聖霊の宴

小鉢 龍(こばち りゅう)

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上・立夏の大陸

炎王との対峙

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そして二夜が明け決戦の時がきた。


「さて久々の闘いだ。血が騒ぐなぁイフリート」

『てめぇと一緒にするな。だがまぁ、ちったぁ楽しめそうじゃねぇか』


ゲセニアとの戦いを経て、シルクの魔力は研ぎ澄まされていた。


「フレア王、あなたを倒して僕は新王となる」

真っ直ぐな瞳。

フレアは嬉しそうに笑った。

「良いねその目。ゾクゾクしてくるよ。構えろイフリート、ギフト『火炎車輪』」

フレアの魔力が溢れだし、あたりを超熱気が覆い尽くしていく。


燃え盛る炎が、直径に人の丈が入るほどの大きさの車両の形になり、両腕に2つずつまとわりつく。

「いくよミカエル『大天使の羽衣』」


光の羽衣を纏ったシルクも構える。


「さぁ宴の始まりだ!」




フレアが右腕を振るうと、まとわりついていた炎の輪の一つがシルクに向かって飛び出した。


「止めろ『光撃』」

放たれた光が炎に向かい伸びる。

「――なっ!?」

しかし光は炎にぶつかることなく貫通していった。

炎は回転しながらシルクに向かっていく。


「ぐぁぁぁあっ」

炎の車両に弾き飛ばされたシルク。

ガードした左腕に炎がまとわりつき、激しい痛みを伴う。


「おいおいどうした?来客なんだから、オレを楽しませてくれよな?」

炎の車両をフリスビーの様に放つフレア。

車両は横回転をしながら軌道を変え、シルクを捕える。

「くっ、守れ『光幕』」

「はっはっは。無駄だ無駄ぁ!」

シルクの前に張られた光の壁を、すんなりと通過する車両。

「ぐあっ」

数メートル吹き飛ばされるシルク。

車両はフレアの元へと戻り、挑発するかの様に歪な弧を描く。


「くっ、なんでガードも攻撃もできないんだ?」

『分かりませんが、フレアの術中にはまっているのは確かでしょうね』


体勢を立て直したシルク。

フレアは追撃もせずに悠々とシルクを見下ろしていた。

「どうした?こんなものなのかシルク・スカーレット」

「くっ、まだまだ」

左腕に巻き付いた炎を振り払い、立ち上がるシルク。

「いくぞ『光撃』」

「ふん、そんな攻撃がオレ様に届くとでも?『ファイア・ウォール』」

フレアの足下から立ち上った炎の壁がシルクの光を遮断する。

そこに一点の違和感を感じたシルク。

「そぉら」

フレアの火炎車輪がシルクへと向かう。

左に跳んだシルクに向かい、更に2つの火炎車輪が放たれた。

「これじゃあ避けきれない――『タラリア』」

黄金の光がシルクの足を包み込んだ瞬間。

フレアはシルクの姿を見失う。


「――こっちだ」

フレアの背後へと回り込んだシルク。

千里を飛ぶ力量を、その一蹴に集約する。

「――ちっ、マズったな」

「はぁぁぁあ『天蹴』」

シルクの蹴りがフレアを捕えた瞬間。

フレアの姿が消える。

「なに!?」

『シルク、後ろです!』

消えたはずのフレアがシルクの背後に立ちすくむ。

「戻れ火炎車輪」

「えっ――?」

四方からフレアの手に戻る火炎車輪。

シルクは気付いた。

「そうか火炎車輪の真の能力は――"蜃気楼"を生み出すことだったのか」


シルクの言葉にフレアが笑みをこぼす。

「良いな。なかなかの観察眼だ。その通り、火炎車輪は辺りを熱し光を異常屈折させるヒーターの役割をする」 

「僕が攻撃しようとしてもできなかったのは、蜃気楼によってできた虚像に光を放っていたから」

「ご名答。お遊びはここまでにしてイフリートの本当の力を見せてやろう」

蜃気楼が晴れ渡り、フレアが魔力を練る。

放たれる魔力が大気を焦がし、イフリートを召喚する。

「オーパーツ――『プロミネンス=灼熱闘気=』」


溢れだす身を圧迫するほどに強大な魔力。

それは幾重もの戦いを経て洗練されたシルクにすら、危険だと三歩後退させるほどの重圧であった。


「……え?」

シルクはフレアが魔力を解放する瞬間から一瞬たりとも目を離さなかった。

それは想定外の加速した攻撃に備える為であり、気を抜くことは即、死を意味することになるからであった。

「イフリートが消えただけ……また蜃気楼か?」


フレアにより召喚されたイフリートが武器化する為に魔力となり消えた。

しかしフレアは見る限り何も所持してはいない。

何を纏ってもいないのだ。

「シルク。一瞬たりとも気を抜くな。そしてオレの一挙手一投足に神経を磨ぎすませろ」


フレアの言葉にシルクは冷や汗が身体を伝うのを感じた。

それとともに沸き上がるのは恐怖にも似た、背中を駆け抜ける感情であった。



フレアはシルクの警戒心が自らと相対するに足ることを見てとると、ゆっくりと右手を上げる。

そしてシルクに向かい手を伸ばした。

「――『鏡火=キョウカ=』」

感じたのは左手の違和感。

次いで何かが焼ける「バチッ」という音を鼓膜が脳へと伝えたのとほぼ同時に、左手が激痛に包まれた。

「ぐっ、ぐぁぁぁぁあっ!!」 

シルクは左手を右手でさする。

そこに水分は感じられなかった。

ミイラの様にパリパリに乾ききった腕を見て、再びシルクは悲鳴をあげる。

「うわぁぁぁあっ!!腕、腕が枯れて」

取り乱しフレアへの警戒心が無くなるシルク。

フレアは低く威厳ある声で一言。

「シルク・スカーレット」


名前を呼ぶだけでシルクの乱れた心を制し、警戒心をも取り戻させる。

シルクはゆっくりとフレアの瞳を見つめる。

彼は黙して言う「私に全てを見せろ」と。

『シルク……!』

ミカエルの心配をシルクは右手をあげて制止した。

「ミカエル……『鍵』を」

シルクから辺りに伝わる緊張感にフレアは笑う。

『分かりました。受け取りなさいシルク』

ミカエルの合わせた手から温かな光が溢れだし、その手に純白の鍵が現れる。

シンプルな鍵の持ち手部分には小さな翼が左右対称にあしらわれていた。

「これが僕の今出し得る限り最高の力です、フレア王――開け『ヘブンズ・ドア=天界の扉=』」










「『ヘブンズ・ドア』?」

クラフィティの助力により、ソフィアから逃げ切ることに成功したシルク。

その道中にミカエルはクラフィティの言い残した事をシルクに伝えようとしていた。

『そう、下界と天界との狭間にある扉。そこを抜けることができた者は天界に住まうことが許されるというものです』

「天界に住まうことが許されるって?」

『その扉の先には7つの試練が待っています。それを乗り越えたものは天界人となり、人間とは隔絶された魔力と知恵を得ます』

シルクはミカエルの表情から察する。

「……これも本来なら僕が手にするべき力ではないんだね?」

ミカエルは儚く微笑んだ。

「でも僕はどうしても大陸王になって皆を守りたい。

その為だったらどんな試練も乗り越えられるし、これから先どんなことが起ころうと進んで行ける」


『……ふふ。シルクには適いませんね(本当に彼とそっくりな力強い瞳をしている)』


そしてミカエルは鍵をシルクに手渡した。

その時より38時間、シルクは天界の7つの試練をその身に刻んだ。










シルクから溢れだす神々しいばかりの魔力に、フレアですら見惚れていた。

「くはは。素晴らしい。素晴らしいぞシルク・スカーレット!」

歯を剥きだしにして笑うフレア。

想定を超えたシルクの成長ぶりに目を輝かせる。

「これがミカエルが僕に与えてくれた最後の力です。大天使の羽衣第七の力――『四天装』」

光に包まれたシルク。

それまでの比ではないほどの研ぎ澄まされた魔力がシルクの身体を覆っていく。

「くかか……まるで天界人そのものだなシルク」


光が晴れる。

『大天使の羽衣』を身に纏い、右手には『太陽神の剣』を携え、『タラリア』を履く。

そして新たな力か左手に光る白銀の腕輪。

4つの天界の宝具を身につけたシルク。

その姿はフレアの言う通り聖書などに出てくる天使の様であった。


「良い腕輪だな」

フレアの言葉にシルクは何も答えずに微笑む。

「ほんじゃ、ま、お互い手の内も出したところで再開といこうかい?」

「そうですね」

空間に緊張が広がり、お互いを見つめる。

フレアの口角がわずかに上がるのを見たシルクが、タラリアの瞬速で消える。


「早ぇなぁしかし……でもオレ様のプロミネンスに勝る力などない」

微動だにしないフレア。

目で追えていないことはわかりながらも、シルクはその瞬速に幾つものフェイントを織り交ぜる。

左右、上下、前後、ただフレアの左側面に周り込むという動作だけのために、織り交ぜたフェイントの総数は実に32回を超えた。

(大丈夫だ目でも感覚でも追えてはいない。このまま、いける――)

シルクは太陽神の剣を振り上げ、フレアの左側面に潜り込む。

「はぁあっ!!『蒼火炎刃=ソウカエンジン=』」

青く燃え盛る剣をふりかざしたシルク。

「舐めるなよ――『コロナ=白淡光輪=』」 

フレアの周囲1メートルに淡く白い光の輪が浮かび上がる。

と、同時にシルクの白銀の腕輪が輝き、悲鳴を上げた。

『ゲァーーーーーーーッ……!!』

シルクはそれに反応して手を止めた。

それは白い輪に触れる一寸手前であった。

シルクはタラリアで一気に距離を取る。

ある一定の距離をとったところで腕輪は悲鳴を止めた。

そこでシルクは態勢を整える。

「ほぉ、オレ様の攻撃射程外が分かったのか……持ち主に危険を告げる宝具か、聞いてたもんとは形が違うが『オハン』だな?」

シルクは口元を弛める。

「流石はフレア王。その通りこれはオハンです」

シルクは白銀の腕輪オハンをかざす。

フレアはゆっくりと右手をあげる。

シルクは全神経を集中させる。

「さぁ、避けられるかな?『鏡火』」

次の瞬間

『ゲァーーーーーーーッ……!!』

オハンが再び悲鳴をあげた。

シルクはすぐ様タラリアで遥か右手に回避する。

シルクがいたであろう場所は一瞬にして黒焦げの灰と化し、崩れる。


『ゲァーーーーーーーッ……!!』

再び主に警告をするオハン。

フレアの左手がシルクに向けられていたのだ。

「こいつはどうかな?――『連獄鏡火』」

『ゲァーーーーーーーッ……!!』

タラリアで回避しようとも叫び続けるオハン。

フレアの手は野性の勘なのか、タラリアで逃げ続けるシルクのことを捕らえるのだった。

止まれば鏡火の餌食となり、左手のように干からびてしまう。

一足で相当な魔力を消費するタラリアを継続して使用し続けていられるのも、ヘブンズ・ドアを開き魔力を底上げしたからに他ならない。

「こうなったらタラリアで移動しながら、離れた所からフレア王を攻撃するしかない」

オハンの叫びが続く中でシルクは太陽神の剣を構える。

そして鏡火を8度回避した瞬間。

一瞬だけオハンの叫びが止まった。

シルクは振り上げた太陽神の剣を思い切り振り抜く。

「はぁぁあっ『翔炎斬』」



青い炎の斬撃がフレアに向かっていく。

「ちっ――『コロナ』!」

白く淡い輪がフレアの周りに浮かび上がり、それにシルクの炎が触れた瞬間。

シルクの炎が燃え尽くされてしまった。

「なっ――炎を燃やしただと?何なんだあの白い輪は!?」

『ゲァーーーーーーーッ……!!』

「……!くそっ」

再びシルクは瞬速で逃げ回る。

不可視の魔法と触れた物を燃やし尽くす盾をもつフレアに、近づくことさえ叶わないでいた。

しかし、ある疑問が浮かぶ。

戦闘が始まってからフレアは一歩たりとも動いていなかったのだ。

勿論、今はシルクが攻めあぐね、フレアは余裕からそうしているということも十二分にありえる。

だがしかしシルクは自分が感じている違和感を拭えずにいた。

「――『光撃』!」

放たれる光がフレアの頭上の天井を打ち抜く。

「……まさか」

天井は砕け、巨大な塊がフレアに向かって落ちていく。

「――『タラリア』」

「――『コロナ』」

同時に発動する力。

淡い白い輪がフレアを囲うより早く、シルクはフレアの背後へと潜り込んだ。


シルクがフレアの背後に潜り込み、白い輪がフレアの周りを囲っていく。

白い輪はフレアから人2人分ほど離れた場所を囲うため、シルクも輪の内側に入っていた。

次の瞬間。

シルクによって崩された天井がフレアに降り注ぎ、白い輪に触れると全て燃やし尽くされた。

「……やっぱり、この白い輪の内側は安全だったんですね」

「――!!よく分かったなシルク。そして」

「コロナとプロミネンスは同時には使えない!!」

「くかか……ご名答だ」

シルクは魔力を込める。

いかにフレアであっても、今の状態からコロナからプロミネンスにチェンジしてシルクを迎え撃つことは不可能であった。

「縛れ『光縛』」

「シルク・スカーレット――見事なり」

光の布に包まれたフレアが満足そうに笑っていた。
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