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三通目:しあわせキラキラ
しおりを挟む「幸せ」って何だろう?先週のホームルームで小さな話題になったそれを僕は今でも考えてしまう。温かい家庭?裕福な生活?たくさんの絆?
なんだろう……それじゃ納得できないんだよな。
幸せってもっとこう――
キラキラしてるんじゃないかな……?
高く上がった黄球が夏の日差しに重なってキラキラと揺れる。僕はそれを躊躇なく相手コートへと叩きつけた。しばらくの静寂の後に割れんばかりの拍手と喝さいが響いて審判のコールがかかる。
『ゲームセット!!優勝は高田ハルト。』
夢にまで見ていたインターハイの決勝戦が終わる。初めて頂点に立った瞬間--僕の見ていた景色からあらゆるものが消え、ただ耳を刺す歓声だけが鼓膜を震わしていた。
達成感とも違う――けれども隠しきれない高揚感が僕を支配して無意識の内に僕は高々と両手を挙げていた。
「やった……」
翌々日の月曜日。高校に登校すると、意識せずともそれは僕の目に入ってきた。屋上から誇らし気に、白い大きなたれ幕が掲げられていた。そこには『インターハイ個人優勝・高田ハルト・硬式テニス』 という文字がこれでもかという大きさで印字されていた。今までの努力がこうして記録に残り、形になった瞬間だった。
「ハルトおはよう。やったなインハイチャンプだぜ」
「高田先輩、おめでとうございます」
「おー高田。よくやってくれたな、先生も鼻が高いよ」
賛辞の嵐に包まれても、まだ僕は夢の中にいるようだった。幾つもの試合に勝ち続け、時に追い込まれてもなんとか巻き返して勝ちを手にし、そして念願だった優勝を果たした。優勝旗を抱えながら、プロの写真家さんに写真を撮ってもらった。インタビューを受け、僕の言葉や功績が今まで遠い存在の人達だけが記載されていたテニス雑誌で取り上げられた。
学校では僕を讃えたたれ幕が揺れている。皆が僕を見てくれる、話し掛けてくれる……でも、何か、何か足らないんだよな……そう、これだけの喜びの中でほんの少し欠けているものがあって、その何かが埋まることで僕は本当の意味で”達成感”という名の”現実味”を確認することができる、そんな気がしていた。
「ハル君、おはよう。」
「あ、麻衣ちゃん……おはよう。」
少し控えめに挨拶をしてきてくれたのは清水麻衣ちゃん。彼女は背が小さくて身体が弱い。僕とは同級生で、女子テニス部の部員でもある。少しでも体力を付けようとテニス部に入ったらしい。
初めて見たのは1年生の時の部活見学の日だった。特待生で部活にすでに参加していた僕と、一般入試で入った為に部活動の見学をしていた彼女。練習が一区切りして休憩をしている時に初めて僕は彼女を見つけた。その時、その儚さにもにた印象で僕は一目で好きになっていた。
「優勝したんだね、凄いね!いつも「インターハイで優勝するんだ」 って言って頑張ってたもんね。おめでとう」
「あ……うん」 と気のない返事をしてしまったような気がするけれど、それは唐突に僕の中におさまった。優勝をした実感は、まるで舞い上がったシャボン玉が風にうたれるでもなく、何の前触れもなく消えるかのように、突然に訪れたのだった。
「じゃ、また部活でね。」 麻衣ちゃんはそう言うと足早に自分のクラスへと走っていった。
そうか。何か足りなかったのは、僕の中で欠けていた最後のピースは――彼女の、好きな人からの「おめでとう」 の言葉一つだったんだ。
放課後になっても皆からの賛辞の声は止むことがなく、僕の周りには絶えず人が集まっていた。放課後になり部活が始まると新入生の多くがテニス部を、自分で言うとあれだけれども、おそらく僕を見る為にぞろぞろとコートを見渡せるフェンス越しに集まりだした。なんか視線がやりにくいんですけど――。汗
僕達の練習は、一つのメニューをこなす毎に90秒の休憩が与えられる。水を飲んだり、汗を拭いたりそれだけに与えられる時間。これは試合のゲームとゲームとの間のインターバルを身体に刻み込む為の意味もあった。このインターバルを上手く使えるかどうか、それもスポーツにおける大切なスキルの一つだと教わっっていたからだ。
そんな時に・・・・・・「なぁ、ハルト。そろそろ良いんじゃね?」 急にチームメイトの1人、ダブルスでは正規ペアとして組んでいるアヤトがそう言ってきた。いや、アヤト。述語だけじゃわかんねから……
「何が?」
「何ってお前……」
アヤトは「ほら」 と2つ隣の女子テニス部の方を指差した。
「ほら、麻衣!!諦めるなー。」 そこでは女子がノルマ打ちというメニューをしていた。野球で言う千本ノックの様なもので、個人個人の体力に合わされた、数のノルマを打ち続けなければならない練習。体力づくりと相手に動かされても自分のフォームをしっかりと保って打ち返すことを身体に刻む練習。正直僕はノルマ打ちは好きじゃない。
「インターハイも優勝したしさ。もう自信持って告白できるだろ?」
「え、えぇぇっ!?こっ、こっ、ここここ、告白ぅ!?誰が!?誰に!?何故!?」
僕はそう恋愛というものに奥手……というか全く免疫がないんだ。「告白」という二文字を聞いただけで我を忘れてしまう苦手っぷり。
「なにゆえ?って、いや、オマエが!清水に!!好きだから!!!」 ああ--うん、そうだよね。素晴らしく簡潔な回答だよね。花マル、二重マル、一等賞だよね。
「つかな、周りからみたら清水ってオマエに惚れてるぜ多分。もう、待ちくたびれてんじゃねーの?本当はさ」 そう言われて僕は麻衣ちゃんをちらりと見る。ノルマ打ちを終えて、空色のタオルを片手にベンチに座っている。疲れからか、いつもより儚げな顔と表情。そして、そんな中に煌めく強い眼差し。僕はそんな麻衣ちゃんの姿を見るのが好きだった。
部活が終わった後。アヤトに焚きつけられた僕は、麻衣ちゃんを呼び出していた。何の為かって?そ、そりゃあ勿論――
「ハル君、お待たせ。ゴメンね着替えてたら時間かかちゃった」
「あ、うん。ゴメンね僕の方こそ部活の後なのに」 僕はそう言って歩き出し、高校の近くにある小さな公園の公園のベンチに座った。麻衣ちゃんはそんな僕の後ろについてきて、隣に座った。昼間は老人や子ども達で賑わうこの公園も、夕方を過ぎると人はぽつぽつとしか居なくて寂しいものになっていた。
「涼しい風だね」 そう言って髪の毛をかきあげた仕草に、僕はドキッとして「そうだね」 なんて簡単な返事をしてしまう。ああ、やばい顔赤くなってるかも……
「あ、あの麻衣ちゃん?」
「ん、なに?」
見つめられると吸い込まれそうになってしまう瞳。その中に写る僕は今、どんな顔をしているんだろう――?きっと自信なさげで、ふにゃふにゃな、格好悪い顔してるんだろうな。
「麻衣ちゃん、オレ……」
なんでだ?なんでたった一言「好きだ」 って自分の気持ちを言葉にして伝えるだけがこんなにも難しいんだろう。こんな緊張はテニスでも味わったことないなんて言ったら、不謹慎なんだろうけどそのくらい緊張していた。
「オレ、その……その」 早く言え。ああ、ほら麻衣ちゃんが困ってるじゃねーかよ。あ、バカ。俯くなって……
「ねぇ、ハル君」 そう呼ばれて、僕がふと顔をあげると麻衣ちゃんの顔が思っていたよりもずっとすぐ近くにあった。そりゃあもう、き、き、キスができそうなくらい近くに。
やばい緊張しすぎてフラフラしてきた。
「ねぇハル君。決勝戦てどんな感じだった?日本の頂点てどんな気分?」
え――?麻衣ちゃん何で・・・・・・何で泣いてるの?
「あ、ゴメンね。違うの、あれ?私別に泣いたりするつもりじゃ……」 麻衣ちゃんはこぼれ落ちていく涙をぬぐい、笑顔を作った。無理やりに細めた目からはまた、涙がこぼれ落ちた。
「あのね……私、来週引っ越しするんだ。パパが遠くに転勤になっちゃって私とママも付いていくことになったの」
――え、なに?なんだこれ。引っ越し?麻衣ちゃんが……?それも来週って。
「遠くなの?」
「うん。中国だって。なんか実感わかないんだよね、急に日本から出ていくなんて」
海外に引っ越しって、じゃあもう会えなくなる?いきなりの言葉に混乱してしまう。僕の目の前が真っ暗になりそうになるのを皮1枚で、彼女の涙が止めていた。僕はそのキラキラを見失いたくなかった。
「来週、絶対に見送りに行くよ」
「うん、約束だからね」 そう言って小指で約束を交わした。そしてそれは同時に、僕の初恋が静かに終わりを告げた瞬間でもあった。
次の日から麻衣ちゃんは引っ越しの準備をするために学校に顔を出さなくなった。たった一つの空席が、僕の心にとてつもなく大きな穴をあけた。
そして、それは麻衣ちゃんが日本を経つ日の二日前のこと。
「ハルトとアヤト、ちょっと来てくれるか?」 そう言われて僕ら二人は部活後にコーチに呼び出された。
「お前たちにジュニアのナショナルチームへの召集がかかった。さっそく明後日に一回目のミーティングがあるから参加するように」
全日本選抜チームへの召集。夢にまでみたその言葉に心が震える。
「え、明後日って――ハルトお前、清水が……」 アヤトの言葉に麻衣ちゃんのことを思い出した。なぜ忘れることができたんだ?一時でも彼女のことが心から離れていた自分への怒りが込み上げた。
「ああ、清水が中国へと出発する日だったな。しかし、仕方がないだろうお前たちの将来に関わることだ。清水には明日謝っておけば大丈夫さ」 そう言ってコーチは僕らにプリントを渡し、帰ってしまった。
「ハルトどうするんだ?」
アヤトは本気で心配して、僕を家まで送りながら話を聞いてくれた。どうしよう・・・・・・どうすれば良いんだ?右の小指がズキズキと傷む。夢をつかもうと腕を伸ばす、そのキラキラの先は――いったい。
「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす!」
その男はこつぜんと部屋に現れた。
「何かお悩みの様ですねぇ、どうです?過去か未来のあなたに手紙でも送っちゃあみませんか?」
謎の男はひょうひょうとそう言って、僕に真っ白な便箋と封筒と何だか胡散臭いペンを渡した。僕はそれを受け取ってまじまじと見た。
「過去や未来の僕に手紙を?」
男は何も言わずに不敵な笑みをうかべながらこくりと頷いた。
「……未来の僕に手紙。未来の?……そうだ!」
僕は一心不乱にその手紙を書き上げると男に手渡した。男はそれを手に取りにやりと笑った。
「これはこれは……面白いですね」
「……届けられるかい?」 その僕の問いに男はまたしても不敵な笑みをうかべると、音もなく消え去った。
高くふわりと上がった黄球が夏の日差しに重なってキラキラと揺れる。僕はそれを優しく手に取ると、もう一度優しく投げ返した。
「ハル君、ショウタ。お昼できたよ。手洗ってあがっておいで」
「今いくよ麻衣」
麻衣ちゃんの作ったお昼ご飯の匂いが、庭に作ったテニスコートまで漂う。僕と、ショウタと名付けた僕と麻衣ちゃんの息子は手を洗って家に入る。
温かい家庭はキラキラとして、夢の中にいるような気にさせてくれる。今の僕が大好きな、僕の一番大事な場所――
「宛先人は存在せず。どうやらこの手紙は処分するしかないようですねぇ……しかし面白いことを考える少年でしたね。まさか宛先が――」
『プロテニスプレーヤー高田ハルト様へ。
僕は夢を追いかける為に、彼女との約束を守ることができないようです。
もしこの手紙を受け取った時に覚えていたなら、どうか教えてほしいです。
あの時の選択は間違っていなかったのかを。』
八年前のナショナルチームの第一回ミーティングの日、僕は麻衣ちゃんとの約束を棒に振り、チームへの参加を優先した。悩みに悩んで、しつこいくらいにアヤトに相談をして、そして自分で決めたことだった。それでも僕はそれからの日々、自分で下した決断を後悔しない日はなかった。
そんな後悔すらも吹き飛ばすほど僕はテニスに打ち込み、そして4年後アマチュアの日本代表として世界戦に挑むまでとなった。
そして初めて中国での大会に望んだ時だった――
「高田ハルト君ですよね。私のこと覚えていますか?」 試合会場でそう声をかけてくれたのは、儚げででもどこか強い眼差しを持った――女性。
「麻衣ちゃん?清水麻衣ちゃんだよね!?」 その問いに頷いた彼女を僕は思わず抱き締めていた。
八年ごしの告白は実り、僕はすぐにテニス界から身を退き、麻衣ちゃんと結婚をした。テニスばかりで勉強をろくにしてこなかったことを少しだけ後悔したけど、なんとか一般企業に再就職することができた。幸せな生活はあっという間に過ぎていき、結婚から二年後にショウタが麻衣ちゃんのお腹に宿った。
「幸せ」って何だろう?僕は今でもそんなことを考えてしまう。温かい家庭?裕福な生活?たくさんの絆?--夢の成就?
なんだろう……それだけじゃ納得できないんだよな。ううん、なんていうか幸せってこう――
「パパぁ。」
ショウタが僕の足にしがみつき、汗を掻いたままの頭をスリスリとなすりつけた。
「ふふ。本当にショウタはパパが好きね」
「パパ、好きすきぃ」
二人の笑顔が僕の涙腺を刺激した。そうなんだよ。幸せってきっと理屈や言葉で表せるもんなんかじゃなくて――胸はポカポカしてるのに、無性に泣きたくなるくらい温かい。まるで涙で滲んだみたいに世界がキラキラと輝く、こんな気持ちのことを言うんじゃないかな。
もしも、あの日後悔していた自分に会えたなら僕は自信を持ってこう言うだろう。「大丈夫君は間違っていないよ。幸せになれるから、もう少し頑張ろう。」 と――
僕が居て、君がいて、ショウタが笑ってくれる。そんなキラキラした幸せがきっと待ってるから。
時空郵便は今日も誰かの元へ。それはいつでも届くとは限らない。受け取れるかどうか、それだってあなた次第。
そして、運命を変えるかどうかは、"過去"や"未来"のあなた自身にかかっています。
「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす!」
...『しあわせキラキラ』fine.
応援ありがとうございます!
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