上 下
34 / 46
1話:森の都の外套技師

森の都リンクタウン

しおりを挟む
 関所の門を抜けると、景色が一変する。樹木と草花だけの世界に、ふいに人工物が生い茂る。だからと言って、森の景観を崩しているということではなく、建築物の一つ一つが定められた外観で、必要最低限に建てられている、そんな印象だった。白い石造りの家は、まるで高級な植木鉢の様で、どの建物にも様々な花が植えられて、鼻をくすぐる香りを風に乗せて漂わせている。

 観葉植物として背の高さほどの木を植えている所も多く見られた。森を愛し、森を保護する街と言う評価に間違いはないらしい。

「いやはや、これは凄いな・・・・・・」

 そうした美しい景観に見惚れる暇もなく、視線の奥にある2つの物に目を奪われる。

 小さな街一つなら収まってしまうのではないかと思うほどに巨大な古代樹は、幹の太さだけでも数百メートルはくだらないだろう。天高く伸びた枝葉の上部は、低い場所を泳ぐ雲を貫いている。あまりにも大きな樹は、眼下の町並みに大きな影を作っていたが、それはゴミ溜めを覆う夜とは異なり、優しく手をかざしているかのような温かさを感じる不思議な影だった。

「お、お兄さんたちリンクタウンは初めてかい?初めて来た人達はたいてい『世界樹』と『グリーズ城』を臨める、ここらへんで一旦停止するんだ。ほら」

 観光ガイドだろうか、首から名札をぶら下げたおじさんが人懐っこく話しかけてきた。背は低く、ネオンより頭一つ高いものの、成人男性の平均よりは低いだろう。つぶれた鼻、笑うと線になる細い目、少し深く刻まれる目じりのシワ、そのどれもが妙に滑稽で警戒心が解かれていく。

 おじさんが指さした方を見てみると、カップルや老夫婦、どこかの傭兵だろうか剣を携えた者まで、口をあんぐりと開けながら、そして目をキラキラと輝かせながら世界樹と呼ばれた古代樹と、その上にそびえ立つ城を見上げていた。

「なんだか珍しい組み合わせだよな、年の離れた妹さんかい?」
「いや、親戚から一時的に預かって一緒に旅をしているだけだ」
「へえ、それは良い経験になるね。ちなみに何処から来たんだい?」
「・・・・・・旧フリージア」
「あんた、それは!」

 ゴミ溜めの正式な名称「フリージア」は、人々が忌み名として口に出すことの無くなった言葉の一つだった。周りに居た人々の大半はその言葉を聞いた瞬間に顔を引きつらせ、中には小さな悲鳴を残して走り去った者もいた。世界樹を眺めていた人、その人達に話しかけていたガイド達も散る様にその場から離れていく。

「あんたは、怖くねぇのか?」

 シドに話しかけたおじさんは拳を握ったまま、少し俯き加減でその場に残っていた。かぶっていた濃いブラウンのキャスケットを両手で直して、ゆっくりとシドと視線を合わせる。

「あの街に起こったことも、今聞く現状も正直怖いよ。なかなか自分事として受け取ることすら難しい。でもな、お兄さん、あの場所も、あの場所で育った人も決して罪なんてないし、こんな風に迫害を受ける整合性なんて無いんだよ!
だから、いつか僕達がこの『リンクタウン』を誇りを持って呼ぶ様に、あんたも街の名前を気軽に言えるようになれたら良いな」

 人は不幸な話を聞くのは好きだが、不幸に近づくこうとは決してしない。悲惨な事件も、不幸な事故も他人事だから関心を持てるし、他人事だから好きなことを言える。それが、あまりにも近くであると、他人事ではなくなり途端に見るのも聞くのも、憐れむのも心配するのさえも憚られる様になるのだ。

「ーーん?」
「ーーえ?」

 そよ風の微かな音だけの静かな空間に、獣の唸り声の様な、でもどこか滑稽な力ない音が響いて、おじさんとシドはその音が聞こえたネオンを見た。ネオンは不思議そうに自分のお腹を両手で触っていた。

「ぷっはっはっは、なんだネオン、こんな真剣な話してる時に、お腹が鳴ったのか?」
「あははは、暗い話はこのくらいでお開きだって教えてくれたんだね。
お兄さんどうだろう?良ければ僕にこの街を案内させてくれないかい?勿論、とっておきの美味しいレストランも紹介するよ」
「そういつは良いな。よろしく頼むよおっさん」
「そうか、自己紹介もまだだったね。僕はワタナベ」

 そう言いながらワタナベは胸にかけていた名札をシドに見せる。そこには「ミチェラ・ガイド リンクタウン支部  編集長ワタナベ」と表記されていた。

「さて、ご案内したい場所は山ほどあるが、まずは・・・・・・」

 ワタナベはずっとお腹をさすっているネオンを見て微笑む。

「ご飯にしましょうか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...