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15. レオパルド王の最期(残酷描写あり)
しおりを挟むレオパルド王はびくりと体を強張らせたけれど、王について語られたのがよほど気に食わなかったのか、私の首に腕を回して拘束すると、ナイフの切先をノックスに向けた。
「平民風情がわかったような口を聞くな!! ワシは選ばれた存在だ。お前のようなゴミとは違うのだ!!」
まだ距離はあるものの、レオパルド王と違ってノックスは丸腰だ。
いつ斬りかかるかとヒヤヒヤしながら見ていると、ノックスはさらに馬鹿にしたような態度でレオパルド王を挑発した。
「ゴミはお前だ。エドゥアルド王が誕生したら、民は活気を取り戻し、お前がいかに無能だったかを語り継いでくれるだろう」
「貴様ぁ……卑賤の身でこのワシを侮辱するか!! お前ごときが!! お前は…………いや待て、お前、その目……そして、その髪は……」
「いまさら気づいたのか? 眼帯に漆黒の髪って、相当特徴的だと思うんだが」
唾を飛ばしながら叫んでいたレオパルド王は、呆然とした様子でそのまま黙り込んでしまった。
一方、ノックスはなおも馬鹿にしたような顔で、前髪を摘んでふりふりと振っている。
「そんなはずは、ない。ワシは確かにハインリヒの子を、攫って、殺した」
「へえ、それで? 死体は確認したのか?」
「バカな……まさか、エドゥアルド……お前か?」
質問の形を取ってはいるけれど、レオパルド王の声音はほとんど答えを確信しているようだった。
そして、エドゥアルド殿下も平坦な声で淡々と答えた。
「あなたが攫ってきた黒髪の男児なら、私が保護した。あなたは、自分が振り回した子どもたちに追い詰められて死ぬのだ」
「こ……の、愚か者がぁぁ!! ハインリヒに……あの盗人に、一泡吹かせてやったはずなのに! 殺してやる……今度こそ、ワシが直々に殺してやる! 死ねぇぇぇぇぇ!!」
頭に血が上ったらしいレオパルド王は、私を突き飛ばすと、叫びながらノックスに向かって突進した。
「ノックス!!」
とっさに名を呼ぶけれど、彼はなぜか棒立ちのまま、ナイフを手にしたレオパルド王が迫ってくるのを睨みつけている。
その理由を知ったのは、届くはずもない手を必死に伸ばし、半ば悲鳴のようにもう一度彼の名を呼んだときだった。
伸ばした手を掠めるように、私の横を赤褐色の髪をした青年が猛然と駆け抜けていく。
そしてレオパルド王に背後からドンと勢いよくぶつかると同時に、全員がぴたりと動きを止めた。
「ずっと、この日を夢見てきた。十八年間、ずっと」
「……っあ゙……なん、だ……?」
赤褐色の髪の青年――ルーカスの声には、深い憎悪と少しの狂気が感じられた。
彼の手には剣が握られており、私からは見えないけれど、それはレオパルド王の腰に突き刺さっているように思われる。
そして、ルーカスが最後の一押しというようにグッと切先を押し込むと、レオパルド王は濁った悲鳴を上げながらナイフを取り落とした。
「お前のことは、跡形も残さずこの世から消すと決めていたんだ」
ルーカスはじわじわ後退り、剣を少しずつ抜いていく。彼が動くたび、狭い通路にレオパルド王の絶叫がこだました。
やがて剣が完全に抜けると、彼の足元にびちゃびちゃと赤い水たまりが広がっていく。
急所を逸れていたとしても、これでは時間の問題だろう。
「あ、が……あぁ……」
ルーカスはそのまま数歩下がると、エドゥアルド殿下の執務室へ向かう道を塞ぐような位置で立ち止まった。
レオパルド王は壁に手をついて、逃げ込むようによたよたと脇道に向かって歩き出す。
彼の横顔は蒼白で、黄色い目に生気はなく、少しずつ死へと向かっているのが明白だった。
私たちを避けるように脇道へと逸れていく彼の行き先に気づき、はっと息を呑む。
すると、ルーカスが一瞬ちらりとこちらに視線を向けた。その目は底知れぬ闇を湛えている。
思わず手で口を覆うと、もうわずかな呼吸音すら立てられる気がしなかった。
レオパルド王は血の筋を残しながら少しずつ歩みを進め、暗闇へと消えていく。彼の向かう先は地獄だ。
ガコンという音とともに、天井が下り始める。
ノックスが弾かれるように駆け寄ってきて、私の頭をぎゅうっと抱き込んだけれど、死にゆく人間の声を遮ることはできない。
「な……だ…………た、たす…………だれか!!」
最後の力を振り絞ったようなレオパルド王の声が、どんどん狭まる通路に反響してこちらまで届いてくる。
しかし、エドゥアルド殿下もルーカスも微動だにせず、ノックスも一層強く私を抱き締めただけだった。
これから起こることのおぞましさに手が震える。
足の力も入らなくなり、ただノックスに縋りつくことしかできない。
天井の降下速度は少しも落ちることなく、ただ淡々と降りていく。
そして、それと同じように、ルーカスの声も一切の温度を感じさせなかった。
「お前が天井のシミになれば、誰もが快哉を叫ぶさ。そしてすぐに忘れ去られる。お前のようなゴミには、お似合いの結末だ」
「だ……ずげ……」
ノックスが私の耳を覆うようになおも強く私の頭を抱え込んだけれど、それでも何かが砕け、何かが潰れる音は防ぎきれるものではない。
やがて体に響く音を立てて天井が完全に降りきると、それは何事もなかったかのように静かに動きを止めた。
同時にルーカスの手から短剣が滑り落ち、カランと虚しい音が隠し通路に響く。
ルーカスはしばらくレオパルド王がいるであろう場所をじっと見つめていたけれど、やがてゆっくりこちらを振り返った。
彼はまとわりついた闇を洗い落とすかのように、金色の目からぼたぼたと滂沱の涙を流している。
そして、涙を拭う気配すら見せず、覚束ない足取りで近づいてきて、私に震える手を伸ばした。
「姉さん……やったよ。姉さんと父さんと母さんの仇を討ったんだ」
「……ルーカス?」
尋常ではないルーカスの様子に戸惑っていると、金色の目が不安そうにゆらゆら揺れる。
私を見ているようで見ていないことに気づき、はっとして自分の着ているドレスを見下ろした。
(そうか、私がヴィオラ様のドレスを着ているから……)
「ぜんぶ、ぜんぶ、終わったんだよ。だから……もう、俺を許してくれる? 俺、助けられなくて……ごめん。ごめんね……」
「お、おい……」
ノックスが戸惑った様子でルーカスに声をかけるけれど、ルーカスは聞こえない様子でなおも私に姉さんと呼びかけた。
そっとノックスの腕から抜け出し、両手を広げる。すると、ルーカスは縋るように抱きついてきた。
そんな彼を胸に抱き、頭を撫でると嗚咽が漏れ始める。
「ルーカス、あなたはよくやったわ。謝らなくていいの。偉かったわね。いい子、いい子ね」
赤褐色の髪を漉くように、何度も何度も撫でる。
ルーカスは私にしがみついて、子どものように声を上げて泣いた。
これはすべてを失い、復讐を誓った子どもが、十八年前に流すことのできなかった涙なのだろう。
どうか今までのぶんも、彼にたくさんの幸せが降り注ぎますように。
頭を撫でながら彼の、ヴァルケルの明るい未来を願った。
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