1 / 4
”終わり”の始まり
しおりを挟む
警視庁の入り口を、これまで類を見ない数の報道陣が囲んでいた。カメラや音響の機材、記者それらが入り口のフロアを制圧するかのように敷き詰められている。
「カメラ回せ!」
「おい、シャッターチャンス逃すんじゃねぇぞ」
「ちょっと、あんまり押さないでくださいよ」
大粒の雨を降りまくどす黒い雲が首都圏を覆い尽くしていく。まるでその地に蠢いていた得たいの知れない憎悪を包み隠すかのように。
この降りしきる雨の中、早い者では実に3時間以上も前から陣取りをしてその時を今かと待っていた。
「…それにしても、なんだか呆気ない幕切れだよな」
顔が見えるように透明なカッパを着こんだ記者の中の一人が、警視庁の建物のある一室を見上げながら、ぽつりとそう呟いた。小さな言葉は回りにいた数人の耳にのみ届いて、雨粒が弾ける音に飲み込まれて消えていく。
首都圏を中心にして起こった連続殺人事件。その手口の巧妙さと、人道をそれる残忍な死体の状態が世間を騒がせたのは無理もないことだった。発見された遺体はどれも胴体から首や手足が引きちぎられており、長らく刑事として現場を見てきた者をしても見るに耐えない状況だった。
現場はまるでペンキで塗ったかのように、余すことなく真っ赤に血で染め上げられ、それは凄惨なものであった。死亡推定時刻はどれも深夜から未明にかけての時間に限られており、その時間に普段から出掛けている者はほとんどいなかったことから情報が滞り捜査は行き詰まる。
過去の犯罪者リストからも犯人に繋がる足掛かりはどこにも見つけられなかった。不審者の目撃情報もその甲斐なく、聞き込み捜査が滑稽に思えてしまうほどに得られない。しかし、自殺の可能性は物理的に考えてあり得ないものであった。そのことから他殺であることは確定的であるとされ、公に連続殺人事件として捜査が進んでいく。
とある記者会見で警視庁捜査一課の人物の一人が「まるで警察を嘲笑うかのように捜査の糸口が掴めない。こんな難事件は見たことがない」 と眉間に皺を寄せ、憤りを露にしながら答えている場面が頭に残っている人も少なくはないだろう。
そして、被害者となったのはほとんどが平穏な暮らしをしていたごく普通の高校生。こうした背景もあり、様々な憶測や噂が一足跳びに蔓延するに至った。
高校生を標的にしたバラバラ殺人事件。「呪いのサイトにアクセスした」 だとか、「呪いの遊びをした」 からだとか、そんな根拠のない噂話がどんどん尾びれをつけながら広まっていった。
実際に捜査の糸口が掴めないまま被害者はどんどん増えていき、都内の高校では異例の集団下校や学校閉鎖なども実施された。バイトや部活が禁止になった高校も数多くあったと後になって判明する。
手口や死体の損傷度合いなどから推測されただけでも、被害者は40人近くにのぼった今回の連続殺人事件。しかし半年にも及んだ恐怖はあっけなく終わりを告げることとなるのであった。半年にものぼって世間を恐怖に陥れ、捜査線上を掻い潜っていた犯人が突然に自首をしたのだ。
一昨日の夜に警視庁を訪れた犯人。犯人の受付を担当した者も、連絡を受けた担当捜査員も誰もがその目を疑った。猟奇的な犯人は、警察が想定していた犯人像とはかけ離れて降り、実際に自主をしてきた人物は、その犯人はまだ年端もいかぬ高校生の男の子だったのだから。
自主をした少年の話には整合性があり、報道されていない機密情報も知っていたことから今回の一連の事件の犯人として確定するはずだった。しかし、再捜査を行うも彼が殺害現場に足を運んだ証拠がどうしても見つからなかった。
更に捜査員の頭を抱え込ませたのは彼を連れての実況見聞で、彼は聴取の中では機密情報の現場の状況を的確に答えることができていたのに、現場への行き方を知らない。また被害者との接点は数人を除いて全く見られず、顔は知っていても名前を知っている者すらいなかったのだ。
「名前も知らぬ被害者の顔を君はなぜ知っているのか?」 そう問うた捜査員に対して彼は「夢の中でその人を僕が殺した、その時に顔を見た」 と目を背けるでもなくはっきりと答えたのだと言う。あり得ない状況が続き、少年が錯乱状態にあることが疑われたので警察は少年の精神鑑定を行った。そして昨日。
少年には刑事責任能力がないと診断された。加えて証拠不十分であることからも警察は少年の釈放をせざるを得なかったのであった。殺人鬼が再び野に放たれる恐怖に、世間の怒りは自然と警察へと向いた。警視庁の眼前での抗議デモも行われたが、少年は釈放された。
しかし、この奇っ怪で凄惨な事件は少年の釈放から半日と経たずに決着を迎えるのであった。釈放された少年が自殺をしたのだ。
自殺現場は発見者が「地獄の様な光景だった」 と口にしたほどに、おぞましいものであった。それまでの事件の被害者たちの様に少年の身体はバラバラに引きちぎられ、独り暮らしをしていた部屋を真っ赤に染めていた。血で染められた机の上の書き置きには一言「GoodNightBaby(おやすみ、ぼうや)」とだけ記されていた。
世間を騒がせた連続殺人の実質的な犯人の自殺はすぐさま各局で報道されることとなる。人々は恐怖からの解放という安堵が芽生えるのと同時に、くすぶっていた憤りは警察へと向いた。これだけの衝撃的な事件を解決できず、事もあろうに犯人であった可能性が高い少年を逮捕することなく、結果的に自殺させたことへの不満が爆発しないわけがなかったのだから。
「あ、おい出てきたぞ」
「おい、カメラ回せ」
「なにしてんだ行くぞ!」
一斉に焚かれるフラッシュの弾幕に一人の人物のシルエットが浮かんだ。少年の聴取を担当し、この一連の事件を最前線で追っていた警視庁捜査一課の青柳警部補だ。青柳は報道陣に詰め寄られ、畳み掛けるような質問の中で、深く深く頭を下げる。
「警部補、その行為は自らの釈放の判断が誤っていたと認めているということで宜しいのですね?」
「犯人を捕り逃し、自殺を許すというこの最悪の顛末の責任をどう取られるおつもりですか?」
「何かおっしゃってください!」
「黙っていても何も変わらないのですよ、警部補!!」
青柳は罵声混じりの言葉の嵐にもみくちゃにされながら、ただただ黙して頭を下げ続けるのであった。ほとんどのテレビ局が生放送で中継を写していたが、その中で青柳が口を開くことはとうとう一度もなかった。放送を見た世間の反応は始めの一週間の内は、話題を席巻したがそれも恐怖の終息と、憤りが吐き出されたことによって次第に納まっていくのであった。
しかし、これは本当の恐怖の始まりに過ぎなかった。プロローグのような恐怖の終わりが告げるのは、更なる恐怖への旋律。自殺した少年は本当に殺人事件の犯人であったのか?そもそも少年は本当に自殺によってその人生に幕を下ろしたのか?
凶器、動機、犯人ほぼ全ての謎を残したまま、恐怖におののく人々を嘲笑うかのように次なる恐怖はもうすぐそこにまで迫ってきているのであった。
「カメラ回せ!」
「おい、シャッターチャンス逃すんじゃねぇぞ」
「ちょっと、あんまり押さないでくださいよ」
大粒の雨を降りまくどす黒い雲が首都圏を覆い尽くしていく。まるでその地に蠢いていた得たいの知れない憎悪を包み隠すかのように。
この降りしきる雨の中、早い者では実に3時間以上も前から陣取りをしてその時を今かと待っていた。
「…それにしても、なんだか呆気ない幕切れだよな」
顔が見えるように透明なカッパを着こんだ記者の中の一人が、警視庁の建物のある一室を見上げながら、ぽつりとそう呟いた。小さな言葉は回りにいた数人の耳にのみ届いて、雨粒が弾ける音に飲み込まれて消えていく。
首都圏を中心にして起こった連続殺人事件。その手口の巧妙さと、人道をそれる残忍な死体の状態が世間を騒がせたのは無理もないことだった。発見された遺体はどれも胴体から首や手足が引きちぎられており、長らく刑事として現場を見てきた者をしても見るに耐えない状況だった。
現場はまるでペンキで塗ったかのように、余すことなく真っ赤に血で染め上げられ、それは凄惨なものであった。死亡推定時刻はどれも深夜から未明にかけての時間に限られており、その時間に普段から出掛けている者はほとんどいなかったことから情報が滞り捜査は行き詰まる。
過去の犯罪者リストからも犯人に繋がる足掛かりはどこにも見つけられなかった。不審者の目撃情報もその甲斐なく、聞き込み捜査が滑稽に思えてしまうほどに得られない。しかし、自殺の可能性は物理的に考えてあり得ないものであった。そのことから他殺であることは確定的であるとされ、公に連続殺人事件として捜査が進んでいく。
とある記者会見で警視庁捜査一課の人物の一人が「まるで警察を嘲笑うかのように捜査の糸口が掴めない。こんな難事件は見たことがない」 と眉間に皺を寄せ、憤りを露にしながら答えている場面が頭に残っている人も少なくはないだろう。
そして、被害者となったのはほとんどが平穏な暮らしをしていたごく普通の高校生。こうした背景もあり、様々な憶測や噂が一足跳びに蔓延するに至った。
高校生を標的にしたバラバラ殺人事件。「呪いのサイトにアクセスした」 だとか、「呪いの遊びをした」 からだとか、そんな根拠のない噂話がどんどん尾びれをつけながら広まっていった。
実際に捜査の糸口が掴めないまま被害者はどんどん増えていき、都内の高校では異例の集団下校や学校閉鎖なども実施された。バイトや部活が禁止になった高校も数多くあったと後になって判明する。
手口や死体の損傷度合いなどから推測されただけでも、被害者は40人近くにのぼった今回の連続殺人事件。しかし半年にも及んだ恐怖はあっけなく終わりを告げることとなるのであった。半年にものぼって世間を恐怖に陥れ、捜査線上を掻い潜っていた犯人が突然に自首をしたのだ。
一昨日の夜に警視庁を訪れた犯人。犯人の受付を担当した者も、連絡を受けた担当捜査員も誰もがその目を疑った。猟奇的な犯人は、警察が想定していた犯人像とはかけ離れて降り、実際に自主をしてきた人物は、その犯人はまだ年端もいかぬ高校生の男の子だったのだから。
自主をした少年の話には整合性があり、報道されていない機密情報も知っていたことから今回の一連の事件の犯人として確定するはずだった。しかし、再捜査を行うも彼が殺害現場に足を運んだ証拠がどうしても見つからなかった。
更に捜査員の頭を抱え込ませたのは彼を連れての実況見聞で、彼は聴取の中では機密情報の現場の状況を的確に答えることができていたのに、現場への行き方を知らない。また被害者との接点は数人を除いて全く見られず、顔は知っていても名前を知っている者すらいなかったのだ。
「名前も知らぬ被害者の顔を君はなぜ知っているのか?」 そう問うた捜査員に対して彼は「夢の中でその人を僕が殺した、その時に顔を見た」 と目を背けるでもなくはっきりと答えたのだと言う。あり得ない状況が続き、少年が錯乱状態にあることが疑われたので警察は少年の精神鑑定を行った。そして昨日。
少年には刑事責任能力がないと診断された。加えて証拠不十分であることからも警察は少年の釈放をせざるを得なかったのであった。殺人鬼が再び野に放たれる恐怖に、世間の怒りは自然と警察へと向いた。警視庁の眼前での抗議デモも行われたが、少年は釈放された。
しかし、この奇っ怪で凄惨な事件は少年の釈放から半日と経たずに決着を迎えるのであった。釈放された少年が自殺をしたのだ。
自殺現場は発見者が「地獄の様な光景だった」 と口にしたほどに、おぞましいものであった。それまでの事件の被害者たちの様に少年の身体はバラバラに引きちぎられ、独り暮らしをしていた部屋を真っ赤に染めていた。血で染められた机の上の書き置きには一言「GoodNightBaby(おやすみ、ぼうや)」とだけ記されていた。
世間を騒がせた連続殺人の実質的な犯人の自殺はすぐさま各局で報道されることとなる。人々は恐怖からの解放という安堵が芽生えるのと同時に、くすぶっていた憤りは警察へと向いた。これだけの衝撃的な事件を解決できず、事もあろうに犯人であった可能性が高い少年を逮捕することなく、結果的に自殺させたことへの不満が爆発しないわけがなかったのだから。
「あ、おい出てきたぞ」
「おい、カメラ回せ」
「なにしてんだ行くぞ!」
一斉に焚かれるフラッシュの弾幕に一人の人物のシルエットが浮かんだ。少年の聴取を担当し、この一連の事件を最前線で追っていた警視庁捜査一課の青柳警部補だ。青柳は報道陣に詰め寄られ、畳み掛けるような質問の中で、深く深く頭を下げる。
「警部補、その行為は自らの釈放の判断が誤っていたと認めているということで宜しいのですね?」
「犯人を捕り逃し、自殺を許すというこの最悪の顛末の責任をどう取られるおつもりですか?」
「何かおっしゃってください!」
「黙っていても何も変わらないのですよ、警部補!!」
青柳は罵声混じりの言葉の嵐にもみくちゃにされながら、ただただ黙して頭を下げ続けるのであった。ほとんどのテレビ局が生放送で中継を写していたが、その中で青柳が口を開くことはとうとう一度もなかった。放送を見た世間の反応は始めの一週間の内は、話題を席巻したがそれも恐怖の終息と、憤りが吐き出されたことによって次第に納まっていくのであった。
しかし、これは本当の恐怖の始まりに過ぎなかった。プロローグのような恐怖の終わりが告げるのは、更なる恐怖への旋律。自殺した少年は本当に殺人事件の犯人であったのか?そもそも少年は本当に自殺によってその人生に幕を下ろしたのか?
凶器、動機、犯人ほぼ全ての謎を残したまま、恐怖におののく人々を嘲笑うかのように次なる恐怖はもうすぐそこにまで迫ってきているのであった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
【実体験アリ】怖い話まとめ
スキマ
ホラー
自身の体験や友人から聞いた怖い話のまとめになります。修学旅行後の怖い体験、お墓参り、出産前に起きた不思議な出来事、最近の怖い話など。個人や地域の特定を防ぐために名前や地名などを変更して紹介しています。
蒟蒻メンタル
みらいつりびと
ホラー
私は秩父女子高校野球部に属する投手だったが、豆腐メンタルの持ち主で、試合になるとストライクが入らないポンコツだった。
私の精神を鍛えるため、頭部が蒟蒻の奇妙な人物が現れる。
その人は蒟蒻先生と名乗った。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる