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下・聖剣の大陸
闇の歴史
しおりを挟む番茶の芳しい香りが部屋に広がる。
サモンは静かに3人分のお茶をテーブルに置いた。
そんなサモンの自然さにシルクは不安すら覚える。
「リコも落ち着いた様だし話をしよう。まさかフレアを破り大陸王となるとは思わなかったぞシルク」
サモンはにっこりと笑う。
いつかの様な優しい笑顔で。
「リコの身にいったい何が起きたんですか?あなたはいったい何者なんですか?」
シルクの表情にサモンは微笑む。
「そんな顔の子供にはちと伝えずらい。君はフレアに勝ち何を得た?」
シルクは思い出す。
フレアと拳を交えた時のこと、王の証である腕輪を手渡された時のことを。
「うむ、それで宜しい」
真っすぐな瞳でサモンを見つめるシルク。
サモン一口お茶をすすって、ゆっくりと話し始めるのであった。
「シルクよ"ソフィア族"のことを知っているか?」
その言葉にシルクの胸がざわつく。
怒りで魔力が漏れるのが自分でも分かる程に。
「そうか……もうすでに接触していたか」
シルクはソフィアとのことを全て話した。
「そうかルシフェルを従え闇を操る者。それにオルターがやられたか……」
シルクは拳をにぎる。
怒りも憎しみも、己の腑甲斐なさも全て力に変える為に。
「僕は奴を許さない。人の生命を簡単に踏み躙るような奴は絶対に!!」
シルクの叫びにフレアは哀しげに俯いた。
「人の生命を簡単に踏み躙るような奴に……か」
サモンはゆっくりと目蓋を閉じた。
「一つ問おうシルク」
「……?はい」
「もし君の大事な者を理不尽な理由で、もしくは正当な理由もなく殺されたとして、君はその殺した者を憎まずにいれるか?」
シルクは一瞬驚いた様な顔をして、横に首を振る。
「そうだ。復讐は罪だと言うことは容易いが、しかし復讐をしないことは実に難しい」
「それとソフィア族と何の関係があるんですか?」
そしてサモンは語るのだった。
消し去られた過去の残酷な物語を。
「これは我が一族に代々語り継がれてきた過去の物語だ。
我々"ポリア族=仲介する者="と"ソフィア族"は大陸王の他で唯一、アバンカールドが眠る時も魔力を扱える一族だった」
「ポリア族?」
「精霊と人間とを仲介する力を持つ一族のことだ。
遥か昔はポリア族以外に魔力を扱うことはできなかった。
魔力で人々を導いていこうとした一族は『先導者』、『神の使い』、『統治者』などあらゆる言葉で呼ばれた。
だが、ある時強欲になってしまった一部の者が魔力で世界を支配しようとした。それが波乱を呼ぶ者"ソフィア族"と呼ばれる様になる」
フレアは目を瞑り、一切の口を挟まない。
「聖霊の宴とは元来、この2つの一族が魔力を持たぬ民を巻き込まずに支配権をかけ争う為、神が設けたものだったのだ。」
紐解かれる聖霊の宴の歴史。
シルクは茶器に手をかけたまま聞き入っていた。
「ソフィア族は私念の為に力を使い、多くの厄災をもたらし人々から恐れられる様になる。
そこでポリア族はソフィア族の弾圧に乗り出したのだった」
そこまで聞いてシルクにはある疑問が浮かぶ。
「ソフィア族が人々を力で支配して恐れられ、それから救う為の弾圧ならば正当な理由になるのではないですか?」
「そうだ。恐怖からの救済は立派な理由であったろう
しかし……」
サモンが言葉に詰まり、少しの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはフレアだった。
「元は力で支配をしていたソフィア族のみを弾圧する動きであったが、人間というものはそれだけで留まることはできないものだ。
支配層を叩くだけでは止まらず、罪のない者、善良な者、果ては子供に至るまで"ソフィア族"の血縁者は皆殺しにされた」
「……そんな」
耐え難い事実にシルクは目を落とす。
サモンはゆっくりと続ける。
「ソフィア族は散り散りとなり身を隠しながら生きることになり、彼らは歴史上から抹殺された。
そんな一族が世界を人間を憎んでいても何ら不思議はないだろう」
「シルクこれから話す事実を聞いても決して俯くでない。」
「……はい」
またシルクはサモンの瞳を見つめる。
サモンは大きく息を吸う。
「リコは……
現存する最後のソフィア族の末裔だ」
「…………えっ?」
茶器に掛けていた手が震える。
カタカタ音をたてて揺れた。
「い、言っている意味が分かりません」
シルクの心の動揺が言葉まで不恰好に震わせる。
「もしリコがソフィア族の最後の末裔だとしたら、彼は?ソフィアはいったい」
サモンはゆっくりと茶をすすると、机に肘をたてて両手を組んだ。
「恐らくその少年はソフィア族と他の民族との混血であろう。故にあのルシフェルを従えるだけの魔力を持っていた。
しかし、ソフィア族のみの血を引く純血はリコ1人だけだ」
『……シルク』
ミカエルがシルクの肩を優しく叩く。
しかし、シルクに反応はなかった。
「リコは何であんな状態になっているんですか?」
小さな問いに、サモンはしばらく考えてから答えを出した。
「断定はできないが、リコがソフィア族であることと、アバンカールドが目覚めたことと関係があるのだろう」
シルクは首を傾げる。
それを見たフレアが言う。
「アバンカールドの呪いはソフィア族の怨念で出来ているからだろう」
「ソフィア族の怨念……?」
「遥か太古の時代、大陸がまだ一繋ぎであった頃。当然だが大陸王は1人であった。
神が授けた名も無き王剣はただの称号に過ぎず、王は自らの子にその剣を託すことで王位を継承していたのだ」
「しかし如何に王家の血を引いていようと、魔力は引き継がれるものではなかった。
魔力によって民を統治していた王家、しかし王が死ねば子には魔力が無く、自ずと王家の力は弱まる。
その度に幾度も内乱や国家転覆が起こったのだ」
陽が沈み、フレアは魔力で蝋燭に火を灯した。
「そこで王は名も無き王剣に魔力を宿すことにしたのだ」
「名も無き王剣に魔力を宿す?」
サモンは眉をひそめて言う。
「王以外で魔力を持つ者を生け贄に剣に魔力を宿したのだ」
「王以外で魔力を……そうか」
シルクは机を叩く。
響き渡る音が静まると、無性に遣る瀬なさが溢れた。
「ポリア族は精霊と人間とを繋ぐもの、居なくなれば王も魔力を失う。
だが、そこから枝分かれし反逆を繰り返したソフィア族なら……」
「王はソフィア族を名も無き王剣で斬殺し、その血に宿る魔力で王剣に力を宿した。
故に今では王剣は『アバンカールド=生命を食らう剣=』と呼ばれるようになったのだ」
「さて、昔話はここまでにしようか。
とにかく今はリコの魔力を抑える必要がある。この魔力が溢れだせば世界は荒れてしまうだろう。
だからこそフレアにここに来てもらった」
「フレアさんに……?」
シルクがフレアを見るとフレアは口元だけ笑った。
「魔力は千差万別。人の数だけ形があるのだが、私とフレアの魔力は奇跡的にほぼ同型なのだ。
リコの魔力は恐ろしく強く濃い。いかに私でも1人では魔力を抑えることができない。いや、大陸王クラスの魔力がなければ不可能だろう」
「魔力の封印は仲介者であるポリア族にしかできねぇ、だからオレはサモン様に魔力を受け渡しあの子の魔力を抑えることにしたんだ」
「そういうことだ。それに……
いや、これは言うまい」
サモンは最後に何かを飲み込んだ。
シルクにはその表情から、問いただしても無駄だと悟り、何も尋ねようとはしなかった。
「何にせよお前が無事で良かった。
おかえりシルク」
「……うん、ただいま」
シルクは唐突に理解していた。
こうして挨拶を交わすのはこれっきりになってしまうことを。
意識はせずとも何処かで分かってしまったのだった。
それからサモンはシルクの分の夕飯を用意した。
久しぶりに食卓を囲う。
だが、時折フレアと共にリコの部屋に消えた。
『シルク、大丈夫ですか?』
「大丈夫……ではない、かな。
でも平気だよ、ありがとうミカエル」
いつもの笑顔とは違ったが、作り笑顔などではなかった。
ミカエルはただそれに安心したのだった。
翌朝になりシルクは目覚める。
キッチンからは鹿を焼く良い匂いが漂っていた。
「おはようございます」
食卓にはサモンとリコがいて、他愛ない話をして、笑顔で、ただ幸せで。
そんな日常がもう無くなってしまったのだった。
「よぅシルク・スカーレット。
さっき散歩してた時に捕まえた鹿だ。旅立つ前に食え」
鹿を丸々焼いただけのフレアの豪快な料理。
「……ぷっ」
シルクは笑った。
声を出して笑っていたら、無意識に涙がこぼれ落ちた。
涙が床に落ちる。それを見たら涙が止まらなくなった。
「……うっ、くそ。何でこんなことになっちゃったんだよ、リコ……」
フレアは無言でぶつ切りにした鹿肉を渡す。
シルクは泣きながらそれを口一杯に頬張る。
「そうだ、食え。人間も動物だ食わなきゃ動けねぇし、困難に打ち勝つこともできやしねぇ」
鼻をすすりながら肉を頬張るシルク。
しばらく涙は止まりそうになかった。
食べて食べて、泣いて、シルクは再び戦いの中に戻っていく。
神の試練まであと二月と少し。
シルクは城に帰還する為、灰炎を後にした。
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