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上・立夏の大陸

大地の精霊と賢者の石

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「……あ、あれ?」

フレアに渡された魔法地図を見たシルクの表情が変わる。

「シルク?……はっ、これは!?」

地図に浮かび上がるのは2つだけの炎。

マリアとシルクは互いに探知範囲外の近接した領域にいるので、片方の炎は消えている。

「ここは炎神獣の寝床。」

地図に浮かび上がったもう1つは炎神獣の寝床にいるゲセニアのものだ。

「残り2人が消えている……」

「まさか2人も誰かにやられたってこと?」

可能性は2つしかなかった。

地図に浮かぶもう一人に消えた二人がやられてしまったか。

新たな敵がシルク達の近くに接近していて地図に写らないかである。

「とにかく場所を移しましょう。」

「そうね。今まさに近づいているのか、もうすでに私達の近くにいるのか分からない。」

2人が移動を始めた瞬間だった。

バキバキバキバキィ!!

後方から激しい音が鳴り響き、2人が振り返ると巨大な木が斜めに倒れた。

「……まさか敵?」

「とにかく今はいったん距離を取りましょう。」

シルクは頷いて走りだした。


そんな2人の様子を見て愉快そうに笑う男。

ゆっくりと着実に、2人は男の手中へと歩を進めていくのだった。 


湖を離れて林道をひた走る。

お互い抜け目なく辺りに警戒していくが敵と思しき者の姿はない。

その代わりに。

バキバキバキバキィ。

バキバキ。

四方八方の大木が不規則にしかし確実に倒れていく。

「なんなのよいったい!?」

「超高速で移動できるのか、もしくは遠距離にある物体に作用できる力なのか……」

「どっちにしろ得体が知れないわ!!とにかくどこかに身を潜めましょう。」

少しずつ着実に近づいてくる不気味な気配にマリアの思考は混乱していた。

そんな状態の2人の目の前に、ポツンと一件の教会が建っているのが見えた。

あまりにも自然過ぎて、逆に不自然なそれを見てシルクは得体の知れない何かを感じた。

「ラッキーね。こんなところに教会があるなんて。」

「待ってマリアさん。」

駆け込むマリアを制止したシルク。



シルクが教会に踏み入ろうとしたマリアを制止する。

「待ってマリアさん。このタイミングでこんな所で教会を発見するなんて不自然すぎる。」

「じゃあどうするの?このまま闇雲に逃げ回ったらなんとかなるって言うの?」

2人の言い争いを傍観する男。

「ノーム。2人を閉じ込めなさい。」

その男がゆっくりと魔力を放った瞬間。

『――!!シルク気を付けて。』

『――マリア!!この魔力は……大地の精霊ノーム!!』

僅かに空気を伝った魔力で、ミカエルとウンディーネが主人に警告をした。

2人が振り返ると、まるで教会が獰猛な肉食獣にでもなったかの様に、大きく口を広げ、2人を飲み込んだ。



「捕獲完了だね。ふふふ。はははははは!!」



ガシャァァン。

固く閉じられた教会の扉。

「……いたた。マリアさん大丈夫ですか?マリアさん?」

先程まで隣に居たマリアの姿はそこにはなかった。

ただ広い礼拝堂だけがシルクの視界に広がる。

吹き抜けた天井の窓から光が差し込み、鮮やかなステンドグラスで反射して、辺りを照らす。

それはその場の空気さえもを浄化している様で、シルクはしばらく見入っていた。

『……シルク?』

ミカエルの心配そうな声にシルクはほほえみ返した。

「ありがとうミカエル。大丈夫だよ。さ、マリアさんを探しに行こうか。」

そう言ってシルクが動きだそうとした時。

「その必要はない。」

コツコツ。と革靴の音が響いて、物陰から男が現れた。

「あなたは……シム牧師。」

「シルク・スカーレット君だったね。」

シムはにこやかに話すが、そんな表情とは裏腹に鋭い魔力を放っていた。

「マリアさんを探す必要がないって、どういうことですか?」

シルクの言葉にシムは不敵に笑う。

「見て分からないかな?」

「…………?」

シルクはゆっくりと辺りを見回していく。


「――――!!!!」


礼拝堂の奥。

聖母マリアの壁画の上で、十字架に磔にされたマリアの姿。

「マリアさん?……マリアさん!!」

すぐ様駆け寄ろうとしたシルクの行く手を何かが通り過ぎた。

「まぁ、待ち給えよ。そう急がなくても、次期君もああなる。」

シムの手にはいつの間にか拳銃が握られていた。

憎悪を込めた瞳でシルクがシムを見る。

「良い目だ。若々しく汚れない……本当に…………勘に触る目だ。」

ドン。タタタン。

シルクに向かって発砲したシム。

「許さない。『ギフト・大天使の羽衣』!!」

弾丸は光に触れると目標物を失ったかのように、静かに地面に落ちた。

「ノーム。彼を捕らえなさい。」

シムが魔力を込めた瞬間。

シルクの上下左右の壁が突起してシルクを檻の中に囲い込もうとした。

「捕らえろ『光波』!!」

シルクの左腕に巻き付いた羽衣が光を放つ。

それは一直線にシムへと向かっていく。が、しかし。


「な、なんだと?」

光は急に方向を変えて、斜め上の天井を突き破った。


シムを護ったのは美しく輝く長剣だった。

まるで鏡の様に光り輝いている。

「『ギフト・宝剣-明鏡止水-』」

「宝剣……だと?」

シムはゆっくりと明鏡止水を構える。

「我が精霊ノームは大地を司る四精霊。鍛冶や錬金術に優れた能力を持っている。」

わずかな光すらも反射する明鏡止水はシルクにとって決して相性の良いものとは言えなかった。

「彼が数百年の生涯を掛け、この宴の為だけに造り上げた最高傑作がこの明鏡止水だ。シルク・スカーレット君、よおく味わい給え。」

振り上げた明鏡止水を躊躇なく振り切る。

間一髪で避けたシルクだったが、何か違和感を感じていた。

「はあっ!!」

そんな違和感を振り切るかの様に繰り出した回し蹴りがシムを捕えた。

パリィィィィィイン。

するとシムが居たはずのそこが砕け散り、足元にガラスが散乱した。

「な……!?シム牧師はどこに?」

辺りを見回すがどこにも見当たらない。

「ここだよシルク・スカーレット君。」

すると背後からシムが現れ、明鏡止水を振りかざした。

ズバッ。とシルクの右袖が切り裂かれ、僅かに血が滲んだ。

「……くそっ。」

振り切ったシルクの拳が捕えたのは、またしても鏡で、パリン。と音を立てながら地面に落ちた。


「ふはははは。」

何度倒しても現れるシム。

その度にガラスの様な何かが辺りに散乱していくのだった。

「……なんだよこれ。切りがないじゃないか。」

背後から、時には真上から、どこからともなく現れては攻撃を仕掛けてくるシム。

「さぁ、どうしたね?ん?息があがっておるぞ。」

明鏡止水を振りかざし、反撃によって砕け散りながらシムが笑った。

「……向こうの攻撃は当たるのに、こっちの攻撃は効いていない。まるで踊らされてる様だ……マリアさんを早く助けなきゃいけないの……に?」

ふとマリアを見上げたシルクの動きが止まる。

「隙をつくったなシルク・スカーレット!!」

ズバッ。とシルクの右肩が切られる。

深い傷を負いながらもシルクはシムに振り返ることもなくマリアを見続けていた。

『シルク、どうしたのです?敵はすぐ後ろに!!』

「……鏡だ。」

『……え?』

シルクの言葉にシムの表情が初めて歪んだ。

「あそこにいるマリアさんの、口元のホクロ。左右逆になっている。」

「気付いたかシルク・スカーレット!!だがそれだけでは我が力から抜け出すことはできな――」

シルクはシムの言葉には一切耳を貸さず、ゆっくりと深呼吸をした。

荒ぶる神経を静め、心を緩やかに保つ。

「…………くそ。」



全ての邪念を取り払い、心を静かにした瞬間。

バリィィィィィイン。

シルクの居た教会が音を立てて崩れ落ちた。

「……初めまして。シム牧師。」

目の前に立っていたシムにそう言ったシルク。

「私の明鏡止水の幻術から抜け出すとは、予想以上だよシルク・スカーレット君。」 

『……幻術?あれが?』

ミカエルですら驚いていた。

「明鏡止水とは邪念なく静寂な心の状態のこと。それを鏡による光の乱反射と、心理的な揺さぶりで阻害することで幻術に落としていたんだよ。」

シルクの完璧な分析にシムは拍手をした。

「ご名答。だが、少しだけ来るのが遅かったね。」

その時、シルクは気付いた。

シムに隠れて見えにくいが、前方で人が倒れていることに。

「マリアさん!!」

シルクが駆け寄る。

「……シルク?気を付けて、シムは強い……」

ガクッ。と力なく倒れるマリア。

シルクは大天使の羽衣でマリアの止血をして、振り返る。

「ノーム気を引き締めていくよ。『ギフト・鮮血の石』」

シムの指に煌めいた血の様に赤い石。

おぞましいほどの魔力がそれからあふれ出ていた。

「これがノームの真のギフトだ。」


あふれ出た魔力にシルクは肌が震わされるのを感じていた。

「…………。」

そしてシルクはシムに背を向けて走りだした。

「ほう。頭の良い子だ……」

林の中に消えたシルクを追ってシムがゆっくりと歩きだす。

一人残されたマリア。

「……シルク。」

傷ついた身体をひねり、大天使の羽衣を解こうとしていた。



藪をかき分けシルクは走っていた。

その遥か後方をゆっくりと歩くシム。

「ふむ。若者の足に追い付くのは無理がある。見失ってしまうわけにもいかぬし……ノーム。」

鮮血の石が赤い輝きを放つと、大地に根差していたはずの木々が割れる。

まるでモーゼにでもなったかの様に、木々の分かれた平らな道を歩くシム。

バキバキバキ。っと音をたてながら木々はシムに道を譲かの様に左右に分かれていくのだった。

「かくれんぼはお仕舞いだよ。坊や……」


走るシルクがその異変に気付くまでに、そう時間はかからなかった。

後方から聞こえる木々の悲鳴に、シルクは首だけ振り返る。

「……なっ、何が起こっているんだよ!?」

バキバキバキ。っと轟音を響かせながら、まるで自分の居場所をシムに教えるかの様に、シルクの後方の木々だけが割れる。

「やっぱり遠距離に作用できる類の能力なんだ。」

バキバキバキ。

必死に走るが木々の追走は振り切るどころか、ぐんぐんその距離を縮めてきている。

「……はっ。あれは……」

その時、シルクの目に草木のない、広い平地が見えた。

「とにかくあそこまで行けば……」

その瞬間だった。


「かくれんぼはお仕舞いだよ。坊や……」

木々が裂け、遥か後方のシムが不気味に笑っていた。
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