願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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10. 霞霧の宝珠

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 今まで瓦解せず耐えたということは、レオパルド王が王位に就いてからも、先王の臣がかなり頑張っていたのだろう。けれど、世代交代とともに腐敗が進んで、もう限界なのかもしれない。
 
 ルーカスは一度深呼吸すると、弱々しいながらも笑顔を浮かべた。


「……取り乱してごめんね。とにかく、俺らはあの男を玉座から引き摺り下ろしたいんだ。そして、君がくれた情報のおかげで、やっとそれを実行に移せる」
「え、私の情報、ですか?」


 急に自分の話になってパチパチと目を瞬く。
 私がレオパルド王やグレゴール王子について知っていることなんて、ほとんどない。私が有益な情報を渡せるとは思えないけれど……
 そこまで考えて、ふと思い出す。


(そういえば、陛下とマルセルの様子が急におかしくなったという話をしたとき、ルーカスが妙に反応していたような……?)


 関連性があるようには思えないけれど、マルセルたちの話が何かヒントになったのかもしれない。それに、あのときノックスが「イシルディアにあったとはな」と言っていた。


(何かがイシルディアにあって、それによりマルセルたちが豹変して、その結果レオパルド王を斃せる……? うーん、意味がわからないわね?)


 首を捻る私を見て、ルーカスは言葉を探すように視線を上に向けつつ口を開いた。
 けれど、彼が言葉を続ける前にギィと低く軋む音を立てて隠し扉が開く。そして、ノックスが濡れた黒髪をタオルでがしがし雑に拭きながら、部屋に入ってきた。


「待たせたな」


 ルーカスは、ノックスに目を向けると再びこちらに向き直って、ひょいと肩をすくめて離れていった。続きはまたあとで、ということだろうか。
 どうやらルーカスはノックスが濡れ髪のまま寒い隠し通路をとおってきたことや、シャツを羽織っただけでボタンすら留めていないことが気になるらしく、せっせと世話を焼いている。

 
「ずいぶん遅かったじゃん。もしかして迎賓館に行ってたとか?」
「ああ、エレアノールがあの部屋に滞在した痕跡をすべて消してきた。エレアノールは、親父の勧めですぐに白百合の間へ移動したことにする。いいな」


 ノックスに念を押されて、はっと息をのむ。
 たしかに、レオパルド王の所業が明らかになれば、あの部屋に泊まった私は処女性を疑われることになる。
 他にも泊まった女性は沢山いるだろうから、詳しいことまでは公表されないかもしれないけれど、ノックスは万が一にも醜聞にならないよう配慮してくれたのだろう。
 
 彼の気遣いが嬉しく、それと同じぐらい苦しい。
 その優しさが回帰前の「エレアノール」に向けられたものだと思うと、素直に喜べない自分がいるのだ。
 彼の愛した「エレアノール」なら、きっとこんな醜い感情は抱かなかっただろう。

 せめて、彼の優しさを素直に受け取ることだけはしようと笑みを浮かべる。


「ありがとう、ノックス。そこまで気が回らなかったわ」
「いや、もともとはこちらの手落ちだ。荷物は白百合の間に運ぶよう指示しておいたから、あとで確認してくれ」


 ノックスは小さく微笑むと、すぐさま真剣な顔に戻り、ルーカスに目を向けた。


「それで、どこまで話した?」
「まだ全然。俺の家族のことだけ。宝珠についてもこれからだよ」
「そうか。文化交流会までもうあまり時間がないから、今は必要な情報だけ共有したほうがよさそうだ。とりあえず座ろう」


 ノックスは私の手を引いてソファの前へ移動すると、全員に座るよう促す。
 私が座ると隣にはノックスが、正面にはエドゥアルド殿下とルーカスが並んで腰を掛けた。
 アンナも席を勧められたけれど、固辞すると用意されていたティーセットでお茶の準備を始める。
 エドゥアルド殿下はそんなアンナにちらりと視線を向けてから、深々と頭を下げた。


 「エレアノール嬢、改めてこの度は本当に済まなかった。アンナ殿も怖い思いをさせた。本当ならこれ以上危険はないと保証したいのだが……」


 保証はできないということだろう。
 無理もない。今エドゥアルド殿下は派手に動くわけにはいかないだろうし。
 第一、常識が通じない人たちのやることを、常識人が予測するのは難しい。


「考えたくはないが、グレゴールの行動を兄が容認していた可能性もある。騎士の中には私の配下もいるし、ルーカスとノックスが陰から護衛するが、二人もじゅうぶん気をつけて欲しい」
「エドゥアルド殿下、どうか顔をお上げください。ご配慮に感謝いたします。私たちも注意して過ごすと、お約束しますわ」


 レオパルド王のような人を兄を持ってしまったせいで傷つき苦労しているエドゥアルド殿下を、これ以上責められるはずもない。
 昨夜のことはたしかに恐ろしかったけれど、二人が護衛してくれるなら心強い。きっと大丈夫だろう。

 とはいえ、なるべく一人になることは避け、他の令嬢たちと一緒に行動した方がよさそうだと考えていると、エドゥアルド殿下が深刻そうな顔で言葉を続けた。


「それと、兄が持つルビーのネックレスに注意して欲しい。かなり大ぶりで、ネックレス自体も変わったデザインだから、見ればすぐにわかるはずだ」
「え……ルビーのネックレス、ですか? なぜ急に?」


 レオパルド王に近づく気はさらさらないけれど、ネックレスに気をつけるというのはよくわからない。
 話の展開についていけず困惑していると、ノックスがエドゥアルド殿下のあとを引き継いだ。


「ただのルビーじゃない。霞霧の宝珠っていう、かなり危険な代物だ」
「かむの、ほうじゅ? それはどういうものなの?」


 まったく耳馴染みのない単語だ。それに、誰が持っていようとルビーはルビー。それで危険なんて、あるものだろうか。
 豪華なアクセサリーで気を引いて手篭めにする、毒針を仕込むなど、いろいろ想像してみるもいまいちピンとこない。
 そして、どうやら現実は想像をはるかに超えてくるものらしい。


「霧を操る『霞霧の神威』を封じ込め、誰でも使えるようにしたもの、といえばわかるか?」
「え……神威を封じ込め……?」


 神威を封じ込めるなんて、そして誰でも使えるようになるなんて、あまりにも荒唐無稽に思える。そんなことできるのものだろうか。


 神威は、守護神より授かる神秘の力。必要なときに必要な者が授かるものであって、それを道具にしようなんてかなり罰当たりだ。
 それに、神威を誰でも使えるようになれば、絶対に碌なことにはならないはず……


「ええと、冗談よね? そんなことができるなら、世界中で神威の収集が始まってしまうでしょうし」
 

 エドゥアルド殿下なら、こんなときに冗談はよせと言ってくれるはず。
 私が期待を込めてエドゥアルド殿下に視線を向けると、私の気持ちを正確に読み取ったのか、彼は恥じ入るように目を伏せて言外に肯定した。


「…………嘘よ。まさか、そんなこと……」


 胸の中に広がる不安と恐怖を押さえつけるように、震え始めた指先を強く握りしめる。本当だとしたら「わあ、すごい」なんて呑気に言えるような事態ではない。
 

「ヴァルケル人は、とにかく物づくりにこだわる気質なのだ。宝珠など夢物語だとされていたが、およそ百年前……本当に作り出してしまった」
「そんな……そんなこと、許されないわ!」


 こんなことを言っても仕方がないとわかっていても、前のめりになって拳を握りながら声を張り上げてしまう。
 神の力を誰でも自由に使えるようにするということは、政争や犯罪にだって使われることがあるということだ。そのとき、被害はきっと甚大なものになる。

 たとえば、我が国のマリアン王妃陛下は「剣聖の神威」を授かっているけれど、百人の敵に囲まれても一人で難なく殲滅できるほど強い。神威というのは、そのくらい強大な力なのだ。人間がコントロールしようとすれば、きっと災いのもとになる。
 しかも、そんなものをレオパルド王が持っているなんて……


(きっと、良心の呵責もなく悪用するわ……ううん、すでに何度も悪用しているかもしれない)
 

「エドゥアルド殿下。ヴァルケルの技術力は本当に素晴らしいと思いますが……宝珠はあまりにも危険すぎます」
「そうだな。事実、霞霧の宝珠で発生させた毒霧により数十人が犠牲になった事例もある。だから、父は宝珠の研究資料をすべて破棄させた。しかし……神の力を宿したせいか、宝珠だけは何をしても壊れなかったのだ」
「そんな……もし宝珠の存在が公になったら……」


 その存在が知れ渡れば、分析して同じように作り出そうとする国も出てくるはず。そうやってみんなが宝珠を作り始めたら……いつか、神の力を使った血で血を洗う争いが始まるかもしれない。

 けれど、私の予想を聞いたエドゥアルド殿下は、そうはならないと首を振った。


「これはここだけの話にしてほしいのだが、実のところ、ヴァルケルは宝珠を作って以降、一度も神威を授かっていない。……どの国も、二の舞になりたくはないだろう」
「神威を授かって、いない? まさかこの百年ずっと、ですか?」


 どんなに力のない小国でも、神威保持者は必ず存在する。だからこそ、今まで国が滅んだ事例はない。危機に神が力を貸してくださるから。でも、それなら、ヴァルケルは――

 エドゥアルド殿下はひとつ頷くと、静かに目を伏せた。
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