聖霊の宴

小鉢 龍(こばち りゅう)

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上・立夏の大陸

風の王

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「うわーん。うわーん。」

早春の大陸『スプリング・フィールド』のとある街で、小さな男の子が泣いていた。

よく少年の上を見ると、木に赤い風船がからまっていた。

「うわーん。ぼくの風船が、風船がぁ。」

泣く少年をなだめる母親。

しかし少年の機嫌は直らない。

「おやおや一大事だね。シルフィード。」

通り掛かりの青年が、その光景を見て優しく微笑んだ。

そして小さなカバンからフルートを取り出すと、洗練された美しい魔力を込める。

「さぁ皆躍れ『春風のワルツ』」

吹き鳴らされたフルートの音に応えるかのように、暖かな風が辺りを包んだ。

「……はっ。この音色はまさか。」

母親がそれに気付いた時には、木にからまっていた風船が自由になり、空に舞った。

青年がフルートの音を止め、右腕を空に出す。

すると、ふわりと躍りながら赤い風船が青年の手にゆっくりとおさまった。

「さぁ、どうぞ。」


少年は赤い風船を受け取り、溢れんばかりの笑顔を返す。

「お兄ちゃんありがとう。」
青年は頷いて優しく微笑む。

そんな青年に駆け寄り母親が急に土下座をするものだから少年はびっくりしてしまうのだった。

「大陸王ワイズ様。ありがとうございます。」

母親は頭を地面に着けて、これでもかと言うほどに崇める。

ワイズは悲しそうに笑い、そっと母親に手を差し伸べた。

「顔をあげてください。王とは民なくしてあり得ない。僕の尊敬する師からの教えです。」

母親はビクビクと震えながら自分から立ち上がり、深々と頭を下げると、そそくさと去って行った。

「ふぅ、難しいものだね王とは。そう思うだろシルフィード?」

ポォッ。と暖かな緑色の光を放ちシルフィードが姿を現す。

『ふふ。あなたが難しく考え過ぎなのではないですか?ワイズ。』

「そうか……そうなのかな。」

ワイズはまた歩きだす。

行く宛てもなく風の様に。


風の王ワイズ・スプリング。

穏やかな性格、端麗な容姿で社交性も高く頼られる王である。

他の3つの大陸と異なり、王と民は同じ人である。との方針を取っている。

しかして、そう上手くはいかぬもので、ワイズが時折街に視察に出れば崇め恐れられる。

それには仕方の無い理由もあるのは確かだ。

普段温厚なワイズも戦闘となれば、その姿は鬼神。

最鋭の刃・風を操り数多の敵の命を一撃のうちに刈り取る。

恐怖心すら覚えるほどの強さ。

それがワイズを恐れ崇めさせる理由であったのだ。


ワイズが少年の風船を取ってあげた日から四日後。

スプリング・フィールドでは宴の来客5人の戦いが終わり、その戦いで生き残った者がワイズの城を訪れた。

名をフィニアント・ライラック。

「やぁ、フィニ。さっそく始めるかい?」

城で迎えたワイズの魔力が豪華な装飾を乱暴に揺らした。

「ええ、あなたの席頂きますわワイズ王。」

フィニの魔力も放たれ、城全体が小刻みに、まるで今から起こる戦いに恐怖するかの様に震えた。

「いくわよアスタロト。」


フィニによって召喚されたアスタロトはドラゴンに跨り、毒蛇を右腕に握り締めた奇妙な男性の形をしている。

その名を聞き、姿を確認したワイズはすぐさま口を塞いだ。

「やっかいだね……"西方を支配する者"アスタロトか。」

「流石はワイズ王だ、博識ね。行くわよ『毒の霧箱』」

アスタロトの口から吐き出される紫色の吐息。

それが漂いながら地面に触れると、大理石が一瞬にして腐り溶けだした。

「人の城になんてことをするんだ、シルフィード『頂の御風』」

高山の頂上を抜けるが如き清く爽やかな風が吹き、アスタロトの吐き出した毒を掻き消した。

「やはり、この程度の魔法は効きませんわね。ならば、これはどうかしら?アスタロト『竜尾の鉤爪』」

翡翠の様にきらめく鋭い鉤爪がフィニの左腕に装着された。

そして、フィニが飛び出す。


「はぁぁぁあ『裂岩衝』!!」

思い切り振りぬかれる鉤爪。

ワイズが難なく回避し、迎撃に体勢をもっていこうとした時。

「――――!!くっ。」

左脇腹に違和感を覚え、視線をそこに落とすと、血が滲み出ていた。

「くっ、流石は竜尾だ。衝撃波を生み出していたか。」

「ふふ、正解よ。でも分かったところで、避ける手立てはなくてよワイズ王――?」

フィニは腕に違和感を覚えてそこに視線を落とす。

「――『神風』」

すると竜尾の鉤爪が一瞬にして脆く崩れ落ちた。

フィニはワイズを睨み付ける。

「私の力に何をしたワイズ王――!!」

すっ。とワイズが人差し指を立てる。

「よくお聞き。風の刃は君を噛み砕こうとしているよ。」

「――なっ!?」

フィニが辺りに注意を払うと、もまや逃れられないほどの魔力が自らを囲いこんでいた。

「神の風に吹かれて墜ちろ――」

「ぐぎゃぁぁぁぁぁあっ!!」



全方位、回避不可の乱気流に飲み込まれたフィニの叫び声すらも暴風に呑まれる。

「シルフィード、そこまでだ。」

『ええ、ワイズ。』

ワイズの声に風が止む。

ガクッ。と折れるフィニの膝。

右腕で地に伏せるその身体を無理矢理に起こしていた。

「さぁお仕舞いにしよう。『早春の指輪』を僕に渡すんだ。」

柔らかいワイズの物腰をギッと睨み付けるフィニ。

そして、彼女は狂った様に笑いだした。

「……くくっ。ふはははは。はははははは……」

ワイズは顔をしかめた。

「何が可笑しい?」

ワイズの問いに笑いが止まる。

フィニは不敵に笑うと魔力を込める。

今までとは全く異質のそれに呼応するかの様にアスタロトが光り輝く。
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