノコの生えそうなじめじめした空気を醸し出し始めた。
「公爵……もう少し優しくしてくれてもよくないか?」
「このうえなく優しいでしょう。悲劇の王子様を演じる黒歴史を阻止してさしあげたのですから」
お父様は面倒くさいという顔で、ソファに体を深く沈ませた。
ノックスにまとわりついていた暗い気配が霧散し、二人が言い争いをを始めるのを眺めながら、そっと息を吐きだす。
もしかしたら、お父様は魔法使いなのかもしれない。
アンナが暇つぶしにと持ってきてくれた本のなかに、そんな物語があったのだ。魔法を使える公爵が、人々の悩みを華麗に解決するお話。
ええと、公爵の愛称はたしか……
「毒舌公爵ね! あら、腹黒公爵だったかしら? とにかくお父様はさすがね!」
「あ、うん。ありがとうエレアノール。でも毒舌公爵とか腹黒公爵って褒め言葉じゃないよね?」
「いや、それ言ったら『威嚇する熊さんみたい』も別に褒め言葉じゃないぞ」
ノックスは、今のお父様とのやり取りがよほど悔しかったのか、意趣返しするかのようにニヤリと笑って口を挟んだ。
けれど、お父様は余裕ありげに『威嚇する熊さんの笑顔』を浮かべている。
「おやおや、切り取り方に悪意を感じますねえ。エレアノールは『威嚇する熊さんみたいでかわいい』と言ったんですから、紛うことなき褒め言葉ですよ。王室に復帰する気なら、情報を正確に伝える癖をつけていただきませんと」
「なんだと!? くそ……毒舌腹黒公爵め!」
また、わちゃわちゃと二人が戯れ始める様子を呆然と見つめる。今のは、自分の願望による幻聴だろうか。
「ノックス……イシルディア王室に、戻るの?」
「ん、ああ。もうヴァルケルは心配なさそうだからな。十八年間ずっと探されていたようだし、観念することにしたんだ」
「……ノックス!!」
離れ離れにならなくて済むという事実に、胸がいっぱいになってノックスの腕の中に飛び込む。
あなたを愛している。セルヴィオの夢を見ていなかったとしても、きっとあなたを愛した。
でも、だからこそ、ずっと考えていた。
もしあなたが、あなたの愛したエレアノールではない私に幻滅して、ヴァルケルで他の誰かの手を取る日が来たら。
そうしたら、私は何を願うだろうと。
かつて陛下が言ったように、世界の終わりを願いはしないか――
でも、あなたがともにイシルディアに戻ると言ってくれたから、まだ私は正しくあれる。
そのことへの深い安堵を感じながら、彼の背中に回した手で、そっと右手首の内側を撫でた。
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