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第一章:それはいつもと違う春
カモのヒーロー
しおりを挟むそれからすぐに、桜の季節が終わり深緑が眩しく光る五月になった。
その日、岡崎は午前中の講義に遅刻しそうになり、猛ダッシュで走っていた。
「遅れるー!!くっそぅ誰だよ私の目覚まし止めたヤツは。」
明らかに犯人は岡崎本人である。
しかし、今は自分の否を認めている場合でも、万が一第三者の仕業だったとして、それを詮索(せんさく)している場合でもない。
そう。彼女のやるべきことそれは……
残り五分でいかにして、大学に辿り着くかを思考し、なおかつそれを迅速に実行に移すことなのだ!!
「こんな時に、どこでもドアとか縮地法があれば良いのになぁ……」
そんな夢物語を考えてしまっている時点ですでにアウトな気はするが……それでも岡崎が走り続けていると、大学の手前の交差点で鴨居を発見した。
「あり?カモ先輩だ、どうしたんだろうあんな大勢で。」
鴨居の周りには五、六人の男がいた。
真面目そうな鴨居に群がるいかつい顔に、いかにも不良といった格好の男達。
「ふーん。。。一見するとカツアゲでもされそうな雰囲気っスねぇ……」
岡崎は角に消えていく鴨居を見届け、数歩進む。
そして立ち止まり、再度、鴨居のおかれていた状況を思い出し。
そして、考えられ得る全てのシュチュエーションを思い浮べた。
「つまり…カツアゲ!?」
岡崎は一目散に鴨居の消えた交差点へと走る。
大人数でダラダラと歩いていたせいか、簡単に見つけることが出来た。
「あ、明らかにヤバい状況っスね。……誰か助っ人を。」
岡崎は鴨居達の集団から、見失わない程度の、距離を保ち追い掛けていく。
鴨居のピンチだが、岡崎本人は「なんだか刑事ドラマみたいっス」と、かなり楽しんでいるのは気にしない。
岡崎はズボンのポケットから携帯を取り出すと、ある人に電話をかけた。
岡崎の知っている連絡先の中で腕っぷしの強そうな人といえば、その人物がパッと思い浮かんだのだ。
「あ、もしもし。カモ先輩が怖そうな人たちに連れていかれちゃって大変なんス。先輩、誰か呼んで助けに来てくださいっス!!」
岡崎は携帯電話を片手に小声で電話をしながら、尾行を続けていく。
そして、とある工事現場に鴨居達は入っていった。
そこは今は工事を行っていないようで、ブルーシートに囲まれていて外からは中を見ることが出来ない場所になっていた。
作業員もいなければ、工事道具が置いてあるわけでもないただの空き地。
人通りも少ないので、中で例え何があっても外の人が気付くことはないだろう。
「コンビニの近くの工事現場に入っていったっス。早く、早く来てくださいっ……要先輩!!」
ブルーシートの中に入っていくと男達は鴨居を囲うようにして陣取った。
「さてと……あー、何君だっけか?」
鴨居の真正面にいた金髪の男が隣の、側頭部を刈り上げた男に聞く。
「鴨居友徳だよ、大悟。」
「ああ、そうだったな。記憶力良いなぁノブは。」
大悟と呼ばれた男は、ノブという男の肩をバシバシと叩き、彼なりに称賛しているようだった。
すると鴨居の後ろにいた、一見すると真面目そうな男が話し掛けてきた。
「何でこうなったかなんて分からないよね…自分の置かれてる状況は把握できているかい?カモ君。」
物腰の柔らかそうな口調。落ち着いた低い声。
しかし、見るものを恐怖に陥れる冷たい瞳。
「は、把握するも何も…君たちがいきなり…」
鴨居の怯えている様子を見て、その男は満足気な笑みを浮かべる。
「そりゃそうだよね。僕から見ても、今君がおかれている立場は実に理不尽だ。誰かの勝手な逆恨みで今から僕たちに制裁されてしまうんだからね。」
男の言葉に、鴨居を囲んでいた残りの五人全員が愉快そうに笑った。
「なぁ、康(こう)ちゃん。もういいだろ?誰かくる前に、さっさとボコっちまおうぜ。」
コウというあだ名で呼ばれる冷静そうな男・康太以外は、すでに戦闘態勢に入ってしまったようで、指の骨や首の骨をバキバキと鳴らしている。
「まったく……僕は、獲物が捕食者にナブられる直前の、恐怖に染まった顔を見るのが好きなのに。」
康太は文字通り恐怖に顔を歪めていた鴨居の顔を実に愉快そうに見つめている。
「まぁ、ボコられてドンドン腫れ上がっていく顔を見るのも言うほど……嫌いじゃないんだけど、ね。」
康太は舌なめずりをすると、まるで自分の欲望を抑えるかのように、自らの腕をギリリと握り締めた。
「死なない程度に……殺れ。」
康太のその一言を合図に、五人の男が一斉に鴨居に殴りかかった。
顔に一発。
腹に一発。
背中からも一発。
「うっ…がっ!止め…」
鴨居の声も、殴打の音や男達の歓喜の声で消されてしまう。
地面に倒れこんだら、次は躊躇なく痛みに悶える鴨居を蹴り始めた。
『ドカッ』『ゴッ』と不快しか感じない鈍い音が延々と流れていく。
はぁ……
何でこんなことになったんだろ?
おかしいな。
味方を"作れなくても"
敵だけは"作らない"。
そんな生き方をしてきたはずなのに……
そういや前に誰か言ってたっけ……
『八方美人、振り返れば四面楚歌。』って――
ははは。
シュール過ぎて笑えねぇよ……
痛ぇ……
いったい何発殴られたんだろ?
『ゴッ』
誰か、助け……
『ドガッ』
助ける?
オレを、誰が?
『ははは。こいつグッタリしてきたぜ。』
誰にも当たり障りなく過ごしてきて
深い関係を拒んできたオレを
誰が助けにくるっていうんだ?
『そろそろヤバいんじゃね?』
諦めよう。
期待なんかするなよ。
『おい、誰かこいつ持ち上げて押さえててくれよ。』
期待なんかしなければ――
裏切られることとだってない。
もう、いいんだ。
『俺が最後に一発決めたら終わりにしようぜ。』
そう頭では思っているのに……
なのに……なんで?
『おう。最高の右ストレートお見舞いしてやれ。』
なんで――
あの時の杉宮先輩の笑顔が頭から離れないんだろう……?
「杉宮…せん…ぱい…」
大悟に押さえ付けられている鴨居に向かって、ノブの無情な一撃が向かってきていた。
「杉宮先輩、助けて!!」
ノブの拳が、すでに腫れ上がっている鴨居の顔を捕らえようとしたその瞬間。
「おーっす小林ぃ。こんなとこで油売ってんなよ、まったく。」
ノブの拳を誰かが鴨居の顔に当たる寸手で受けとめたのだった。
「なに!?誰だてめぇらは……はぶぅっ!!」
ノブは拳を振り払い再び、今度は横から邪魔をしてきたその男に殴りかかろうとした。
しかし、その瞬間。
ノブは左の頬が潰されたのではないか?と思うほどの痛みを感じながら、自らの身長分ほど吹っ飛ばされてしまった。
「誰だてめぇらはってか?そうさ、ヒーロー見参!!」
ノブを吹き飛ばしたのは杉宮とよく似た顔をした、作業服の青年だった。
何だかチャラけかたまでそっくりである。
そしてノブの拳を受けとめていた男は、鴨居を押さえ付けていた大悟を軽がると引き剥がし、地面に叩きつける。
「カモ……遅くなって悪かったな。後は俺等に任しとけ。」
大悟を吹き飛ばしたのは鴨居が助けに来てほしくて仕方なかった杉宮であった。
鴨居の頭の中に浮かび、どんなに振り払っても消えなかった笑顔がそこにあった。
どれだけ安心したことだろう。鴨居は全身から力が抜け、その場に崩れる様に座り込んだ。
「さぁてと。ちゃっちゃと片付けるか要。」
「おう。手加減しろよな……樹(いつき)。」
樹ははめていた軍手を歯で剥がし取ると、地面に捨てる。
その手の甲は、無数の傷ができていた。
「手加減だ?はっ……教わったこともねぇよ!!」
そう言うと樹は実に楽しそうに、不良連中を殴り飛ばしていく。
多勢に無勢もなんのその、圧倒的な強さで樹は不良達を凪ぎ払う。
杉宮も、いつものチャラけた雰囲気が嘘のように軽快な身のこなしで、不良達を払いのける。
二人はあっという間に五人を地面にひれ伏させると、残った康太ににじり寄っていく。
「て、てめぇら……いったい何なんだよ?」
康太の言葉に樹が、不敵な笑みを浮かべながら返す。
「おいおい腐っても不良の端くれだろ、杉宮兄弟を知らないってのか?」
康太はその時、仲間内に一時だけ流れた噂を思い出した。
「ま、まさか……空手歴が無いにも関わらず、暇潰しに一度だけ出た中学の空手全国大会で3位になった弟の杉宮樹と……」
康太はいったい何故そこまで詳しいのか分からないが、杉宮兄弟の履歴を震えながら声に出した。
「関西で有名だった当時のフライ級の日本ランカーのプロボクサーを喧嘩で再起不能にした、っていう兄の杉宮要……?」
樹はにやりと笑い、康太に顔を目一杯近付けて静かに言い放つ。
「……ご名答。」
康太はまるで捕食者に睨まれた獲物のように身体を震わせ、その場に座り込んだ。
樹はそんな康太の胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせると右手で康太の口をガッと掴む。
「誰の指示だ?早いうちに吐いちまえわねぇと、その内喋れなくなっちまうぞ。」
ドスの効いた低い声は、ただでさえ怯えている康太の戦意を喪失させるには十分すぎるほどだった。
「み……美鈴に頼まれたんだよ。気に入らねぇやつがいるから、ぶっとばして欲しいって。」
鴨居はその時ようやく、大川に初めて会った日に感じた胸騒ぎの本当の正体を知った。
「あ?美鈴だ?誰だよ。」
「あ、あんた達だって聞いたことあるだろ?ここらじゃ色々と有名な大川財閥の一人娘だよ。」
大川財閥とは、数世代に渡って金融業を営んでいる会社。
その社長は県内の年間長者番付に必ず名を刻むほどの大金持ちだ。
そして、その一人娘である大川美鈴は大川財閥の令嬢であること以外でもその名が知られていた。
「金でここらの不良共を飼い馴らしてるって噂のアイツか……」
康太は小さく何度も頷いた。
「もう、いいよ樹。放してやれ。」
杉宮が樹の腕を掴み、そう言うと樹は不服そうにしながらも、康太の襟から手を離した。
「カモ……立てるか?」
「……はい。」
杉宮が鴨居の肩を支えながら、ゆっくりと立ち上がらせる。
そして首だけを振り返ると、今までに見たこともないような鋭い目付きを放ちながら康太にこう警告した。
「次にてめぇらがカモに手を出しやがったら、今度は遠慮なしでぶっ殺す。覚えとけ。」
康太は、はは、と引きつった笑顔で何度もコクコクと頷いた。
杉宮は鴨居を支えながら工事現場から立ち去っていく。
それは杉宮も樹も完全に油断していた時だった。
さっきまで怯えていたはずの康太が、正にヤケクソだと、近くに落ちていた鉄パイプを振りかざし襲い掛かってきていたのだ。
「何がぶっ殺すだ。笑わせんな。てめぇはオレが今ぶっ殺してやるよぉおっ!!」
振り下げた鉄パイプはわずかに杉宮からズレ、鴨居の後頭部へと向かっていく。
「カモ伏せろ!!」
杉宮は鴨居を助ける為に、とっさに自らの腕を伸ばした――
『バキャッ』
「えっ……?」
鴨居の頭上からあり得ない音が辺りに響いた。
鴨居はゆっくりと、その音が発生したであろう場所を見上げる。
「杉宮先輩!!」
そこには鴨居をかばった杉宮の腕。
なんと杉宮の腕は鉄パイプの形に窪んでしまっていた。
それが服越しにでも分かった。
「テメェ……」
何もせずに見逃したのに、兄貴に怪我を負わせた康太に、樹は我慢の限界を迎えた。
「やめろ樹!!」
もう振りかざした樹の拳は止まることなどできなかった。
一直線に康太の頬を打ち抜く――
『ボキィィィッ!!』
樹、渾身の正拳突きが康太の頬に炸裂。
型にピッタリとはまった美しい拳はそのまま康太を何メートルも吹き飛ばしていった。
康太は口から血の混じった泡を拭きだしながら地面に倒れこんだ。
「馬鹿野郎、樹。あいつアゴ砕けてるぞ。」
康太はそのまま気絶していた。
「わ、わりぃ。あの野郎、道具持ち出してきやがったから、ついカッとなっちまって……さ。」
「悪ぃ、で済むかこの馬鹿。」
杉宮は足で樹の尻を蹴りとばす。
そして携帯を取り出すと、眠っている不良達のために救急車を呼んだ。
工事現場から少し離れた空き地。
そこでは岡崎が杉宮達の帰りを今か今かと待ち望んでいた。
「カモ先輩……要先輩……皆どうか無事でいてください。」
すると、杉宮が鴨居を支えながら樹と共に空き地に入ってくるのが見えた。
岡崎はすぐさま三人の元へ駆け寄っていく。
その時、工事現場には杉宮の呼んだ三台の救急車が到着したのだった。
杉宮が鴨居をゆっくりと地面に寝かせてやると、岡崎は鴨居を抱き締めながらわんわんと泣き崩れた。
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