16 / 32
上・立夏の大陸
幻影の闘い
しおりを挟むソフィアはシルクにゆっくりと近づいていく。
その瞳は冷酷なままだ。
「なんでお前がここにいるんだ?」
息も絶え絶えにシルクが問うと、ソフィアは大きな溜め息を吐いた。
そしてある物を取り出してシルクに見せる。
「……!!それは、晩秋の首飾り!」
以前持っていたレプリカとは違う正に本物の晩秋の首飾りだった。
それをソフィアが持っているということは
「バカな、伯爵が負けた!?」
信じられないことだった。
クラフィティの敗北。
「つまらなかった……誰の墓だか知らないが、魔力も纏わずにいるなんてな。」
ソフィアはシルクの横に、腰を浮かして座る。
「あまりにも隙だらけだったからさ、後ろからやってやった。」
力の入らないはずのシルクの拳が、怒りでわなわなと震える。
「ルシフェルが気にしてたみたいだから生かしておいたけど、お前ももういいや。」
闇が鎌の形に集まり、ソフィアがそれを構える。
「……ばいばい。」
黒い刃が躊躇なく振り下ろされる。
避けることはできない。
自分の首に向かって振り下ろされる刃を、諦めて受け入れようとした時だった。
ふわり。
シャボン玉が舞った。
「……これは、まさか!?」
シルクの前に躍り出た影がソフィアの刄を受けとめていた。
「……ちっ。まだ生きてやがったのか。クラフィティ!」
白髪の髪が風に揺れる。
その肩には二尾を持つ猫の姿が。
「……クラフィティ伯爵。」
「シルク・スカーレット……覚悟は出来た様だね。」
クラフィティがソフィアの刄を振り払う。
ソフィアは二歩後退して睨み付ける。
「さて、おいたが過ぎる子供には躾をしなければならないね。ケットシー。」
『分かってるニャ。』
ケットシーがくわえていたキセルに息を吹き込むと無数のシャボン玉が宙に舞った。
「ふざけた爺さんだ。今度こそあの世に送ってやるよ。」
宙に舞ったシャボン玉の幾つかが割れ、色鮮やかに霧散する。
その一瞬の内にソフィアは倒れていたはずのシルクの姿を見失った。
「さぁ今度こそ相手をしようではないか。」
クラフィティは杖の持ち手をゆっくりとひねる。
すると杖の中から細く長い隠し剣が現れた。
「イラつく爺さんだな。すぐにあの世に送ってやるよ!ルシフェル!」
黒い鎌を構えクラフィティに向かっていくソフィア。
振り下ろされた刃をひらりと躱したクラフィティの下段斬りが迫る。
「――なめんな『暗幕』」
鎌から枝分かれした闇がソフィアの周りに壁を作り出し、クラフィティの剣を受けとめた。
「――突き刺せ。」
クラフィティの剣を受けとめていた闇が、蠢く。
それを感じた時には無数の針がクラフィティへと向かい伸びてきていた。
「むっ……これはまずいな。」
クラフィティの後退よりも速く標的を捕えた針が、無残にもクラフィティの身体中をつらぬいた。
「くくく。大陸王ってのも存外脆いもんだな。ははははは……は?」
ソフィアが高々と笑った時、パン。と音をたててクラフィティの身体が破裂した。
そこには虹色の霧が舞う。
「まさか――!!」
「そう、こっちだ。」
急に背後から現れたクラフィティ。
華麗なる剣技が構えの整っていなかったソフィアを襲うのだった。
気味の悪いくらいに滑らかな剣に、ソフィアの闇の盾も間に合わない。
「剣技――『月時雨=ツキシグレ=』」
光を反射させた刃が、弧を描きソフィアの左肩を切り裂く。
雨の様に舞う血飛沫にクラフィティの服が染まる。
「ちっ……痛ぇな、この野郎!」
鎌を乱暴に振り回すソフィアだったが、その刃がクラフィティを捕えることはなかった。
身を翻し、皮一枚のところでソフィアの刃を受け流す。
「剣技――『空蝉=ウツセミ=』」
「――なに!?」
ソフィアの目ですら追いきれない超速の斬撃。
クラフィティが杖に剣を収めた瞬間、ソフィアの全身が切り裂かれた。
返り血に染まるクラフィティ。
「……ちっ。"血塗れ伯爵"とはよく言ったもんだな。」
自らの血で真っ赤に染まったクラフィティを見ながら、ソフィアが呟いた。
ふらつく身体を起こしてソフィアは新しくタバコを取出し、火を点けた。
「……ふぅ。」
ソフィアから吐き出される真っ白な煙。
クラフィティはゆっくりと剣を突き出す。
「手向けの煙に調度良いではないか。幕を閉じようじゃないか。」
突き出していた剣をソフィアに向けたまま引く。
そして、ゆっくりと腰を落とす。
「剣技――『刺突=シトツ=』」
思い切り踏み込まれた地面が爆発したかの様に後方に弾け飛ぶ。
次の瞬間にはクラフィティの剣がソフィアの胸を寸分狂わずに貫いていた。
「……くくくっ。」
ソフィアが笑う。
「何が可笑しい?――はっ、これは!?」
ソフィアを貫いた刃に伝うのが血ではないことに気付いた時、クラフィティの目の前が真っ暗になった。
「ようやく効いてきたらしいな。オレ様の闇は気に入ってもらえそうかい?」
顔の前に近付けた手すら見えない無明の闇。
鼓動すら聞こえない中で、ソフィアの声だけが怪しく響いていた。
「幻術か……」
「同じ幻術使いなら分かるだろう?幻術同士がぶつかれば魔力の高い方が効果を成す。そして幻術は相手を魔力で圧倒できない限り抜け出すことはできない。」
姿形は見えなくてもソフィアが勝ち誇っているのは分かる。
「つまり、あんたはこの闇から抜け出せないままに、現実世界でオレに殺される。くくく……はーっはっは!」
ソフィアの笑い声が闇の中に響き渡る。
クラフィティは呆れた様にため息を吐くと笑った。
「何が可笑しい?」
それに気付いたソフィアの語気が激しくなる。
クラフィティはまるで諭すかの様に穏やかな声で言う。
「残念だが私に幻術は効かない。」
「あ?現に今、おまえはオレ様の幻術の中だろうが。」
「見ておくと良い。これが私のオーパーツだ――ケットシー。」
溢れだしたクラフィティの魔力が、ケットシーを招来する。
そしてケットシーが魔力の塊となり武具へと変化していく。
「オーパーツ――『パラレル・ステッキ=夢の舞踏杖=』」
ステッキを振るうと闇が容易く切り裂かれる。
まるで紙の様に捲れあがり、現実世界が目の前に広がった。
「――なんだと!?そんなフザけた杖でオレ様の幻術を破ったって言うのか?」
ソフィアは目を見開いていた。
クラフィティの手に握られていたのは、先に猫の手の形のオブジェが付いた、なんともコミカルな杖だった。
ソフィアの眉間に血管が浮き出る。
「本当にふざけた爺さんだ。オレの手で直接殺してやるしかねぇみたいだな。」
ソフィアが鎌をかまえる。
クラフィティは杖をくるくると回してかまえた。
「ルシフェル『黒蝶=コクチョウ=』」
ヒラリと羽を広げる闇色の蝶が鎌から産み出されていく。
それは蝶の動きとは到底思えない奇妙な軌道を描きながらクラフィティへと向かっていった。
「遠距離攻撃に目隠しも兼ねているのか。やっかいな技だ……ケットシー『バブル・ショット=泡撃=』」
猫の手の肉球の部分から虹色のシャボン玉が飛んでいき、黒い蝶を打ち落としていく。
「へい、がら空きだぜ。」
クラフィティの背後へと回り込んでいたソフィア。
斜め下から鎌を振り上げる。
「ケットシー『ワンダー・ランド=不思議の国への招待=』」
肉球から飛び出すとびきり大きなシャボン玉がソフィアを包んだ。
「なめんな!」
シャボン玉を気にもとめずに鎌を振り抜いたソフィア。
シャボン玉は簡単に割れてしまった。
振り抜いた鎌を再び構えようとした時、ソフィアは自らに起きた異変に気付いた。
「――おいおい、ふざけんじゃねぇぞ。」
ソフィアの前に高々と伸びる草。
見上げてもその先を望むことはできない。
『はっはっは。蟻んこみてぇに小さくされちまったなぁソフィア。』
ルシフェルが笑う。
ソフィアの身体は虫よりも小さくなっていたのだった。
「イラつく爺さんだな。最強の幻術と最高の幻術破りを持ってるなんて反則だろう。」
オーパーツを出したことで魔力の総量がクラフィティが上回っていた。
幻術は魔力の勝負。
僅かでも上回った方が主導権を握る。
「おや、こんな所にいたのか。」
草の間から顔を現したクラフィティが満足そうにソフィアを見下していた。
『くかか。だっせぇなぁソフィア。』
ルシフェルの言葉にソフィアが完全にキレる。
「もう我慢ならねぇ……ルシフェル、オーパーツだ。」
『くかか、あいよ。(良いねぇこの魔力だよ。だがまだ足りねぇ、もっとキレろよ。もっと魔力を絞りだせよ。)』
爆発的に上昇する魔力。
闇がソフィアを包みこんでいく。
「オーパーツ――『グレイプニル=鎖すモノ=』」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
アルカナセイド【ARCANUM;SEDO】
臂りき
ファンタジー
現代日本から転生した人々の手により捻じ曲げられた異世界『アルカナ』。
転生者たちはアルカナの世界にて前世での鬱憤を晴らすかのように他種族の排除、支配を繰り返し続けた。
果ては世界そのものを意のままにするため、彼らは浮遊島を生み出し大地はおろか空の安寧をも脅かした。
幾千年もの後、前世で不遇の死を遂げた若者たちの中から強大な力を持つ者<権能者>が現れ始めた。
権能者たちは各々に前世での時代背景は違えど、人が人を支配する世界の在り方に強い不安や怒りを抱いていた。
やがて権能者の内の一人、後に「大賢者」と呼ばれることとなる少女と仲間たちの手によって浮遊島は崩落した。
大賢者は再び世界に哀しみが訪れぬよう崩落の難を免れた地上の人々に教えを説いた。
彼女の教えは数百年もの時を重ね『魔術信奉書』として編纂されるに至った。
しかし人と人との争いが尽きることはなかった。
故に権能者たちは、かつて世界に存在しなかった<魔物>を生み出し、人々の統制を図った。
大賢者と最も親交の深かった権能者の少女は自らを<魔王>と名乗り、魔の軍勢を率いて人々に対抗した。
権能者やその意志を継ぐ者たちはアルカナの世界に留まらず、やがて異世界にまで影響を与える存在<ネクロシグネチャー>として世界の安寧を求め続けた。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
傭兵稼業の日常と冒険 life & adventure @ RORO & labyrinth
和泉茉樹
ファンタジー
人間と悪魔が争う世界。
人間と独立派悪魔の戦闘の最前線であるバークレー島。
ここには地下迷宮への出入り口があり、傭兵たちは日夜、これを攻略せんと戦っていた。
伝説的なパーティー「弓取」のリーダーで武勲を立てて名を馳せたものの、今は一人で自堕落な生活を送る傭兵、エドマ・シンギュラ。
彼の元を訪れる、特別な改造人間の少女、マギ。
第一部の物語は二人の出会いから始まる。
そして第二部は、それより少し前の時代の、英雄の話。
黄金のアルス、白銀のサーヴァ。
伝説の実態とは如何に?
さらに第三部は、大陸から逃げてきた魔法使いのセイルと、両親を失った悪魔の少女エッタは傭兵になろうとし、たまたまセイルと出会うところから始まる話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる