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09. ルーカスの復讐
しおりを挟む白百合の間へ移動して湯浴みを済ませると、エドゥアルド殿下が言っていたとおり、部屋にはドレスが用意されていた。
柔らかな朝の陽光を思わせるクリーム色のドレスは、繊細なレースが首元から袖口にかけて流れるようにあしらわれている。スカートは軽やかに広がり、全体にさりげなく施された刺繍が美しい。
「とてもお似合いです! イシルディアでは見掛けないデザインですが、素敵ですね」
「本当ね、ヴァルケルの人はとてもセンスがいいわ」
ヴァルケルでは、ドレスや建築物などの美的センスにはっとさせられることがままある。
王にさえ恵まれていれば、今ごろ芸術の都として花開いていたのかもしれない。
「このドレスなら、サファイアの髪飾りも合いそうです。持ち出してきて正解でした」
「そっ、それは……!?」
髪を整えてくれていたアンナが取り出したのは、セルヴィオの誕生日プレゼントを再現した髪飾り。
(回帰前にもらったものを再現して持っていることをノックスに知られたら……なんだか、とても恥ずかしいわ! でも……)
アンナは不審者の出入りを警戒して、わざわざ持ち出してくれたのだろう。彼女の献身を思えば、今さら「恥ずかしいから」なんて理由で拒否することはできない。
結局私は、ノックスが気づかないようにと願いつつ、サファイアの髪飾りをつけることにしたのだった。
「お待たせして申し訳ありません」
執務室に戻ると、エドゥアルド殿下とルーカスが迎えてくれた。
ノックスも湯浴みに行くと言って私と同時に退室したけれど、まだ戻ってきてはいないようだ。
「いや、こちらこそ気が回らず申し訳なかった。そのドレス、よく似合っている」
「ほんと、すごくかわいいよ! 実はそれ、姉さんのドレスなんだ」
「ルーカスのお姉様ですか?」
やはりルーカスは貴族――しかもドレスの質からして高位貴族――だったのかと考えていると、エドゥアルド殿下はドレスを見て目を細めた。
「ああ。そして、私の婚約者だった女性だ」
「まあ、エドゥアルド殿下の……」
そういえば、聞いたことがある。たしかエドゥアルド殿下の婚約者は、結婚式を目前にして事故で亡くなったのだ。そして婚約者を深く愛していたエドゥアルド殿下は、いまも独身を貫いているという。
「聞いたことがあるかな? 彼女は十八年前に亡くなってしまったのだが」
「ええ、事故に遭ったとうかがいました」
「表向きはそういうことになっているな。だが、実のところ彼女は、川に身を投げ自ら命を絶ったのだ」
「そんな!」
自ら命を絶つ行為は、どの国でも忌諱される。なぜなら、神との契約を一方的に破棄することで魂が穢れ、転生の輪から外れると信じられているからだ。つまり自死というのは、己を魂ごと消滅させる行為に他ならない。
それでもなお、その選択をするほど追い詰められていたのだとしたら、それはどれほどの絶望だろう。
(ルーカスもお姉様が自死してしまうなんて、きっとつらかったわよね……)
ルーカスは二十代半ばぐらいに見えるから、十八年前ならせいぜい六、七歳ぐらいだったはず。
ちらとルーカスに視線を向けると、彼はガラス玉のような目で絨毯の模様をじっと見つめていた。
「私の妃になる者は、王妃になると目されていた。公爵家や侯爵家に年回りの近い令嬢もいた。それなのに私が伯爵令嬢であるヴィオラを選んだから、彼女は高位貴族に睨まれていた。嫌がらせは苛烈で、命を狙われたこともある。心労が祟り……それが自殺の原因なのだと、そう結論づけられた」
「それは……」
それは、ありえない話ではない。
私も経験があるけれど、王族の婚約者というのは常に攻撃の的だし、当たり前のように命を狙われる。死ねば王妃の座が空くというのなら尚更。
精神的負担が積み重なり、衝動的に……というのは考えられる気がした。
(けれど、エドゥアルド殿下の口ぶりからして、違う理由があるのかしら……)
そう考えていると、感情を押し殺したような低く鋭いルーカスの声が響いた。
「俺は心労が祟ったなんて理由、まったく信じてなかったよ。そして、今では絶対に違うと確信してる。だって姉さんは……あの迎賓館に泊まった翌朝、命を絶ったんだから」
「っ! それって、まさか」
グレゴール王子にのしかかられた記憶がフラッシュバックして、思わず自分の体を抱き締める。
(そういえばあのとき、迎賓館はもともとヴァルケル王が悪用していたようなことを言っていた……)
心臓がうるさく騒ぎ出す。吐き気すら感じて口を押さえていると、ルーカスは耐えられないといった様子でテーブルに拳を叩きつけた。
「姉さんは領主となるべく厳しく育てられたのに、十四歳のときに俺が産まれたせいで、突然その未来を取り上げられた。でも義兄さんと出会ってから毎日幸せだって、あなたが生まれたお陰よっていつも……あの日だって『久しぶりにエドに会える』って嬉しそうに登城してったんだ!!」
ルーカスは拳を叩きつけたまま肩で息をしていたけれど、やがて力なく腕を下ろし、暗い目をこちらに向けた。
「そして両親は、娘に自殺するような様子はまったくなかったと、迎賓館で何かなかったか調査して欲しいと王家に願い出た。すると、横領だ国家反逆罪だと身に覚えのない罪で突然投獄された。裁判もなく両親は処刑され、家はお取り潰しさ」
「……酷い……」
家族を立て続けに亡くし、家も身分も失った青年の血を吐くような怨嗟の声。
ヴァルケルにはきっと、このような悲しみや憎しみがたくさん降り積もっているのだろう。そしてそれは、レオパルド王が斃れるまで増え続ける。
「すまないルーカス。私が不甲斐ないばかりに……」
「義兄さんのせいじゃない。両親の死も、姉さんの死も……責任は全て国王に取ってもらう」
ルーカスの言葉に、エドゥアルド殿下は何かを耐えるように目を閉じたけれど、やがて決意に満ちた目で顔を上げた。
「そうだな。もうこの国は、腐り落ちる寸前まで来ている。私ももう、兄に玉座を任せておく気はない」
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