上 下
18 / 25

18. なるほど、俺は sideノックス

しおりを挟む

「たしかに陛下は偉大なお方です。でも、陛下だって私情で動くことはありますよ。たとえば、文化交流会と称して毎年私をここへ送っているのは、なぜだと思いますか?」


 はっとして、思わず顔を上げる。
 毎年、公爵はずいぶん長くヴァルケルに留まり、あちこち視察に行っていた。
 城内も頻繁にうろついていて、彼に見つからないよう身を潜めるのに苦労したものだ。
 もし、その行動に外交とは無関係な理由があるのだとしたら。

 
「…………まさか、俺を探すためか?」
「そのとおり。国益を第一に考えるなら、陛下は私をヴァルケルへ派遣するのではなく、もっと有効に使うべきです。言い方は悪いですが、ここは大して重要な国ではないですから。でも、秘密裏にあなたを探させたいからそうしない。これが私情でなくて何なのです?」


 公爵は、父がただの人間であるかのように言う。父も俺と同じ、愚かな人間なのだと。


「不敬を承知で言いますが、あの方は非常に臆病です。それがあらゆる事態へ備えることに繋がり、民には素晴らしい王に映る。でも、慎重さがよくない結果を生むこともあります」
「どういうことだ……?」


 公爵は顎に手を添え、視線を中空に彷徨わせてうーんと唸った。
 この男は、優男風な顔立ちなのに笑顔が怖すぎるし、普段は無口なのに実はお喋りだし、よくわからない人物だ。
 ただ、こうやってしっかり話してみると、実は父ですらこの男の掌中で踊らされているのではないかというような気がしてくる。


「もし、エレアノールが陛下に殺されたあと、あなたが神威を授からなかったとしたら、どうしましたか?」
「……その場で父を、殺していただろうな。侍従も、近衛騎士も。そのあとは、世界を滅ぼすことに力を注いだと思う」
「世界を……なんですって? さすがに、そこまでとは思っていなかったのですが」


 公爵は、うわぁという顔で俺を見た。聞かれたから答えたのに失礼な男だ。

 俺だって本当に世界を滅ぼせるなどとは思っていない。父を殺すまではできたとしても、そのあとすぐに捕まって終わりだっただろう。
 ただ可能ならやったという話だ。
 エレアノールの命を代償に得た平和など、受け入れられるはずもない。
 

「まあ、とにかく。ハインリヒ陛下が死ぬか、それに失敗してあなたが排除されるか、いずれにせよ世界の支柱が大きく揺らぐことになります。つまり、ハインリヒ陛下は選択を間違えたのではありませんか?」
「そう……なのだろうか」


 公爵は、今度こそ微笑ましいという顔をして俺を見た。
 どうしてこの男は、こんなに俺を子ども扱いしてくるのだろう。
 それがそこまで嫌じゃないのが、どうにも悔しい。


「私からしてみれば、あなたは陛下よりよほど理知的ですよ。実際のところ、民からすれば平和で豊かな生活が送れるなら、内情などどうでもいいのです。王が高尚な考えを持っていようが、私欲にまみれていようが、結果がすべてですから」
「では、たとえば俺がエレアノールのために国を豊かにし、エレアノールに尊敬されたいがために立派な王たろうとしても、何も問題はないというのか?」
「そういうことです。というか、それだけエレアノール、エレアノールと連呼しておいて、本当にマルセル殿下とエレアノールの結婚を、黙って見守るつもりだったのですか?」


 公爵は不思議な生き物を見る目で俺を見た。
 そんなことは不可能だろうと言いたげだが、そもそも俺はエレアノールを死なせた罪人なのだ。
 見守るつもりもなにも、そもそも俺には何の権利もない。


「……もちろんそのつもりだったさ」
「うーん、本当にわかっていらっしゃいます? 結婚式の様子を想像してみては?」


 公爵の呆れたような、馬鹿にしたような顔が腹立たしい。
 だが、公爵とじっと見つめ合うかたちになるのもそれはそれで腹立たしく、仕方なしに足を組んで目を閉じた。


 豪奢な婚礼衣装に身を包んだエレアノールは、さぞ美しいだろう。ドレスの色はホワイトかバーガンディか、いや、やはりサファイアブルーもいいな。そして彼女は、永遠の愛を誓うかという質問に、はにかみながら「はい」と答える。きらきら輝くエメラルドグリーンの目が私を見上げ、その瞳がそっと隠れるのを合図に、柔らかな薔薇色の唇に口づけを……


「大丈夫ですか? マルセル殿下とエレアノールとの結婚式、ちゃんと想像できましたか?」
「ぐぅっ……他の男に置き換えるのは無理だ!」
「置き換えるも何も、エレアノールはあなたのものじゃありませんが。エレアノールがマルセル殿下と結婚するということは、エレアノールがマルセル殿下と手を繋ぎ、抱き合い、キスをして、それ以上のこともするってことです」


 公爵の言葉に、ぶわりとあの夜の記憶が蘇る。
 エレアノールの、あの柔らかい体と甘い声を他の男が……? 焦らすと目を潤ませて愛撫を強請り、口移しで水を飲ませてやると積極的に舌を絡めてきて…………あんなことを、他の男と……?


「ーー~~ッ! 絶対にダメだ!!」


 あの姿を他の男が見るというだけで、胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。あまつさえ触れるなど考えられない話だ。
 俺にとやかく言う権利などないのは重々承知だが、それでも受け入れられる気がしない。


「そうでしょう、そうでしょう。なんと浅はかな殿下」
「浅はかって言うな! ……いや、だが、事実浅はかだったな。あんな姿を他の男に見せるだなんて、俺は……」


 頭を抱えて自分の想像力のなさを嘆いていると、いつの間にか目の前までやってきていたラヴェル公爵が、俺の左肩を砕く気としか思えない力で掴んだ。
 その顔は、見惚れるほど綺麗な笑顔を浮かべている。
 間違いなく世界一笑顔が下手くそな男だと思っていたが、このような笑顔も浮かべられるのだなと感心していると、右肩もガシリと掴まれ顔を覗き込まれた。


「あんな姿、とは? エレアノールのどんな姿をご存知なので?」
「……あっ」


 結局、俺はグレゴールのしでかしたことから俺が彼女の発散を手伝ったこと、そして彼女が回帰前の記憶を夢に見ていたことまで白状せざるを得なかった。

 その結果、公爵はギリギリと歯を食いしばり、瞳孔の開ききった目で「グレゴールは当然極刑ですよねえ、あとでエドゥアルド殿に確認しておきましょう」などと言っている。
 だが、俺のやったことについては、やむを得ない処置だったということで一応納得してくれたらしい。


「しかし、エレアノールが回帰前の記憶を持ち、殿下がエレアノールを守りたいと思っているなら、やはり婚約一択なのでは?」
「…………でも、それは俺に都合がよすぎるだろ。俺はエレアノールを死なせたんだぞ」

 思わず俯いてボソリと答える。
 公爵と話したことで、王になる資格がないという感情は薄れた。他の男がエレアノールに触れるというのも考えられない。
 だが、立太子してエレアノールの婚約者になるかと言われると、それはいけないことのような気がするのだ。

 じゃあどうする気だ、と聞かれるのだろうと思い顔を上げられずにいると、公爵は俺の予想に反して、苦笑いしているような声音で「これだから若者は」と言った。


「まったく、まだまだ青いですねぇ。潔癖すぎていけません。では聞きますが、殿下の最優先事項は何ですか? 自分を罰することですか、それともエレアノールを守ることですか?」
「それはもちろん、エレアノールを守ることだ」
「であれば、そこだけに集中すべきです。両立できないなら、自分を罰するのは諦めてください」


 ルーカスも同じことを言っていた。何をおいても目的を果たそうとする覚悟を持てと。
 つまり、エレアノールを守りたいなら、俺は守るためと称してエレアノールのそばに居る権利を得ようと考える、薄汚い心ごと受け入れなければならないのだ。

 そこまで考えて、なるほど、俺は卑怯者になりたくなかったのだなと腑に落ちた。
 すると、途端にエレアノールの安全に比べれば、それはどうでもいいことのように思えてくる。
 
 エレアノールの側に居ることを正当化し、王になるべく励んできたあろうマルセルからその地位を奪う。その罪悪感を一生抱えることになろうとも、俺は彼女を守りたいし他の男に触らせたくはない。
 ならば答えは決まっている。
 
 俺はずるくて薄汚い人間でいい。一度そう決めてしまえば、公爵の目を真っ直ぐに見ることができた。


「そうだな、公爵の言うとおりだ。俺はもう、自分を罰するのはやめる。彼女が俺を求めてくれるなら、エレアノールを守り、エレアノールを幸せにして……そして、俺も幸せになることにするよ」


 公爵はパチパチと目を瞬かせる。
 それから「それはよい選択ですね」と言って、死ぬほど下手くそな笑顔を浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。

水樹風
恋愛
 とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。  十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。  だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。  白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。 「エルシャ、いいかい?」 「はい、レイ様……」  それは堪らなく、甘い夜──。 * 世界観はあくまで創作です。 * 全12話

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】ヤンデレ侯爵は婚約者を愛し過ぎている

京佳
恋愛
非の打ち所がない完璧な婚約者クリスに劣等感を抱くラミカ。クリスに淡い恋心を抱いてはいるものの素直になれないラミカはクリスを避けていた。しかし当のクリスはラミカを異常な程に愛していて絶対に手放すつもりは無い。「僕がどれだけラミカを愛しているのか君の身体に教えてあげるね?」 完璧ヤンデレ美形侯爵 捕食される無自覚美少女 ゆるゆる設定

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

処理中です...