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回り始める運命の歯車
しおりを挟む『ミーン、ミンミン、ミーン』
むせ返るほどに熱い日差し。耳をつんざくようなセミの鳴き声。木造の床から匂う湿った空気。
『ドタドタドタ・・・・・・』
慣れない床掃除で、お世辞にも軽快とは言えない音を立てている一人の少年の姿があった。そこは岩手県のとある山奥にあるお寺。その寺で少年は、一宿の礼として敷地の掃除に名乗り出ていた。
「和尚さーん。床掃除終わりました」
少年の声がわずかに木霊して、すぐに林に消えた。誰もいない仏堂に向かい叫んでいるのだから返事があるはずもない。しばし返事を待ってみるものの、一向に返事は聞こえてこない。少年は、自分で磨き上げたばかりの木造の床にあぐらをかいて座ると目の前に広がる雑木林に目をやった。
「和尚さん出かけちゃったのかな…?」
真夏の暑い日差しの中。北風だったのだろう心地よい風が、旅で長くなってしまった少年の前髪を揺らして行った。その時だった。
「お、床掃除終わったんだね、ご苦労様。ありがとう」
いつの間にか仏堂から和尚が顔を出していた。その和尚の大きくはない背中の後ろに、一人の少女が立っていることに少年は気付く。
うだる暑さと刺すような日差しの中で出会った少女。田舎の山奥で見たのは。こんな偏狭の地で何よりも孤独を抱えた小さな瞳。その深く吸い込まれる様な瞳をしていた少女に、僕は強くひかれてしまったんだ。
「あ、はい。えっと…その娘は?」 そう言って少年が立ち上がると、その少女を指差し尋ねる。そんな少年を見て少女は、より警戒を強めてしまったようで和尚の背中の奥へと隠れてしまう。
「この子もね、君と同じだよ。ずいぶん遠くから来たらしい。体も自転車もボロボロだ」
和尚は笑いながら優しく少女を前に出すと、トンと背中を押した。
「こんな出会いも珍しい。お互いに同じ胸中の人と話すのは何か得るモノがあるかもしれない」 そう言い残して和尚は仏堂の奥へと去って行った。
残された二人の間にしばらく沈黙が流れた。セミの鳴き声と、時折拭く心地よい風が雑木林を抜ける音に身をゆだねた。しかし、初対面の二人にとっての沈黙は、堪えることができずに少年は意を決して少女に向かい声をかける。とは言っても、挨拶というのには実にたどたどしかったのだが。
「あ、その…・・・ども」
「…ども」
こうして二人の運命の歯車がゆっくりと――そう、ゆっくりと回りだすのであった。
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