上 下
7 / 46
prologue:積まれた書籍とタバコケース

更なる先

しおりを挟む
 そこは、これまで足を必死で動かし続けた、ただ砂と泥、そして不快な臭気のみの世界ではなかった。恐らくはルーザの言うところの、悠久の騎士団の前身となった組織本部の敷地内に侵入はいったのだろう。無論それだけでは目の間に点在するそれらの存在を正当化することも、見たままを認めるということにすら疑心暗鬼を生じさせる自分を説得する材料には足りない。

 シドの視界には、見たままに建造物の柱であったり、仕切りとなったのであろう周囲よりも少し厚い壁の残骸がある。中には柱に施されていた溝を薄っすらとではあるものの視認することができる柱も存在した。所々で腐敗土がガスをぽこぽこと吹き出す場所が依然として存在するものの、ぬかるみもはっきりと弱くなったのが認識できた。臭気は相変わらずではあったが、ここまでに麻痺した感覚はそのまま通じるようで、シドの表情は光景に向けた驚愕から変わらないままだ。

 シドは鼻から細く息を吐きだし、ゆっくりと更に奥に歩を進めていく。目の前にあった手の届く柱の残骸に触れると、まるで毛細血管の様な細い石で編んだ繊維に触れたような、すかすかな感触が指先に伝わってきた。そこに、ほんの少しだけ、指で押すまでもなく触れていた中指と薬指の第一関節をほんの少し同時に折り始めただけで、触れていた部分は崩れ出した。それはまるで、柱そのものが自分が本来であれば砂と化して土に還らなければならないことにこれまで気付くことができずに、シドが触れたことであるべき姿をはっと思い出した様な人間的な反応だった。

 それを目の当たりにしたシドは無意識にあの場所に手を当てていたことに気が付く。点滅するかのような温かさを感じていたその部分は、わずかではあるが今度は恒常的な温かさを感じた。不可解な感覚にシドが困惑していると、更に説明しようの無い事は続いていく。

 辺りは遮られた弱弱しい光のみのはずが、所々からアメシストの光の選択吸収を彷彿とさせる淡く色彩を持った光を感じるのだ。そして、恐らくは落下地点であろうもう少し奥に、これらと同じで、かつ大きな反応がることを見る前から確信した。

「・・・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・」

 すると、遠くから聞こえたというよりも、極端に声量を抑えているようなかすかな会話が聞こえてきた。シドは集音機能を高める為に耳に手を当てて、その声のする場所を特定しようと試みる。声を絞った時の独特な掠れを確かに感じるそれは、決してシドのいる場所からそう遠くない場所に声の主達がいることを示している。こんな誰もが寄り付きたいと思わない場所に居るというのも既に、そこにいる者達が後ろめたさを感じる行為におよんでいるであろうことを物語る。更に、ここはゴミ溜めの中心地であり、人々が忌み嫌った不幸な都市の最奥、そんな場所ですら万が一の可能性であっても誰かに内容を聞き取られることは避けたい事情など真っ当な人間のものでないことは想像に難く無かっただろう。

 シドは物音を立てない様に眼球を左右に動かしながら、聴覚や視覚による特定の地点への意識を誘導する。逸る気持ちが無いわけではなかったが、身体は意識に同調をしていき心拍は少しずつ落ち着いていく。先ほどまでは無意識に拾っていた声が、はっきりとはしないまでも、意識的に感覚を使うことで会話の発信源ではない地点を肌で感じることができた。感覚によっておおよその範囲を絞っていくと、次は理性で得た感覚や情報から正確な位置を割り出す作業に移行する。声の反響の強弱から、建物の残骸が機密性の高い空間を生み出しているのはどの場所か、聞こえてきた会話から少なくとも2人が効率的に隠れられる地点は何処か、そしてもしも密談をしている最中に何者かが近くに来た時に相手よりも先に察知することができ且つ相手が自分を視認するまでに逃亡の準備が整う場所はどこか絞っていく。それらの条件を同時に多く満たした場所に向かって、シドはゆっくりと近づき始めた。

 格段に歩きやすくはなったものの、依然としてぬかるむ泥が足を取り、靴底にへばりつくヘドロの様な粘度の高い泥が剥がれる音は、この静寂の中では些細な音とは言い難い。シドは慎重に慎重に、あの温かさが強い区画に向けて近づいていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

不要とされる寄せ集め部隊、正規軍の背後で人知れず行軍する〜茫漠と彷徨えるなにか〜

サカキ カリイ
ファンタジー
「なんだ!あの農具は!槍のつもりか?」「あいつの頭見ろよ!鍋を被ってるやつもいるぞ!」ギャハハと指さして笑い転げる正規軍の面々。 魔王と魔獣討伐の為、軍をあげた帝国。 討伐の為に徴兵をかけたのだが、数合わせの事情で無経験かつ寄せ集め、どう見ても不要である部隊を作った。 魔獣を倒しながら敵の現れる発生地点を目指す本隊。 だが、なぜか、全く役に立たないと思われていた部隊が、背後に隠されていた陰謀を暴く一端となってしまう…! 〜以下、第二章の説明〜 魔道士の術式により、異世界への裂け目が大きくなってしまい、 ついに哨戒機などという謎の乗り物まで、この世界へあらわれてしまう…! 一方で主人公は、渦周辺の平野を、異世界との裂け目を閉じる呪物、巫女のネックレスを探して彷徨う羽目となる。 そしてあらわれ来る亡霊達と、戦うこととなるのだった… 以前こちらで途中まで公開していたものの、再アップとなります。 他サイトでも公開しております。旧タイトル「茫漠と彷徨えるなにか」。 「離れ小島の二人の巫女」の登場人物が出てきますが、読まれなくても大丈夫です。 ちなみに巫女のネックレスを持って登場した魔道士は、離れ小島に出てくる男とは別人です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...