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上・立夏の大陸

優しすぎる戦士

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理解の及ばない事態に、しばらく湖畔で立ち尽くしていたシルク。

頭を整理しようにも現実はこれまでの常識からは遠く離れた場所にあり、想像は湖畔よりも深く、その深淵をのぞき込むこともできない。

「ブリスベンの安否は……?それにマリアさんは巻き込まれずに離れられたんだろうか?」

ほんのわずかただマリアの安否のみがシルクの頭の中で想定できる範囲のものだった。

恐らく無事であろう。バカンスを楽しみ、また黄炎に帰りくったくなく笑うのだろう。

それだけを願ってシルクは立ち上がり
そして歩き出した。

「…………」


熱帯植物を掻き分けながらシルクは、そんなことを悶々と考え続けるのだった。

「指名手配犯の生死は問わない。……か」

炎王からの手紙を思い返し、シルクはため息をつく。

「僕は……僕はやっぱり殺したくない」

小さな呟きにシルクの思いが全て詰まっていた。

犯罪は許せないし、許されるべきではない。

だからといって、犯罪者を殺す権利など誰にも無いのだ。と。



灰炎から次の町までの中間地点をどうにか、日の昇っている間に通過したシルクであったが。


そんなシルクの甘さが、彼を窮地にたたせることになるのだった。


シルクが灰炎を発ってから2日。

生い茂る熱帯雨林郡を越し、広く続く山岳地帯へとたどり着いたシルク。

「凄い高さだな。空気もだいぶ薄いみたいだ」

何十と連なった山の中の1つの頂でシルクは辺りを見渡した。

雲が下に見える。

植物はなく砂礫が辺りを埋め尽くしている。時折ふく砂嵐は立ち止まることを余儀なくされる。

「……ん?」

すると前方の砂の中で何かが動いた。何かが這い出ようとしているのか、それとも潜り込もうとしているのか分からないがモコモコと小さな砂の山が動いている。

シルクはそれにそおっと近づいていく。

そして手の届く距離まできた時だった。

その部分が一段と盛り上がり、何かが一気に飛び出した。

「うきゅう!」

短い手足に太く丸まったしっぽ。

「あれはサンド・ラット!?砂の中で暮らす希少なネズミじゃないか」

「うきゅ?」

サンド・ラットは不思議そうにシルクを見上げている。

しかし逃げる素振りはない。サンド・ラットは本来ならばとても臆病で、自分よりも僅かでも大きい動物であれば身を隠す習性がある。

そのサンド・ラットがじぃっとシルクの瞳を見つめていた。シルクに電撃がはしる。

「…………かっ、可愛い!」

身体を丸めて後ろ足で器用に頬を掻く。その仕草はリラックスしている時にだけ見せるもので、どうやらこのサンド・ラットはシルクに敵意を感じなかったようだ。

しかし、そんな2人の憩いを邪魔するかのように、遠くからエンジン音の様な不快な音がグングン近づいてくる。

「うきゅーっ!」

サンド・ラットは身をブルブルと震わせながら逃げるようにして砂の中に潜った。

「……?どうしたんだいったい」


ボロロロロ……

ブロッブロッ……

ドドドドドド……

「あれは砂上バイク?」

シルクの目の前に現れた砂上バイクを乗り回す男達。

古びたエンジン音を轟かせながら、排気と両輪の回転で砂を巻き上げている。

男達はシルクの周りをグルグルと旋回するかのようにしばらく走り回った。

ふかしまくったエンジンを止め、中央を陣取る男が降りてきて、下からガンをつけてシルクを見上げる。

「よぉ、あんちゃん。旅人かい?」

明らかにガラが悪い。わざとらしい威嚇する声はなんとも不快でシルクは無意識に握り拳を握っていた。

どれどけ囲まれても、睨みつけられてもシルクは表情1つ変えなかった。

「ここらはオレ達、サンダービートの縄張りなわけよ。分かる?

な?困るんだよなぁ、勝手に入られちゃったりするとさー」

「そうそう、ウチらはほれ?命?かけてこの縄張り仕切らせてもらってるんで」

「観光気分の旅人がへらへらうろついていい場所じゃねーんだわ」

最初にバイクを降りた男は顔をギリギリまでシルクに近付けて威嚇し、バイクに乗ったままシルクを取り囲む男達も好き勝手に野次を飛ばしてくる。

シルクはふうっと溜め息を1つ吐いて、心を鎮めてから言う。

「自然はあなた達だけの物ではない。それに、そんなモノを乗り回していたらここに住む動物に迷惑だろう」

「ここに住む動物にだ……?」

「なになに正義の味方ですか?かっこいいですねボロきれの勇者様ぁ」

男達は声をあげて笑う。

「がっはっはっは。残念だけどここら一帯には動物はいねぇよ」

低い声。それを聞いたサンド・ラットの子どもが体を震わせていた。

「……どういう意味だ?」

「どういう意味だ?って。そりゃあ、オレ達サンダービートが砂中生物は全部狩って狩って狩って!

売り飛ばしてやったからさ!!」

シルクはようやくサンド・ラットの行動の意味が理解出来たような気がした。その手はワナワナと震えている。


「特にここにしか生息しねぇサンド・ラットの皮は高級だからよ。

ここいら一帯ではもう絶滅しちまったんじゃねぇか?ってほど狩ってやったのさ!」

無価値以下の誇りにシルクは辟易とした。聞くに耐え難い男達の言葉に、サンド・ラットの怯え震える姿にとめどなく怒りが湧き出ていた。

ゲラゲラと笑う男達。

シルクはただじっと、中央の男を見つめていた。

「どうしたよ、あんちゃん。顔色悪いんじゃねぇか?へへっ」

「うちらの悪さにびびっちまって、お漏らしでもしちゃってんじゃねぇのかい?」

男に髪を掴まれ顔を無理矢理にあげられる。

その時、シルクの目は深く沈むように冷たかった。

「てめぇ、何だよその目はよぉぉおっ?」

手首をひねりあげ、一瞬のうちにシルクは男を砂に抑えつける。

男は自分が怒号を吐いていた最中にはすでに、投げ飛ばされ地面にうち伏せられていたことなど気づいてはいないのだろう。

シルクは取り囲む男達を見据えた。

「どうやら君たちは『痛み』を知らなくてはいけないようだね」

シルクは男を締め上げる手に一層の力を入れた。

「痛ぇぇぇえっ!!」

男は捻られる手首を掴むシルクの腕をタップする。

しかし、その降参の合図にもシルクの手は緩まない。

「くそっ……」

男は激しい痛みの中で、顎で取り囲む男達に合図を送った。

「てめぇ、兄貴に何しやがんだ!!」

「ぶっ飛ばしてやらぁ!!」

砂上バイクから降りた男達がシルクに一斉に襲い掛かる。四方から強靭な肉体の男達が迫ってくる。

それでもシルクには微塵の焦りも無かった。

シルクはゆっくりと立ち上がり、迫り来る男達に向かい、臨戦態勢をとった。

「この数をなんとかできると思うなよ?ひゃっはー……あっ?」

殴りかかってきた男は瞬きの間に地面に倒されていた。

「ぐあっ!」

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!」

誰一人としてシルクに勝てる者はなく、みんな砂に突っ伏していく。男達の手は空を切り、流れるようにシルクは次々とうち伏していく。

すると。

「うきゅ」

たまたまサンド・ラットの避難場所に男が吹っ飛んでいき、驚いたサンド・ラットが潜っていた穴から地上に出てきてしまった。

それに気付いたシルク。

「……しまった!!」

シルクの表情に気付いた1人の男がすかさずサンド・ラットを捕まえ、懐からナイフを取り出した。

その凶刃を小さな生き物に当てる。

「やめろ!!」

一瞬、男が力を入れただけでサンド・ラットが殺されてしまう。

シルクは立ち止まるしかなかった。

「よぉ、あんちゃん。こいつの命が大切なんだろ?」

「うきゅ。うきゅきゅー!」

ジタバタと短い足を振って逃げようとするサンド・ラットだったが、千載一遇のチャンスとなったこの囮を男が簡単に手放すわけがなかった。

「くっくっく。取引といかねぇか?」


シルクは男を睨み付ける。

「取引だと?」

「おうよ。簡単な話さ」

動けないシルクを囲う様にして、立ち上がった男達がジリジリと近づいてくる。

傷口を拭いながらも、ニヤニヤと笑っている。

「旅人なら無一文てことはねぇだろ?金目の物全部よこして、金輪際ここには近寄らないと誓え」

「誓ったらどうだっていうんだ?」

サンド・ラットを人質にする男とシルクが話す間にも、他の男達はジリジリと詰め寄ってきている。

「こいつは生きて返してやるさ。約束するよ。な?簡単な話だろう」

生きて返す。そんな約束をこの男達が守るはずが無いのは分かり切っていた。

その時、憎悪に満ちたシルクの胸の中で何かが囁く。

『あの子を救けるには奴らを殺すしかない。殺りなさい。
 
あなたにはその”力”と、その”覚悟”がある。さぁ……』

「……うるさい。オレは誰も殺さない。」

『それではあの子を見捨てるのですね。今あなたが奴らを殺せば、あの小さなかけがえのない命は助けられるというのに、あなたはその好機をみさみすと見過ごし見捨てるのですね』

「くっ、黙れ」

頭が割れる様に痛み、囁きと共に吐き気がするほどおぞましい感情が身体を駆け巡る。

「……?なんだこいつ。ブツブツ独り言いいやがって、気持ち悪ぃな」

ゴッ。と頬を殴られてもシルクは微動だにしない。

「いいや、殺して金目の物も頂くぞ。お前等もやれ」

「ヘイ、兄貴」

ドス。ドスッ。と身体中を蹴られ、無防備だったシルクは痛みから丸くなった。

『あなたもここまでされている。もはや奴らに改心の余地などない。

サンド・ラットの為だけでない。彼らは存在自体が害悪なのですよ、彼等の為にも殺してあげなさい』

「黙れ……」

『さぁ、あなたが彼等を、あの子を、そしてあなた自身を救うのです

その為の鍛え上げた力なのでしょう?その為の”覚悟”をあなたは胸に刻んだのでしょう?』

「黙れぇぇぇえっ!!」


シルクは声なき声に向かって叫んだ。

「悪事をはたらく者を悪を断じて殺すことだけが”覚悟”なんかじゃない!

僕の刻んだ”覚悟”は……僕かあの時クラフィティ伯爵にお会いしてから、鍛え上げた”力”は何かを生かす為に振るうものだ!!」

その時、シルクの胸が刹那の間に激しく燃えた。そして自身の異変に気付く。

「なんだ、これ……は?」

身突如として体中を、不可思議なエネルギーが覆っていた。それは金色に燦然と輝き、取り囲んでいた男達は思わず目をおおっていた。

シルクは身体中に力が漲っていくのを感じていた。

ゆっくりと立ち上がり、シルクはサンド・ラットを捕まえている男を見る。

「なっ……何だよ?もしも一歩でも動いてみろ。こいつがどうなっても……」

「それ以上、僕を刺激するな」

シルクはゆっくりと誰もいない後ろを見た。

『ようやく私が見える様になったのですね、シルク』

謎の声の主は嬉しそうに笑ってシルクを見ていた。男達にその姿は見えていない。

「……あんなこと言ってきたやつがまさか天使だったとはね」

シルクに微笑む美しい天使。純白の羽衣に包まれ、大きく雄々しい翼が生え、天使の輪が金色に光る。

その天使はシルクに微笑み、頭を下げる。

『私はミカエル。あなたの様な清らかな心の持ち主に巡り合えたことを嬉しく思います。あなたの望む力を与えましょう』

シルクはミカエルを見つめていた。そして目を瞑り考えた。答えは初めからはっきりしていた。

「…………。なら僕は何も傷つけず、悪を捕える力が欲しい」

自らを見据える青色の瞳にミカエルは一瞬、見惚れてしまっていた。

『宜しい。ならば、この力を授けましょう……』


カッ!!と稲妻の様に鋭い光がシルクから放たれる。







そして、一瞬にして治まった光が照らしたのは、気を失い縄に縛られた男達の姿だった。

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