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1話:森の都の外套技師
森の都リンクタウン
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関所の門を抜けると、景色が一変する。樹木と草花だけの世界に、ふいに人工物が生い茂る。だからと言って、森の景観を崩しているということではなく、建築物の一つ一つが定められた外観で、必要最低限に建てられている、そんな印象だった。白い石造りの家は、まるで高級な植木鉢の様で、どの建物にも様々な花が植えられて、鼻をくすぐる香りを風に乗せて漂わせている。
観葉植物として背の高さほどの木を植えている所も多く見られた。森を愛し、森を保護する街と言う評価に間違いはないらしい。
「いやはや、これは凄いな・・・・・・」
そうした美しい景観に見惚れる暇もなく、視線の奥にある2つの物に目を奪われる。
小さな街一つなら収まってしまうのではないかと思うほどに巨大な古代樹は、幹の太さだけでも数百メートルはくだらないだろう。天高く伸びた枝葉の上部は、低い場所を泳ぐ雲を貫いている。あまりにも大きな樹は、眼下の町並みに大きな影を作っていたが、それはゴミ溜めを覆う夜とは異なり、優しく手をかざしているかのような温かさを感じる不思議な影だった。
「お、お兄さんたちリンクタウンは初めてかい?初めて来た人達はたいてい『世界樹』と『グリーズ城』を臨める、ここらへんで一旦停止するんだ。ほら」
観光ガイドだろうか、首から名札をぶら下げたおじさんが人懐っこく話しかけてきた。背は低く、ネオンより頭一つ高いものの、成人男性の平均よりは低いだろう。つぶれた鼻、笑うと線になる細い目、少し深く刻まれる目じりのシワ、そのどれもが妙に滑稽で警戒心が解かれていく。
おじさんが指さした方を見てみると、カップルや老夫婦、どこかの傭兵だろうか剣を携えた者まで、口をあんぐりと開けながら、そして目をキラキラと輝かせながら世界樹と呼ばれた古代樹と、その上にそびえ立つ城を見上げていた。
「なんだか珍しい組み合わせだよな、年の離れた妹さんかい?」
「いや、親戚から一時的に預かって一緒に旅をしているだけだ」
「へえ、それは良い経験になるね。ちなみに何処から来たんだい?」
「・・・・・・旧フリージア」
「あんた、それは!」
ゴミ溜めの正式な名称「フリージア」は、人々が忌み名として口に出すことの無くなった言葉の一つだった。周りに居た人々の大半はその言葉を聞いた瞬間に顔を引きつらせ、中には小さな悲鳴を残して走り去った者もいた。世界樹を眺めていた人、その人達に話しかけていたガイド達も散る様にその場から離れていく。
「あんたは、怖くねぇのか?」
シドに話しかけたおじさんは拳を握ったまま、少し俯き加減でその場に残っていた。かぶっていた濃いブラウンのキャスケットを両手で直して、ゆっくりとシドと視線を合わせる。
「あの街に起こったことも、今聞く現状も正直怖いよ。なかなか自分事として受け取ることすら難しい。でもな、お兄さん、あの場所も、あの場所で育った人も決して罪なんてないし、こんな風に迫害を受ける整合性なんて無いんだよ!
だから、いつか僕達がこの『リンクタウン』を誇りを持って呼ぶ様に、あんたも街の名前を気軽に言えるようになれたら良いな」
人は不幸な話を聞くのは好きだが、不幸に近づくこうとは決してしない。悲惨な事件も、不幸な事故も他人事だから関心を持てるし、他人事だから好きなことを言える。それが、あまりにも近くであると、他人事ではなくなり途端に見るのも聞くのも、憐れむのも心配するのさえも憚られる様になるのだ。
「ーーん?」
「ーーえ?」
そよ風の微かな音だけの静かな空間に、獣の唸り声の様な、でもどこか滑稽な力ない音が響いて、おじさんとシドはその音が聞こえたネオンを見た。ネオンは不思議そうに自分のお腹を両手で触っていた。
「ぷっはっはっは、なんだネオン、こんな真剣な話してる時に、お腹が鳴ったのか?」
「あははは、暗い話はこのくらいでお開きだって教えてくれたんだね。
お兄さんどうだろう?良ければ僕にこの街を案内させてくれないかい?勿論、とっておきの美味しいレストランも紹介するよ」
「そういつは良いな。よろしく頼むよおっさん」
「そうか、自己紹介もまだだったね。僕はワタナベ」
そう言いながらワタナベは胸にかけていた名札をシドに見せる。そこには「ミチェラ・ガイド リンクタウン支部 編集長ワタナベ」と表記されていた。
「さて、ご案内したい場所は山ほどあるが、まずは・・・・・・」
ワタナベはずっとお腹をさすっているネオンを見て微笑む。
「ご飯にしましょうか?」
観葉植物として背の高さほどの木を植えている所も多く見られた。森を愛し、森を保護する街と言う評価に間違いはないらしい。
「いやはや、これは凄いな・・・・・・」
そうした美しい景観に見惚れる暇もなく、視線の奥にある2つの物に目を奪われる。
小さな街一つなら収まってしまうのではないかと思うほどに巨大な古代樹は、幹の太さだけでも数百メートルはくだらないだろう。天高く伸びた枝葉の上部は、低い場所を泳ぐ雲を貫いている。あまりにも大きな樹は、眼下の町並みに大きな影を作っていたが、それはゴミ溜めを覆う夜とは異なり、優しく手をかざしているかのような温かさを感じる不思議な影だった。
「お、お兄さんたちリンクタウンは初めてかい?初めて来た人達はたいてい『世界樹』と『グリーズ城』を臨める、ここらへんで一旦停止するんだ。ほら」
観光ガイドだろうか、首から名札をぶら下げたおじさんが人懐っこく話しかけてきた。背は低く、ネオンより頭一つ高いものの、成人男性の平均よりは低いだろう。つぶれた鼻、笑うと線になる細い目、少し深く刻まれる目じりのシワ、そのどれもが妙に滑稽で警戒心が解かれていく。
おじさんが指さした方を見てみると、カップルや老夫婦、どこかの傭兵だろうか剣を携えた者まで、口をあんぐりと開けながら、そして目をキラキラと輝かせながら世界樹と呼ばれた古代樹と、その上にそびえ立つ城を見上げていた。
「なんだか珍しい組み合わせだよな、年の離れた妹さんかい?」
「いや、親戚から一時的に預かって一緒に旅をしているだけだ」
「へえ、それは良い経験になるね。ちなみに何処から来たんだい?」
「・・・・・・旧フリージア」
「あんた、それは!」
ゴミ溜めの正式な名称「フリージア」は、人々が忌み名として口に出すことの無くなった言葉の一つだった。周りに居た人々の大半はその言葉を聞いた瞬間に顔を引きつらせ、中には小さな悲鳴を残して走り去った者もいた。世界樹を眺めていた人、その人達に話しかけていたガイド達も散る様にその場から離れていく。
「あんたは、怖くねぇのか?」
シドに話しかけたおじさんは拳を握ったまま、少し俯き加減でその場に残っていた。かぶっていた濃いブラウンのキャスケットを両手で直して、ゆっくりとシドと視線を合わせる。
「あの街に起こったことも、今聞く現状も正直怖いよ。なかなか自分事として受け取ることすら難しい。でもな、お兄さん、あの場所も、あの場所で育った人も決して罪なんてないし、こんな風に迫害を受ける整合性なんて無いんだよ!
だから、いつか僕達がこの『リンクタウン』を誇りを持って呼ぶ様に、あんたも街の名前を気軽に言えるようになれたら良いな」
人は不幸な話を聞くのは好きだが、不幸に近づくこうとは決してしない。悲惨な事件も、不幸な事故も他人事だから関心を持てるし、他人事だから好きなことを言える。それが、あまりにも近くであると、他人事ではなくなり途端に見るのも聞くのも、憐れむのも心配するのさえも憚られる様になるのだ。
「ーーん?」
「ーーえ?」
そよ風の微かな音だけの静かな空間に、獣の唸り声の様な、でもどこか滑稽な力ない音が響いて、おじさんとシドはその音が聞こえたネオンを見た。ネオンは不思議そうに自分のお腹を両手で触っていた。
「ぷっはっはっは、なんだネオン、こんな真剣な話してる時に、お腹が鳴ったのか?」
「あははは、暗い話はこのくらいでお開きだって教えてくれたんだね。
お兄さんどうだろう?良ければ僕にこの街を案内させてくれないかい?勿論、とっておきの美味しいレストランも紹介するよ」
「そういつは良いな。よろしく頼むよおっさん」
「そうか、自己紹介もまだだったね。僕はワタナベ」
そう言いながらワタナベは胸にかけていた名札をシドに見せる。そこには「ミチェラ・ガイド リンクタウン支部 編集長ワタナベ」と表記されていた。
「さて、ご案内したい場所は山ほどあるが、まずは・・・・・・」
ワタナベはずっとお腹をさすっているネオンを見て微笑む。
「ご飯にしましょうか?」
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