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16. 覚悟を決めろよ sideノックス
しおりを挟む錯乱状態のルーカスを姉代わりに慰めていたエレアノールは、ルーカスが落ち着くのを見届けると、そのまま気を失ってしまった。
そして、そんなエレアノールを抱き留めたルーカスの金色の瞳が、胸焼けするような甘ったるくてどろりとした色を宿すのを見て、ああ嫌だなと思う。
ルーカスは金色の瞳を潤ませたまま、彼女の絹糸のような髪にそっと口づけた。
それは騎士が誓いを立てるかのような神聖な光景で……それなのに、俺は醜くも彼からエレアノールの体を奪い取った。
俺は愚かだ。
俺のものに触れるなと叫ぶ権利を手放したのは、俺自身なのに。
ルーカスは気分を害した様子もなく、呆れたような表情を浮かべた。
「俺は別に、彼女を手に入れようなんて思ってない。ただ、彼女を本当に守れるやつが現れるまで、俺が守るって決めたんだ」
これはつまり、お前では守れないと言っているのだ。
事実、俺は間違えた。
俺といるとエレアノールが不幸になる。ずっとそんな思いに囚われて、エレアノールから俺を排除することばかり考えていたから。
俺が未来を変えたことで、彼女が回帰前とは違う行動をして、回帰前とは違う危険に晒されるという、至極当たり前の可能性に思い至らなかったのだ。
本当に彼女を守りたいのなら、彼女が殺される直前まで未来を変えるべきではなかった。俺にその資格がなかろうとも、彼女の一番近くにいなければならなかったのだ。
「ノックス。お前もいい加減、覚悟を決めろよ」
「……覚悟って、なんのだよ」
「何をおいても目的を果たそうとする覚悟だよ。お前はいつも小難しく考えすぎだ。ソレ、エレアノールちゃんに関係してるんだろ?」
ルーカスはトントンと自分の目を指差す。
とっさに眼帯の上から右目を押さえ「どうして」と呟くと、ルーカスはさらに呆れ返った顔になった。
「いや、わかるよそりゃ。使用済みの紋を持った二歳児が理路整然と喋り出したら、コイツ人生二周目だなと思うだろ普通。それで、女を一切寄せつけなかったやつが独占欲丸出しでエレアノール~、エレアノール~って……わからない方がどうかしてる」
時戻りのことは言う必要がないと思っていただけで、別に隠していたわけではない。しかし、この指摘のされ方は、なんだか腹立つな……
俺が恨めしい気持ちでルーカスを睨むと、彼はいたずらっぽく目を細め、口の端を吊り上げてニッと笑った。
「お兄ちゃんからのアドバイスだ。本気で守りたいものがあるなら、使えるもんはなんでも使え。こういうのは、結果がすべてなんだからな」
「誰がお兄ちゃんだ!」
ルーカスはそれ以上何も言うつもりはないようで、「俺の弟は世話が焼ける」だのとよくわからないことを言って、親父の執務室へと消えた。
『何をおいても目的を果たそうとする覚悟』
ルーカスの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
あらゆる危険からエレアノールを守るという目的を果たすなら、彼女の近くにいられるだけの身分が必要だ。
だが俺は……
◇ ◇ ◇
エレアノールは、あれから三日間眠り続けている。
不幸中の幸いというべきか身体的な傷跡は残らないようだが、精神的負担が大きく、そのせいで目を覚まさないのだろうと医師は言う。
当然、ラヴェル公爵は怒り狂い、ホールの控え室で起こったことも含めて即座に本国へ知らせた。正直、開戦待ったなしな危機的状況だ。
だが、開戦を止める手立てはある。親父には、イシルディアの第一王子――つまり俺だ――を保護していた功績があるからだ。
イシルディアからすれば攫ったのもヴァルケルなので微妙なところではあるが、俺は助からないよう立ち回ってわざと攫われたので、ヴァルケルのせいとも言いきれない。
事実、回帰前に攫われたときは――幼すぎて記憶にないが――近衛騎士によって助けられて事なきを得たのだから。
ラヴェル公爵なら、事情を話せばきっと交渉に応じてくれるだろう。
彼は一周目の人生で俺が二番目に尊敬していた人だから、どう対応するかは大体予想できる。
イシルディア側もレオパルドの独断であることは理解しているし、ようは開戦を避ける名分さえあればいいのだ。
白百合の金細工が美しいドアをノックすると、しばらくして部屋の中からラヴェル公爵の応じる声がした。
入室して声を掛けるが、彼はベッドサイドの椅子に腰掛け、エレアノールを心配そうに見つめるだけで、こちらを見ようともしない。
たぶん、ヴァルケルの高官が言い訳にやってきたとでも思っているのだろう。
なおも声を掛け続けると、しつこさに根負けしたのか、怒りを湛えたライトブラウンの目が突如としてこちらを向いた。相変わらず威圧感が凄まじい。
しかし彼はすぐに威圧を解くと、目を丸く見開いて、椅子を倒しそうな勢いでガタリと立ち上がった。
「……イザベル様!」
まるで幽霊を見たかのような反応。正直、俺の生存なんか信じていなかったはずだから当然か。
だが、イシルディアの前王妃である母イザベルに似た顔と、同じく母から受け継いだサファイアブルーの目。そこに、父から受け継いだ漆黒の髪が合わされば、俺が消えた第一王子であることは火を見るよりも明らかだろう。
ラヴェル公爵は瞬きする間に俺の前までやってくると、跪いて静かに頭を下げた。
「信じられないでしょうが、あなたは……イシルディアの第一王子殿下であらせられる。右目に紋をお持ちなら、間違いありません。二歳のときに攫われ、覚えていないかもしれませんが……」
どんなに厄介な相手でも有利な条件を引き出すその手腕から「交渉の魔術師」などと呼ばれている公爵だが、どう説得すべきか考えあぐねているのが透けて見える。
無理もない。イシルディアの王族は、三歳になるまで名前すらないまま隠されて育つ習わしだ。だから、二歳で攫われた王子の存在は、ほとんどの人が知らない。
いきなり「あなたがイシルディアの第一王子です」などと言っても、信じてもらえるわけはないのだ。
「ラヴェル公爵、立ってくれ。心配せずとも俺は、自分が何者かよくわかっている。なんせ、二周目の人生だからな」
眼帯を取って、紋が刻まれたルビー色の目を見せつつ時戻りを暴露すると、ラヴェル公爵はビシリと硬直した。
彼の顔には、理解が全然追いつかないと書いてある。
だが、ここからさらにややこしい話が続くのだ。
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