上 下
7 / 32
上・立夏の大陸

暗黒を司る者

しおりを挟む

サマー・グラウンドの最果て。

『炎神獣の寝床』と呼ばれる荒廃した山脈で精霊使い同士の戦いが始まろうとしていた。

「……よくここまで来れたね。」

フリップが誰もいない暗闇に向かって言う。

返事はない。

「僕のヴァジリスクが招来した数百種の毒蛇達を全滅させてくれちゃって……」

暗闇から何かが落ちる。

ヒモの様なそれが地面で僅かに跳ねて、落ちる。

「まじ――むかつく。」

ゴォッ。と溢れだすフリップの魔力に辺りが震えた。

「出てこいよ!!」

フリップが暗闇に向かい叫ぶと、ヴァジリスクは自らの牙を一本吐き飛ばした。

空中で空気に触れ瞬く間に毒素が紫色に変色していく。

「……あんたか……。」

牙は闇に触れると力果てた羽虫の様にポトッと落ちていった。

牙が触れた部分の闇が剥がれ、その男が姿を現すのだった。

「ゲセニア・アルボルト――!!」

「フリップ・クレイドル。君を処刑する。」


対峙した2人の魔力はシルクやマリアのそれとは別格だった。

「ヴァジリスク!!『双牙弾』」

ガバッ。と開かれた像すら丸呑みに出来そうなアゴから、二本の牙が放たれる。

「ベルゼブブ……『絶命の檻』」

ゲセニアが手をかざすと、ブブブブブ……と不快な音をたてながら闇が牙を包み込み、牙もろとも霧散して消えた。

「――!?なんだ今のは……ヴァジリスク、もう一度遠距離から様子を伺うぞ。『腐毒放射』!!」

再びヴァジリスクが口を開くと、今度は喉の奥から銃口の様な筒が出てきて、真っ黒な液体を噴射した。

「様子見か……無駄なことを。ベルゼブブ『ギフト・ヴァコーステリトリー(絶対不可侵の闇)』」

ブブブブブとまた壮絶な雑音が響き渡り、闇がゲセニアを覆い尽くした。

噴射された毒液がその闇にかかると、また一瞬にして霧散して消えてしまった。

「元来……」

ぽん。と誰かがフリップの肩を叩く。

「――――なっ!?」

振り向くと闇の中からゲセニアが姿を現した。

いつ移動したのかすら分からない。

正に闇の中から這い出てきたかのようで、フリップは恐怖に怯える。


肩に乗せられた手の影が蠢く。

「――うわぁぁぁあっ!!」

フリップは必死に振り払い飛ぶようにして距離を置いた。

「元来。様子見というのは拮抗した力を持つ者同士のするものであって、隔絶された力の前にそれは成しえない。」

ジリジリと近づくゲセニアから後退していくフリップ。

「見えるか?……」

ゲセニアが闇に消え、またフリップの背中を何かが触れる。

「うぉぉぉぉおっヴァジリスク!!『ギフト・ポイゾネスウィップ』」

ヴァジリスクの蛇皮で出来た鞭。

全体に猛毒が仕込まれており、触れただけでも生体を腐敗させるだけの恐ろしい力を持っていた。

それを闇雲に振り回すのだがゲセニアは闇に紛れ込み当たらない。

「もう気は済んだかね?」

背後から声がしてフリップは全霊を込めて、鞭をふるった。

その腕に違和感がはしる。

「……え?」

鞭をふるっていたはずの右手が手首の先から無くなっていた。

ゾリゾリ。

すると次第に右手が闇に飲まれていく。

血の一滴すらも出ない傷口を見ると、無数のハエがフリップの右手を食らっていた。

「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!!やめろ。やめてくれぇぇぇえっ!!」

ゾリゾリ。少しずつ、だが確かに自らの身体が消えていく。

恐怖からかフリップは笑っていた。


「臓腑の半数が消え、目に見えぬが出血量はすでに致死量を超えている。」

フリップが意味を理解したからか闇の侵食が速くなる。 

「そうだ、フリップ・クレイドル。君はとうに――」
フリップの視界半分が消え、発狂する。

「ぐきゃぁぁぁぁあぁっ…………」

「――死んでいる。」

その叫び声すらも辺りに響かぬままに、フリップは闇へと消えたのだった。



パチパチパチ。

ゲセニアの背後から拍手が聞こえた。

「誰だ?の死にたくなかったら私の後ろに立つな。」

返答はない。

「ふぅ……ベルゼブブ。」

ズァア。っと音をたてながら闇がゲセニアの後方へと進攻する。

しかし途中で闇が止まる。

「……なんだと?」

ベルゼブブの異変に気付き、ゲセニアが背後へと振り返える。

そこではベルゼブブと、それとは違う闇がぶつかり合っていた。

「私と同じ闇の力。貴様はいったい誰だ!?」

コツコツ。革靴が地面に擦れ、はだけたシャツにふかし煙草。

「名前ねぇ。あんまり興味ないんだよな、そういうのって……」

不思議な感覚だった。

確かに目の前にいるその男は、ゲセニアのことなど見ていない様で、針の穴ほどの隙もない。

「サマー・グラウンドの宴の参加者ではないな?」

謎の男はゆっくりとポケットから5つの首飾りを取り出した。

「それは『オータム・ビレッジ』の『晩秋の首飾り』……それも5つだと!?貴様まさか!!」

「クソみたいにつまらない戦いだったなぁ。ま、興味ないからどうでも良いんだけど。こいつがどうしても見ておきたい精霊がいる。って言うから。」

そう言って魔力を込めて煙草をふかす。

すると、気味が悪いくらいに真っ黒な煙があがり、その中心に大きな一つ目と口、そして小さな腕と角が二本ずつ生えた。



「なんだこいつは?」

ゲセニアがベルゼブブに問いかけるが、返事がない。

「どうしたベルゼブブ?」

『……わからねぇ。こんな奴は魔界には居なかったはずだ。』

「闇の力だぞ?それが魔界には居なかったと言うのか?」

特に戦いに至る様な雰囲気ではないが、決して、一瞬たりとも気を抜けない。

『オレ様に突っ掛かるな。少なくとも魔界にはいなかったが、闇の力を手にする方法は何も悪魔に生まれなきゃいけねぇわけじゃねぇ。』

「……どういうことだ?」

『……ある種族は自ら羽をもぎ取ることで魔属の力を手にすることができる。』

ゲセニアは気付いた。

「そうか……『堕天使』か。」




ゲセニアの言葉に初めてその男が笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

傭兵稼業の日常と冒険 life & adventure @ RORO & labyrinth

和泉茉樹
ファンタジー
 人間と悪魔が争う世界。  人間と独立派悪魔の戦闘の最前線であるバークレー島。  ここには地下迷宮への出入り口があり、傭兵たちは日夜、これを攻略せんと戦っていた。  伝説的なパーティー「弓取」のリーダーで武勲を立てて名を馳せたものの、今は一人で自堕落な生活を送る傭兵、エドマ・シンギュラ。  彼の元を訪れる、特別な改造人間の少女、マギ。  第一部の物語は二人の出会いから始まる。  そして第二部は、それより少し前の時代の、英雄の話。  黄金のアルス、白銀のサーヴァ。  伝説の実態とは如何に?  さらに第三部は、大陸から逃げてきた魔法使いのセイルと、両親を失った悪魔の少女エッタは傭兵になろうとし、たまたまセイルと出会うところから始まる話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~

白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた! もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する! とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する! ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか? 過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談 小説家になろうでも連載しています!

処理中です...