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上・立夏の大陸

幻影の闘い

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ソフィアはシルクにゆっくりと近づいていく。

その瞳は冷酷なままだ。

「なんでお前がここにいるんだ?」

息も絶え絶えにシルクが問うと、ソフィアは大きな溜め息を吐いた。

そしてある物を取り出してシルクに見せる。

「……!!それは、晩秋の首飾り!」

以前持っていたレプリカとは違う正に本物の晩秋の首飾りだった。

それをソフィアが持っているということは

「バカな、伯爵が負けた!?」

信じられないことだった。

クラフィティの敗北。

「つまらなかった……誰の墓だか知らないが、魔力も纏わずにいるなんてな。」

ソフィアはシルクの横に、腰を浮かして座る。

「あまりにも隙だらけだったからさ、後ろからやってやった。」

力の入らないはずのシルクの拳が、怒りでわなわなと震える。

「ルシフェルが気にしてたみたいだから生かしておいたけど、お前ももういいや。」

闇が鎌の形に集まり、ソフィアがそれを構える。

「……ばいばい。」

黒い刃が躊躇なく振り下ろされる。


避けることはできない。

自分の首に向かって振り下ろされる刃を、諦めて受け入れようとした時だった。

ふわり。

シャボン玉が舞った。

「……これは、まさか!?」


シルクの前に躍り出た影がソフィアの刄を受けとめていた。

「……ちっ。まだ生きてやがったのか。クラフィティ!」

白髪の髪が風に揺れる。

その肩には二尾を持つ猫の姿が。

「……クラフィティ伯爵。」

「シルク・スカーレット……覚悟は出来た様だね。」

クラフィティがソフィアの刄を振り払う。

ソフィアは二歩後退して睨み付ける。

「さて、おいたが過ぎる子供には躾をしなければならないね。ケットシー。」

『分かってるニャ。』

ケットシーがくわえていたキセルに息を吹き込むと無数のシャボン玉が宙に舞った。

「ふざけた爺さんだ。今度こそあの世に送ってやるよ。」


宙に舞ったシャボン玉の幾つかが割れ、色鮮やかに霧散する。

その一瞬の内にソフィアは倒れていたはずのシルクの姿を見失った。

「さぁ今度こそ相手をしようではないか。」

クラフィティは杖の持ち手をゆっくりとひねる。

すると杖の中から細く長い隠し剣が現れた。

「イラつく爺さんだな。すぐにあの世に送ってやるよ!ルシフェル!」

黒い鎌を構えクラフィティに向かっていくソフィア。

振り下ろされた刃をひらりと躱したクラフィティの下段斬りが迫る。

「――なめんな『暗幕』」

鎌から枝分かれした闇がソフィアの周りに壁を作り出し、クラフィティの剣を受けとめた。

「――突き刺せ。」

クラフィティの剣を受けとめていた闇が、蠢く。

それを感じた時には無数の針がクラフィティへと向かい伸びてきていた。

「むっ……これはまずいな。」

クラフィティの後退よりも速く標的を捕えた針が、無残にもクラフィティの身体中をつらぬいた。

「くくく。大陸王ってのも存外脆いもんだな。ははははは……は?」

ソフィアが高々と笑った時、パン。と音をたててクラフィティの身体が破裂した。

そこには虹色の霧が舞う。

「まさか――!!」

「そう、こっちだ。」

急に背後から現れたクラフィティ。

華麗なる剣技が構えの整っていなかったソフィアを襲うのだった。


気味の悪いくらいに滑らかな剣に、ソフィアの闇の盾も間に合わない。

「剣技――『月時雨=ツキシグレ=』」

光を反射させた刃が、弧を描きソフィアの左肩を切り裂く。

雨の様に舞う血飛沫にクラフィティの服が染まる。

「ちっ……痛ぇな、この野郎!」

鎌を乱暴に振り回すソフィアだったが、その刃がクラフィティを捕えることはなかった。

身を翻し、皮一枚のところでソフィアの刃を受け流す。

「剣技――『空蝉=ウツセミ=』」

「――なに!?」

ソフィアの目ですら追いきれない超速の斬撃。

クラフィティが杖に剣を収めた瞬間、ソフィアの全身が切り裂かれた。

返り血に染まるクラフィティ。

「……ちっ。"血塗れ伯爵"とはよく言ったもんだな。」

自らの血で真っ赤に染まったクラフィティを見ながら、ソフィアが呟いた。

ふらつく身体を起こしてソフィアは新しくタバコを取出し、火を点けた。


「……ふぅ。」

ソフィアから吐き出される真っ白な煙。

クラフィティはゆっくりと剣を突き出す。

「手向けの煙に調度良いではないか。幕を閉じようじゃないか。」

突き出していた剣をソフィアに向けたまま引く。

そして、ゆっくりと腰を落とす。

「剣技――『刺突=シトツ=』」

思い切り踏み込まれた地面が爆発したかの様に後方に弾け飛ぶ。

次の瞬間にはクラフィティの剣がソフィアの胸を寸分狂わずに貫いていた。

「……くくくっ。」

ソフィアが笑う。

「何が可笑しい?――はっ、これは!?」

ソフィアを貫いた刃に伝うのが血ではないことに気付いた時、クラフィティの目の前が真っ暗になった。

「ようやく効いてきたらしいな。オレ様の闇は気に入ってもらえそうかい?」

顔の前に近付けた手すら見えない無明の闇。

鼓動すら聞こえない中で、ソフィアの声だけが怪しく響いていた。

「幻術か……」

「同じ幻術使いなら分かるだろう?幻術同士がぶつかれば魔力の高い方が効果を成す。そして幻術は相手を魔力で圧倒できない限り抜け出すことはできない。」


姿形は見えなくてもソフィアが勝ち誇っているのは分かる。

「つまり、あんたはこの闇から抜け出せないままに、現実世界でオレに殺される。くくく……はーっはっは!」

ソフィアの笑い声が闇の中に響き渡る。

クラフィティは呆れた様にため息を吐くと笑った。

「何が可笑しい?」

それに気付いたソフィアの語気が激しくなる。

クラフィティはまるで諭すかの様に穏やかな声で言う。

「残念だが私に幻術は効かない。」

「あ?現に今、おまえはオレ様の幻術の中だろうが。」

「見ておくと良い。これが私のオーパーツだ――ケットシー。」

溢れだしたクラフィティの魔力が、ケットシーを招来する。

そしてケットシーが魔力の塊となり武具へと変化していく。


「オーパーツ――『パラレル・ステッキ=夢の舞踏杖=』」



ステッキを振るうと闇が容易く切り裂かれる。

まるで紙の様に捲れあがり、現実世界が目の前に広がった。

「――なんだと!?そんなフザけた杖でオレ様の幻術を破ったって言うのか?」

ソフィアは目を見開いていた。

クラフィティの手に握られていたのは、先に猫の手の形のオブジェが付いた、なんともコミカルな杖だった。

ソフィアの眉間に血管が浮き出る。

「本当にふざけた爺さんだ。オレの手で直接殺してやるしかねぇみたいだな。」

ソフィアが鎌をかまえる。

クラフィティは杖をくるくると回してかまえた。

「ルシフェル『黒蝶=コクチョウ=』」

ヒラリと羽を広げる闇色の蝶が鎌から産み出されていく。

それは蝶の動きとは到底思えない奇妙な軌道を描きながらクラフィティへと向かっていった。

「遠距離攻撃に目隠しも兼ねているのか。やっかいな技だ……ケットシー『バブル・ショット=泡撃=』」

猫の手の肉球の部分から虹色のシャボン玉が飛んでいき、黒い蝶を打ち落としていく。

「へい、がら空きだぜ。」

クラフィティの背後へと回り込んでいたソフィア。

斜め下から鎌を振り上げる。

「ケットシー『ワンダー・ランド=不思議の国への招待=』」

肉球から飛び出すとびきり大きなシャボン玉がソフィアを包んだ。

「なめんな!」

シャボン玉を気にもとめずに鎌を振り抜いたソフィア。

シャボン玉は簡単に割れてしまった。


振り抜いた鎌を再び構えようとした時、ソフィアは自らに起きた異変に気付いた。

「――おいおい、ふざけんじゃねぇぞ。」

ソフィアの前に高々と伸びる草。

見上げてもその先を望むことはできない。

『はっはっは。蟻んこみてぇに小さくされちまったなぁソフィア。』

ルシフェルが笑う。

ソフィアの身体は虫よりも小さくなっていたのだった。

「イラつく爺さんだな。最強の幻術と最高の幻術破りを持ってるなんて反則だろう。」

オーパーツを出したことで魔力の総量がクラフィティが上回っていた。

幻術は魔力の勝負。

僅かでも上回った方が主導権を握る。

「おや、こんな所にいたのか。」

草の間から顔を現したクラフィティが満足そうにソフィアを見下していた。

『くかか。だっせぇなぁソフィア。』

ルシフェルの言葉にソフィアが完全にキレる。


「もう我慢ならねぇ……ルシフェル、オーパーツだ。」

『くかか、あいよ。(良いねぇこの魔力だよ。だがまだ足りねぇ、もっとキレろよ。もっと魔力を絞りだせよ。)』

爆発的に上昇する魔力。

闇がソフィアを包みこんでいく。


「オーパーツ――『グレイプニル=鎖すモノ=』」

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