願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

文字の大きさ
上 下
11 / 50

11. 神への愛憎

しおりを挟む

 ヴァルケルの先王陛下は、神威に頼らず堅実に国を治めていたと聞く。けれど、そもそも神威を授かれない状態にあったなんて……そんなこと、誰が想像できただろう。


「エドゥアルド殿下は、神の怒りが原因だとお考えですか?」
「どうだろうな。だが、異変は神威だけではない。地震や蝗害などの災害も明らかに増えている」
「……そう、ですね。たしかに、災害が多い国という印象はあります」


 ヴァルケルで災害が起こるたび、外務大臣であるお父様が対応に追われていたから、その回数の多さは強く印象に残っている。
 最近は特に頻発していて、ヴァルケルの民は大丈夫なのだろうかと心配していたのだ。
 もちろん、そんな原因があったなんて思いもしなかったけれど……


「イシルディアは、ほとんど災害がないだろう?」
「ええ、あっても大きな被害は出ていません」
「ヴァルケルも、百年前まではそうだった。だが、今は年々増えている。それが神の怒りによるものかはわからないが……少なくとも民は、ちっとも安寧を与えてくれない神を、憎んでいる」
「そんな、でもそれは……」


 民に安寧を与えるのは王侯貴族の役目だし、宝珠を生み出したのは人間だ。
 ……けれど、わかっていても神を憎まずにはいられないのかもしれない。災害に見舞われるたび、自分たちは神に見限られたのだと突きつけられるようで。敬愛していたからこそ、深く憎んでしまうのかもしれなかった。


「芸術を愛するヴァルケルの民にとって、芸術を司るフィディア神を憎まずにいられないというのは……きっと、とてもつらいことでしょうね」


 私が今も苦しんでいるだろう人々に思いを馳せていると、エドゥアルド殿下も苦しそうな顔で「そうだな」と呟いた。
 場がしんみりと静まり返り、誰もが沈んだ表情で黙り込む。

 すると、アンナがおずおずと私たちの近くに進み出た。


「お嬢様、あと二時間ほどで文化交流会が始まります。不審に思われないよう、そろそろ準備をしてホールに移動された方がよろしいかと……」
「もうそんな時間なのね。ありがとう、アンナ」


 たしかに、エドゥアルド殿下の執務室で話し込んでいることをレオパルド王に知られると、争いに巻き込まれる可能性がある。
 ルーカスの言う「君がくれた情報」というのが結局何だったのかは気になるけれど、ヴァルケルの政争にイシルディアが介入したと思われては非常にまずいし、一旦退散した方がよさそうだ。


「お話の途中で申し訳ありませんが、私はそろそろ失礼させていただきますね」
「長々付き合わせて申し訳なかったね。それと、私たちはイシルディアの方々の帰国を確認するまで動くつもりはないから、そこは安心してほしい」
「ええ、わかりました。民のことを思えば一刻も早くとお考えでしょうけれど……ご配慮、感謝いたします」


 ヴァルケルの民には一日も早く幸せになって欲しい。でも、だからといってイシルディアの令嬢たちを危険に晒すわけにはいかない。
 幸い、今日の文化交流会さえ終われば予定を繰り上げることは可能だろうから、早々に帰国するようお父様に掛け合ってみよう。そう心に決めて立ち上がる。
 
 すると突然、隣からぱっと手を掴まれた。
 ずっと静かだったノックスの思わぬ行動に、心臓が大きく跳ねる。


「エレアノール」
「も、もう、びっくりしたわ。どうしたの?」


 ノックスは無言のまま私の手を上に向けると、手のひらに銀色の小さな筒をそっと置いた。

「これは……笛?」
「ああ。何かあったら思いきり吹け。悪いが文化交流会がおこなわれるグランドホール周辺は、警備が厳しくてあまり近くで待機できないんだ。でも笛の音を聞いたら絶対助けに行くから」


 私の手を包むように強く握る彼の目は、とても真剣で痛いほどの切実さをはらんでいる。

 
「ノックス……わかったわ。肌身離さず持っておく」


 小さな笛が心強いお守りのように感じられて、胸がじんと温かくなる。
 そして、そんな気持ちごと大切にしまうつもりで、笛を胸の谷間にグイグイ押し込んだ。
 すると、突然ノックスが勢いよく立ち上がる。
 

「お、おま、なんでそんなとこに入れるんだ!!」


 そのまま覆い被さるように抱き着かれて、何が起こったかわからず目を白黒させてしまう。
 
 
「だ、だって、他にしまうところがないわ。それに、すぐに取り出せる場所の方がいいでしょう?」
「それは、そうなんだが……」


 ノックスは私と話しつつも、こちらではなくルーカスを威嚇するようにじっと睨んでいる。一方、ルーカスはそんなノックスを見て、もの凄く迷惑そうな顔をしていた。


(胸にしまうのは、さすがにはしたなかったかしら?)


 でも、グレゴール王子の一件から学んだのだ。ピンチのときというのは、本当に余裕がない。
 それに、意外な場所に隠しておく方が、奪われるリスクも減るだろう。

 ノックスは、怒ったような焦ったような顔で私とルーカスを見比べ、やがてため息をつきながら自分の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。


「はぁ……まあいい。とにかく、少しでもやばいと思ったらすぐ使え。とくに霧が出た場合は、即座に呼ぶんだ」
「そうするわ、ありがとう。では、またあとでね」
 

 別れの挨拶をしてノックスに背を向ける。すると彼の腕が素早く腰に回り、後ろから包むように抱き寄せられた。
 背中に彼の体温を感じて、心の奥底まで震えるような、それでいて逃げ出したいような気持ちで息をのんだ。
 彼の湿った黒髪が頬に触れ、ぞくりとするような色気のある低音が耳に響く。


「言い忘れてた……その髪飾り、よく似合ってる。わざわざ作らせたのか?」
「!?」


 忘れていたことを指摘され、顔が一気に赤く染まる。
 思わず髪飾りを押さえて、熱くなった頬を誤魔化すように視線を彷徨わせると、ジトリとした目でこちらを見ているルーカスと目が合った。
 アイコンタクトで助けを求めると彼は凄く嫌そうな顔をしたけれど、仕方ないなと言いたげにため息をついて、ノックスの肩に手を置く。


「俺たちもそろそろ行こう。怪しまれたらお嬢さんたちが危険だよ」
「ああ、そうだな」


 ルーカスのお陰でなんとか誤魔化せたことにほっと息を吐いて、ルーカスにアイコンタクトで感謝を伝えつつ、笑顔で手を振った。
 ノックスは、軽く手を挙げてそのまま隠し通路へと入っていく。
 そしてルーカスも、笑顔で「演奏がんばってね」と言い残して去っていった。


 二人の背中が見えなくなり、手を下ろしながらふと考える。すべてが終わったら、二人はどうするのだろう。
 ルーカスは、エドゥアルド殿下が王位を奪還して真実を明らかにすれば、きっと爵位を取り戻せる。そうしたら、エドゥアルド殿下の側近として活躍するのかもしれない。
 
 では、ノックスは?

 エドゥアルド殿下は、ノックスをレオパルド王から隠して育てるために、養子縁組などはしていないと言っていた。
 けれど、レオパルド王がいなくなれば貴族家に養子に入ることも可能だろう。
 彼は回帰前に受けた教育もすべて覚えているのだから、能力は折り紙つき。それに、あれだけの美丈夫なら、養子だとしても婚約者を見つけるのに苦労はしないはずだ。
 養子に入り令嬢と結婚して子を作り……彼はそうやって、一生ヴァルケルで生きていくのだろうか。
 
 父親や私と交わらない人生を、望んでいるのだろうか……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

婚約拒否のために私は引きこもりになる!

たろ
恋愛
『私の何がいけなかったのですか。』 シルヴィアは未来の夫に殺された。 …目を覚ますとシルヴィアは子供に戻っていて、将来自分は婚約者に殺される運命だと気づく。 自分が殺されるのもごめんだし、彼が罪びととなることにも耐えられない!!! …ならばまず婚約なんてしなければいいのでは???そう考えたシルヴィアは手段として引きこもり姫になることを選ぶ。 さて、上手くいくのだろうか。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

一緒に召喚された私のお母さんは異世界で「女」になりました。【ざまぁ追加】

白滝春菊
恋愛
少女が異世界に母親同伴で召喚されて聖女になった。 聖女にされた少女は異世界の騎士に片思いをしたが、彼に母親の守りを頼んで浄化の旅を終えると母親と騎士の仲は進展していて…… 母親視点でその後の話を追加しました。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...