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上・立夏の大陸

雪原に咲く花

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シルク達がいる大陸サマー・グラウンドの反対に位置する、最北の大陸ウィンター・ガーデン。

年中雪の覆う極寒の大陸である。

その中でも特に美しいとされる白銀の街アニスに大陸王グレイシア・ウィザードの城がある。

「あー、お腹すいたぁ、ケーキ持ってきてよケーキ。」

「はい、承知いたしましたグレイシア様。」

召使いの女性が部屋を出る。

大きなキングサイズのベッドには似付かわしくない可愛いぬいぐるみが沢山並べられている。

「んー疲れるなぁ本当。街に買い物行きたい。可愛いドレスにウサギのぬいぐるみに、いつもの靴屋さんにあった赤いハイヒールも素敵だったわね。」

グレイシアは大陸王としては過去類を見ないほど幼い。

まだ若干13歳の少女である。

「ふぅ、ケーキまだかなぁ。」

ドンドンドン!

ケーキを待つグレイシアの部屋に突如鳴り響いたノック。

「入りなさい。」

グレイシアはその人物を招き入れる。

入ってきた白髪の男性が、入るなり跪(ひざまづ)く。

「どうしたのウォーリー?」

「はい。たった今、西方のリンカ村が野党に襲われたとの情報が入りました。」

「西方警務隊は?」

目付きの変わったグレイシア。

そこに幼さは欠片ほども見られない。

「今、リンカ周辺は部分的に吹雪に見舞われ警務隊が動けない状態にあります。更に野党は、あのフランジェ率いる"白狼"である可能性が高いとのことです。」

「フランジェ……ブラックリスト入りの享楽殺人者じゃない。」

険しくなるグレイシアの顔。

「はい。ここは女王直々に足をお運び頂くことはできませんでしょうか?」

そうウォーリーが聞いた時にはすでに、グレイシアは羽織をはおっていた。

「無論よ。すぐに出るわ。あなたも用意なさいウォーリー。」

「はっ。」


グレイシアはウィンター・ガーデン特製の氷上バイクに跨る。

「しっかり捕まっていてくださいグレイシア様。」

「分かってるわ、急いで。」

「はっ!!」

ドォウン。と低いエンジン音が、降り積もる雪を散らばせる。

そして、20分後。

2人は吹雪を乗り越えリンカ村へと到着した。

リンカ村では、それまでの吹雪が嘘だったかの様に静かだった。

まるで台風の目の中にいるような感覚だ。

「妙に静かね……まさかもう。」

グレイシアはバイクから降り、辺りを見渡した。

人の気配は感じられない。

ゆっくりと雪を踏みしめ、グレイシアが村へと入る。

「……ウォーリーはここで待っていなさい。私1人で行くわ。」

「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて。」

ウォーリーは深々と頭を下げながらグレイシアを見送る。


「……はっ。誰かいる。」

グレイシアは家の影に人影を見た。

ゆっくりとそれに近付いていく。

と……

「……きゃあ。お助け、お助けください。」

小さな赤子を抱えながら震える女性。

グレイシアはそっと手を差し伸べる。

「大丈夫よ。私はあなた達を助けに来たのよ。」

震える身体を制して、女性はグレイシアを見た。

その顔が安堵で明るくなる。

「グレイシア様。良かった、良かった……」

「うん、大丈夫。野党は何処に行ったの?」


「はい。金と食料をよこせと言って、今は村長の家に。」

女性はひときわ大きな家を指差した。

「ありがとう。あなた達はここで身をひそめていて。」

「はい。はいぃ。」

女性は手を合わせながらグレイシアを見ていた。

グレイシアは少しだけ赤子を見つめて、そして村長の家へと近付いていく。



「……!!おい、村長の家に近付いていく女がいるぞ?」

「どうする?フランジェ様には誰一人近付けるなと言われているが。」

民家の影に潜む野党。

「決まっている。誰であろうと殺すまでのこと。銃をかまえろ。」

「へぇ。」

カチャ。と銃がグレイシアに向けられる。

そして次の瞬間。

ドパン。パパパパン。

容赦なく引かれた引き金。

的確に放たれた弾丸が、グレイシアに当たる手前で停止した。

「……なっ、なんだと?」

すうっ、と弾丸の放たれた方を向くグレイシアの瞳に、野党の姿が写る。

「……シヴァ。『ブリザード』!!」


野党の足元からつむじ風が巻き起こる。

「なっ、なんだこれは!?」

「身体が凍って……」

「ぎゃぁぁあっ!!」

パキン。

一瞬にして凍り付けにされた5人の野党。

それに気付いた残りの野党がそれぞれ武装して姿を現した。

「……ふぅん。ざっと20人てところかしら?」

ナイフや剣、銃にハンマー。

様々な武器を光らせ野党がグレイシアに近付く。

「怪我したくない者は下がりなさい。私、あんまり手加減て得意じゃないのよ。」

辺りを男達に囲まれても、しれっと言い放つグレイシア。

男達の頭に血が上っていく。

「はっ。女王様だか知らねぇが、ただの餓鬼だろ。」

「そっちこそ、痛い目みる前にお城に帰んなよ。」

「はははははは。」

ふぅ。とため息を吐くグレイシア。

ゆっくりと男達を見回す。

「ふぅ……アホばっかりで助かるわ本当。」

「あんだと!?」

「舐めてんじゃねぇぞ、こらぁ!!」
「うらぁあ!やっちまえ!!」

一斉に飛び掛かる男達。

グレイシアは呪文を唱える。

「海なびく風、山這う水流、晴天に座す葉、曇天を貫く木、黄昏の果てに山彦し、曙に身を染めよ『シルバー・バレット=北東の聖弾=』」

打ち放たれた銀の弾丸が男達を打ち抜く。

「かはっ。」

シルバー・バレットに当たった部位が凍結する。

それは見る見るうちに広がり、男の動きを完全に奪い去った。

「魔女め。こざかしい真似を!!」

数人の生き残りが味方をブラインドにしながらグレイシアに襲い掛かった。

「はっは。魔法さえなけりゃこんなチビ……なっ、うぇぇぇえっ!?」

ナイフで切り掛かった男の腕を取り、グレイシアは見事な体術で男を地面に叩きつけた。

「甘いわね、術師がひ弱だなんて何時の時代の話かしら?」

「ぐっ、くそぅ。」

グレイシアは立ち上がり、男達を一睨み。

「これ以上やる気なら止めないけど、どうする?」

「くっ。」

「……ふっ。それじゃあフランジェを呼んで来てくれるかしら?」

「なっ、そんなことしたらオレ達……」

しぶる男を更に睨む。

「はい、ただいま!」


フランジェは流石にリーダーというだけあり、他の男とは比べものにならないほど速い。

「あら、速いのね『シルバー・バレット』!!」

打ち込まれた氷の弾丸。

「効かねぇな!」

パリィン。と音を立てて弾丸が弾き飛ばされた。

フランジェの爪は凍っていない。

「……なっ、なんですって!?」

襲い掛かるフランジェの爪をかわすグレイシア。

しかしフランジェは腕が長く、リーチが普通のそれとは違っていた。

「オレ様の爪は、この国でしか採れない雪柱石を使ってるんだ、凍るわけがねぇ。」

フランジェの長い爪がグレイシアの頬を切り裂いた。

「へへっ。わりぃな傷物にしちまってよ。ん?」

フランジェはある異変に気付く。

「お前なんで血が……」

かすり傷などではなかった。

確かに深々と爪を立てたはずの頬からは血が一滴も垂れていなかったのだ。

「別に驚くことじゃないわ。冷気で傷口を瞬間的に凍らせただけよ。」


冷気は白い軌跡を残しながらグレイシアを取り囲んでいく。

「忠告しておくわ。痛い目にあいたくなかったら、私には近づかないことよ。」

冷気は昇華することなくグレイシアにまとわりつく。

まるで羽衣の様に揺れている。

「なに訳分かんねぇこと言ってんだよ、嬢ちゃん。」

フランジェがグレイシアに迫る。

大きく振りかざされた爪、それを容赦なくグレイシアに向けようとした時だった。

パキッ。

「……はっ?」

凍るはずのない雪柱石で出来たフランジェの爪が凍り付いたのだ。

フランジェはすぐ様腕を引く。

「おい、何をしやがった?」

フランジェの問いにグレイシアはくすりと笑う。

「これが私のギフト『アイスドール=揺れ動く物=』よ。」

その時、フランジェはグレイシアを覆う冷気が線であることに気付いた。

凍った粒子が漂っているわけではなく、それら一本一本がグレイシアの腕から伸びていたのだ。


「ギフト?さっきまでの魔法と何が違うんだよ!!」

フランジェは凍り付いた爪を剥ぎ取り、グレイシアに向かって投げつける。

パキッ。パリリィィン。

グレイシアが手を差し出すと、氷の糸がフランジェの爪を覆い尽くした。

瞬間。

爪は一瞬にして凍り付き、脆くも崩れ去る。

「もう降参してくれないかしら?これ以上ここに不細工な氷象を創りたくないのよ。」

凍り付いた野党達を見てグレイシアは言う。

フランジェは怒りで肩を揺らしていた。

そして懐から銃を取り出す。

「呆れた。そんなもの私には通じないとまだ分からな――」

フランジェは銃を構えながらグレイシアに突進してきた。

「銃弾が効かねぇのは凍らされて地に落ちるからだろう。なら、凍らせられねぇくらいに近くから撃ったらどうよ!?」

突進しながらフランジェはグレイシアとの間合いを詰めていく。

氷の糸が腕を足を絡め取るのも無視して、フランジェはとうとうその距離にまで近づいた。

「あばよ、嬢ちゃん。」

眉間に触れる程の距離に銃口を押し付け、フランジェは引き金を引いた。


パン。

銃声が辺りに響き渡り、フランジェは笑っていた。

グレイシアの眉間に風穴が空き、ゆっくりと倒れた。

「はぁ、はぁ、はぁ。ははははは。やったぜ、オレ様は魔女を倒した。」

フランジェは歓喜にわいた。

その腕を高々と天に挙げようとした時だった。

「ん?なんだ?何であいつを殺したのに腕が凍ってやがるんだよ。」

パキッ。パキキキッ。

音をたてながら見る見るうちに腕が凍っていった。

「ホント残念なヤツね。」

そして何処からかグレイシアの声が聞こえてきた。

フランジェは背筋が凍り付くのを感じる。

「あんたが殺した私……もう一度よく見てご覧なさい。」

フランジェは手足が凍っていく恐怖の中で、打ち崩れたグレイシアを見た。

「これは……雪象?」

ボロッ。と崩れ落ちたグレイシアが雪に還る。

「じゃあ、おまえは何処に?」

手足から広がっていった氷はもうすでに全身に広がっていた。

首が凍り付き、その口も目も塞ごうとしている。

「私に近づいた者は私の従順な操り人形と化す。これが私のアイスドールの能力よ。」

パキン。

全身が凍り付いたフランジェの手足から伸びる氷の糸。

その先にグレイシアの笑みがあった。

雪原を統べる氷の花。

彼女に挑む来客とはいったい。
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