17 / 50
17. 尊敬していたからこそ sideノックス
しおりを挟む寝室に備えつけられたサロンエリアへ移動すると、俺はラヴェル公爵に一通りの情報を共有した。
エレアノールが神威を授かり父に殺されたこと、その直後に俺も神威を授かり回帰したこと、わざとヴァルケルに攫われたこと、そしてイシルディア王や王太子が今まさに宝珠で操られていること。
すべての話を聞き終わったラヴェル公爵は、呆然とした顔のままゆっくり頭を抱えて俯くと、そのまましばらく動かなくなってしまった。
やがて顔を上げたときにはずいぶんと疲れた様子で、少々申し訳なく思う。
「はぁ……大体わかりました。宝珠とやらの話はもう少し詳しくお聞きしたいが、その前に、殿下はなぜわざと攫われるようなことを?」
まさか、そのような質問が真っ先に来るとは思わず、動揺を隠す余裕もないまま公爵を見つめる。
もっとほかに気にすべきことがあるはずだが、彼は変わらず真剣な目で俺を見返してきた。
「……それが、エレアノールを守ることに繋がると信じていたからだ」
「今は考えが変わったと?」
そうじゃない。
だが、俺のせいでエレアノールが死んだからといって、俺がいなければエレアノールが死なないというわけではない。今回の件で、それが身に染みただけだ。
「……そばに居ないと、守れないからな」
前回と同じなら、エレアノールが神威を授かるまでそう猶予もない。
当初の予定では、ラヴェル家の者たちにすべてを話し、エレアノールを守らせるつもりだった。
とくに彼女の兄であるアレクシスなどは、エレアノールを害するかもしれないという疑いさえ抱かせれば、彼女を王室に一切近づけなくなることがわかっていたからだ。(回帰前、俺はこのシスコンにかなり手を焼かされた)
人任せになってしまうのは正直かなり悩んだが、俺がいるよりは安全だろうと思っていた。
もちろん、俺もイシルディアに渡って陰から様子を見守るつもりではあったが……今はなぜそんな計画で良いと思っていたのかと、心底恐ろしい心地だ。
俺が体をぶるりと震わせると、公爵は俺の表情を探るように、静かに顔を覗き込んだ。
「では、イシルディアに戻って立太子し、エレアノールと婚約するお考えですか?」
「……それは、どうだろうな」
公爵の質問は、俺の迷いを的確に突いてくる。
彼女を今度こそ確実に守るためには、やはり隣に立てる立場が必要だ。
だから実際のところ、首を縦に振る以外の道はない。
それなのに……俺は決断できないでいる。
彼女の隣に立つとは、つまり王になるということだ。
だが俺は、自分が王に相応しいとは、どうしても思えないのだ。
俺が黙り込んでいたからか、ラヴェル公爵は俺が決断できない理由を、自分なりに推測したらしかった。
「マルセル殿下への遠慮なら必要ありませんよ。国王陛下も、王妃陛下も、あなたが見つかればあなたを王太子にするつもりです。お二人が結婚されたのは、あなたの席を守るためですから」
「…………は?」
正直、マルセルは回帰前には存在すらしていなかった人間なので、実在の人物という感覚が薄く、遠慮などはまったくなかった。
だが、さすがに不憫すぎないか? 王侯貴族がスペアを作るのは当たり前ではあるが、「兄が死んだら跡を継ぐ」と「兄が生きていたら立場を譲る」はだいぶ違う。
「……いや、正直そこは考えてなかった。そうじゃなく、俺はどうしてもエレアノールより国が大事だと思えないんだ」
「なるほど……それで?」
ラヴェル公爵は真剣な顔で続きを待っているが、今のがすべてだ。続きなんかない。
俺の困惑を察知したのか、ラヴェル公爵も困惑した様子で首を傾げた。
「ええと、殿下?」
「ああ、俺のことはノックスと呼んでくれ」
「承知しました。それで、ノックス殿下はそれの何が問題だとお考えでなのです?」
ラヴェル公爵は「理由をどうぞ」と促すような顔で返答を待っているが、その表情がひどく癪に障る。俺の心をずっと蝕んできた問題を、些末事のように扱われたからだろうか。
だが怒りの感情を曝け出すのは負けな気がする。
「……イシルディアの王が私情を優先することなど許されない。つまり、俺は王に相応しくないということだ」
感情を乗せないよう注意しながら説明すると、ラヴェル公爵はそれの何が問題なのか心底わからないと言いたげに肩をすくめた。
「陛下も、イザベル様と国ならイザベル様を取ったと思いますよ。深く愛しておられましたから。ノックス殿下と国でもそうでしょう」
「そんなはずはない。父はエレアノールを本当の娘のようにかわいがっていた。それなのに、神威の話を聞いて即座に殺すことを選んだ」
あのときのことは、今でも鮮明に思い出せる。
父はエレアノールを毒殺すると決めるのに、一瞬たりとも迷わなかった。
国より個人的な感情を優先する人間が、かわいがっていた善良な娘を躊躇なく殺すはずがない。
しかし、公爵はまったく納得していないらしかった。
「それは優先順位の問題なのでは? 陛下のことですから、おおかた息子を危険に晒すぐらいならエレアノールを殺した方がマシ、とでも思ったのでしょう。たしかに、エレアノールが衝動的に神威を使うとしたら、対象はあなたかその周囲であった可能性が高い」
「は……何を……」
公爵の言い分を一言でまとめると、父のおこないは完全な私情だったということだ。
それを理解した途端、目の前の男の訳知り顔を殴りたい衝動に駆られる。
あれだけエレアノールを殺した父を憎んでいたのに、私情で殺したと言われると、それは違うと叫びたくなるのはなぜなのだろう。
「父は、イシルディアの王として、願うだけで世界を滅ぼせる者を野放しにはできないと言ったんだ。自分は賭けに出られるような立場ではないと!」
なるべく冷静に喋ろうとするが、声の震えを抑えることはできなかった。
もう自分でも自分の感情がよくわからない。俺は何に怒り、何に悲しんでいるんだろう。
公爵は混乱する俺をじっと見つめて、微笑ましいような悲しいような複雑な表情を浮かべた。
「あなたは、陛下を敬愛していらしたのですね」
公爵の言葉を聞いた瞬間、目頭がじわりと熱くなり、とっさに俯いて目を瞑る。
そうだ。俺は誰よりも父を尊敬していた。
国に尽くす父の背中を見て、俺もいつか父のような王になるのだと誓った。
そう、だから……俺は父を憎みながらも、父の判断が国を思う崇高なものであると信じたかったのだ。
3
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる