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1話:森の都の外套技師
面白い眼
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シドとネオンは、リンクタウンに入った時とは逆方向となる南の門から出発しようとしていた。リンクタウンには持ち出し不可能な植物などもある為、出発の際にも関所の検問を通過する必要があった。
「・・・・・・聞いたか? 例の殺し屋が今までこの街に居たって話だぞ?」
「なんだよそれ、騎士団の警備はザルなのか?」
シドは検問の列に並びながら、ルーザのメモを取り出していた。
「学術都市ワトソン・クリック・・・・・・ワトソン、クリックどこかで」
その都市の名前の由来は、ある学問における功績を遺した学者2名の名前になっている。記憶の消失以後ゴミ溜めから出ていないシドは、その名に触れる機会は限られている。
「何の本だったかな・・・・・・学者だよな?」
シドは必死に積まれた書籍から記憶を辿ろうとするが、思い出すことはなかった。ゴミ溜めに廃棄されている本はそこまで多くはなく、加えてシドの興味を引くテーマの物ともなれば更に数は限られる。その為、一度拾った書籍は複数回目を通すことになる。そうした上で記憶に留まらなかったということは、そこまで関心をもつ内容では無かったのだろうと早々に断じる。
「リンの服気に入ったみたいだな」
シドはネオンにそう話しかけた。ネオンは無言で、少しだけ目を細める。
それから程なくして、シドとネオンの検問は終わり、2人はリンクタウンの外に足を踏み出した。道は3つに分かれておりただ地名を書いた木板が、そのおおよその方向を指しているだけの簡易的な案内板が分かれ道の中央に立っている。その案内板の下に2人の人影があり、シドはその2人が自分達を意識していることに気付き無意識にネオンのフードを頭に被せた。
ゆっくりと進んでいく。案内板の下にいる2人に動きはないが、シドはその姿に見覚えがあった。数日前に検問の列に並んでいた時に、門の先から現れた女性と、その執事の様な男性だ。
「リンクタウンは楽しめましたか?」
すれ違いざまに凛とした声が小さく、でも確かにはっきりと響く。シドは立ち止まり、顔だけをイセリアに向ける。セバスチャンが威嚇とも取れる怒気を発しようとしたのを、イセリアは手で制した。
「ええ、とても」
「そうですか。この先の道のりは危険な場所も少なくありません、どうぞお気を付けて」
シドは何か違和感を感じてイセリアのことを見つめていた。そして、コートを着ていて分かりずらかったが、その女性の左の肩から先が無いことに気付く。イセリアはそう言うと、リンクタウンに引き返し歩き始める。セバスチャンも無言でその後を追った。
「何だったんだ?」
シドがそう零して、顔を前に向けようとした瞬間。
「つかぬことを聞くが、『黒涙』という言葉に何か心あたりはあるかな?」
皮膚がひりつく様な、研ぎ澄まされた刃物の様な威圧感が背後から自分に向けられている。
「どうした、お嬢様の問いに心して答えたまえ」
シドはゆっくりと後ろに身体を向けてイセリアとセバスチャンを見る。
「こくるいですか? リンクタウンのピツァーの生地は絶品でしたよ」
シドの答えを聞いて、イセリアはふと笑った。その瞬間に、全身に食い込む棘のような威圧感が消えた。
「そうか、参考にしよう。では、失礼するよ」
イセリアはそれきり何をするでもなく、本当に門の内へと消えていった。セバスチャンは不服そうにシドを睨みつけていたが、主人の意向に背くつもりはないようでイセリアの後を追って消えていった。
シドは2人の姿が見えなくなると、足早に歩き出した。ネオンは小走りでついていく。いつも大きく安心感のあるシドの手がじっとりと汗ばみ、小刻みに震えていた。
「お嬢様、あれで良かったのですか?」
「良かったとは?」
「たまたま『黒涙』と例の医師を見かけたというのに、拘束もせず」
イセリアはコートを脱いで、セバスチャンに預ける。二翼の正十字が朝日に照らされている。セバスチャンは受け取ったコートを皺がつかないように丁寧に畳んで、自分の左腕にかける。
「良いじゃないか。実際に会えたことで足取りは掴めたし、次の目的地も推測できる。封衣を手にいれたことで拘束も容易になり、何も我々でなくても何時でも拘束することはできる」
「ですが、あの力は『スティグマ』や『商会』も目を付けているはずですし、ハイリの動向も気になります。私はここで捨て置くべきではなかったと思います」
「そうかもしれないね。だが、私はあの医師を気に入ってしまったのだよ。覚悟と、それに乖背する感情・・・・・・実に面白い眼をしていた」
「また、あなたはそんなことで・・・・・・」
セバスチャンは額に手を当てている。その姿を見て、イセリアは少し悪戯な表情を見せていた。
「それに今回は恩義に報いたが、もし彼らが騎士団や世界に害をなすことがあれば、その時はーー
私が直々に、聖剣の錆にしてくれよう」
「・・・・・・聞いたか? 例の殺し屋が今までこの街に居たって話だぞ?」
「なんだよそれ、騎士団の警備はザルなのか?」
シドは検問の列に並びながら、ルーザのメモを取り出していた。
「学術都市ワトソン・クリック・・・・・・ワトソン、クリックどこかで」
その都市の名前の由来は、ある学問における功績を遺した学者2名の名前になっている。記憶の消失以後ゴミ溜めから出ていないシドは、その名に触れる機会は限られている。
「何の本だったかな・・・・・・学者だよな?」
シドは必死に積まれた書籍から記憶を辿ろうとするが、思い出すことはなかった。ゴミ溜めに廃棄されている本はそこまで多くはなく、加えてシドの興味を引くテーマの物ともなれば更に数は限られる。その為、一度拾った書籍は複数回目を通すことになる。そうした上で記憶に留まらなかったということは、そこまで関心をもつ内容では無かったのだろうと早々に断じる。
「リンの服気に入ったみたいだな」
シドはネオンにそう話しかけた。ネオンは無言で、少しだけ目を細める。
それから程なくして、シドとネオンの検問は終わり、2人はリンクタウンの外に足を踏み出した。道は3つに分かれておりただ地名を書いた木板が、そのおおよその方向を指しているだけの簡易的な案内板が分かれ道の中央に立っている。その案内板の下に2人の人影があり、シドはその2人が自分達を意識していることに気付き無意識にネオンのフードを頭に被せた。
ゆっくりと進んでいく。案内板の下にいる2人に動きはないが、シドはその姿に見覚えがあった。数日前に検問の列に並んでいた時に、門の先から現れた女性と、その執事の様な男性だ。
「リンクタウンは楽しめましたか?」
すれ違いざまに凛とした声が小さく、でも確かにはっきりと響く。シドは立ち止まり、顔だけをイセリアに向ける。セバスチャンが威嚇とも取れる怒気を発しようとしたのを、イセリアは手で制した。
「ええ、とても」
「そうですか。この先の道のりは危険な場所も少なくありません、どうぞお気を付けて」
シドは何か違和感を感じてイセリアのことを見つめていた。そして、コートを着ていて分かりずらかったが、その女性の左の肩から先が無いことに気付く。イセリアはそう言うと、リンクタウンに引き返し歩き始める。セバスチャンも無言でその後を追った。
「何だったんだ?」
シドがそう零して、顔を前に向けようとした瞬間。
「つかぬことを聞くが、『黒涙』という言葉に何か心あたりはあるかな?」
皮膚がひりつく様な、研ぎ澄まされた刃物の様な威圧感が背後から自分に向けられている。
「どうした、お嬢様の問いに心して答えたまえ」
シドはゆっくりと後ろに身体を向けてイセリアとセバスチャンを見る。
「こくるいですか? リンクタウンのピツァーの生地は絶品でしたよ」
シドの答えを聞いて、イセリアはふと笑った。その瞬間に、全身に食い込む棘のような威圧感が消えた。
「そうか、参考にしよう。では、失礼するよ」
イセリアはそれきり何をするでもなく、本当に門の内へと消えていった。セバスチャンは不服そうにシドを睨みつけていたが、主人の意向に背くつもりはないようでイセリアの後を追って消えていった。
シドは2人の姿が見えなくなると、足早に歩き出した。ネオンは小走りでついていく。いつも大きく安心感のあるシドの手がじっとりと汗ばみ、小刻みに震えていた。
「お嬢様、あれで良かったのですか?」
「良かったとは?」
「たまたま『黒涙』と例の医師を見かけたというのに、拘束もせず」
イセリアはコートを脱いで、セバスチャンに預ける。二翼の正十字が朝日に照らされている。セバスチャンは受け取ったコートを皺がつかないように丁寧に畳んで、自分の左腕にかける。
「良いじゃないか。実際に会えたことで足取りは掴めたし、次の目的地も推測できる。封衣を手にいれたことで拘束も容易になり、何も我々でなくても何時でも拘束することはできる」
「ですが、あの力は『スティグマ』や『商会』も目を付けているはずですし、ハイリの動向も気になります。私はここで捨て置くべきではなかったと思います」
「そうかもしれないね。だが、私はあの医師を気に入ってしまったのだよ。覚悟と、それに乖背する感情・・・・・・実に面白い眼をしていた」
「また、あなたはそんなことで・・・・・・」
セバスチャンは額に手を当てている。その姿を見て、イセリアは少し悪戯な表情を見せていた。
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