上 下
4 / 46
prologue:積まれた書籍とタバコケース

ルーザの店

しおりを挟む
 シドは手当たり次第に周囲の物に当たり散らした後、しばらくして肩を切らしながらゆっくりと天を仰いだ。そして、おもむろに胸ポケットを触ると、何も入っていないその色褪せた布をぐしゃりと握りつぶしてぽつりと呟いた。

「ああ、くそっ忘れてた。・・・・・・タバコ切れてんじゃねぇかよ」

 そう呟いたシドは、確かな足取りである場所に向かって歩き出すのだった。

 ゴミ溜めは元々は世界一栄えた都市であったとされているだけあり、そこに住まう者達と土地との密度はかなり低くなっている。それぞれが思い思いに、とは言っても腐敗した土が行く手を阻む場所もあるので完全な自由というわけにはいかないが、それぞれの生活圏を個人の区画としている。特に、他人の区画に立ち入ってはならないということもないのだが、今朝のマーズの様に誰かに会いに行く者はそう多くはない。他人の区画に無断で立ち入れば、その者は何かを盗むつもりだったと思われても仕方がない。法整備などされているわけではない場所なので、誰かがそれを裁くことなどありはしないが、信用を失くすことはこの地では法に裁かれるよりも致命的になるからだ。

「おう、シガ爺。腰はどうよ?」
「まだちいと痛むが、良いよ。シド
「よ、今日は顔色良いじゃねぇかツクシん坊、母ちゃん元気か?」
「シド!!今日は痛みが少ないかな?母ちゃんなら食い物探しにいったよ、シド先生が通ったって伝えとく」

 シドは目的地に辿り着くまでの道にある、全ての区画に立ち寄っていく。普段は周りと隔絶された区画に人の気配を感じれば誰もが警戒をする。しかし、その訪問者の顔を、清潔に保たれた白衣を見て誰しもが警戒を解き、顔をほころばせる。そして、シドの嫌うその呼び方で嬉しそうに名前を呼んだ。

「シド先生ご無沙汰だねぇ」
「あら、シド先生。ほらアン、あなたの怪我を診てくれたシド先生よ」
「誰かと思えばシド先生じゃねぇか、もっと顔出してくれよ淋しいじゃねぇか」
「シド先生」
「シド先生」

 おおよそ全ての区画を周り、予後を確認してシドは「だから、先生じゃねぇって言ってんだろうが」と、ぼそりと呟いた。その顔は、決して険しくはなかった。

 そして、そこから更に僻地に踏み込んでいく。ゴミ溜めは近隣諸国に隣接する区画に、総量の中でも相当な割合のゴミが溜められている。中心地にいくほど外からのゴミが少なくなると同時に、放棄された建物の原型が崩れたものが多くなっていく。ヒュージの落下地点に近づく程に建造物はボロボロになっていくが、ある地点を境にそれらの痕跡すら残さない砂礫と、腐敗した土だけの景色になる。腐敗し粘度の高まった土は泥の様にぬかるみ、足を取る。シドの様に擦り切れていようとも靴を履いているものはまだマシではあるが、それでも独特な粘着音と踏む度に沈み込み滑るような足場は心地よいものではなかった。

 目的地はとある一軒家で、それは決して豪華な建物では無かったが明らかにヒュージの落下以後に建てられたものであることが分かった。異彩を放つその一軒家を訪れる者はそうは多くないが、シドを含めた人々はある機会に必ずここを訪ねる。

「おや、誰かと思えば泣き虫坊主じゃないかい」

 一部屋しかないその建物は、バーのカウンターの様な造りをしていた。勿論、客に出すような酒が陳列されているわけでも、娯楽設備があるわけでもない。あるのは、バーカウンターと数枚の額縁に入れられた絵画、そして、珍客が座る為の椅子が幾つかのみ。

「けっ、相変わらず年甲斐もねぇ派手なもん着てやがるな」

 そう悪態をつきながら、シドはカウンターの前にある椅子の一つに座る。そのカウンター越しで、シドを子ども扱いをして招き入れた店主が太い葉巻をふかしながら不敵に笑っていた。年を重ね刻まれた皺は、厚い化粧で上手に隠されている。シドが年甲斐も無いと言った、ドレスは大胆に胸元をはだけさせ、カウンター越しには見えないが左右に大きなスリットが施されている。ワインレッド一色のドレスに、はだけた胸元を飾るごてごてとした宝石が、薄っすらと灯る灯りの光を反射させている。しかし、そんなモノには到底目が行かないのは、バサバサと生えたまつ毛が影を落とす猛禽類の様な鋭い目と、古代の魔女を思わせる鉤鼻のせいだろう。

「ふん、餓鬼が大人のドレスの何が分かるってんだい」

 そう言って、店主は真っ赤なルージュをひいた口から白い煙をシドに吹き付ける。シドは、顔を逸らしながら煙を手でぱたぱたと払った。シドはその葉巻独特な臭いと、床の木の仄かな香りが嫌いではない。

「で、今日は何が望みだい?」
「話が早くて助かるぜ、ルーザ」

 ルーザはぷかぷかと葉巻をふかし続ける。この店は、ルーザの個人店であり取引をする為の密談の場となっている。勿論、この地での鉄則に従ったものだ。

「タバコが切れちまったんで分けて欲しい、対価はいつものでどうだ?」
「あんた未だあの幼稚な吸い方してんのかい?」

 ルーザはそう尋ねるが、シドが答えることはなかった。しばらくシドの顔を見ていたルーザは、白煙交じりのため息をこれ見よがしに吐いてから、カウンターの下を漁り、目的の物をシドに放り投げた。

「ほら、とりあえずそれは受け取りな」
「へっ、よくもまあこんな時世に、こんな場所でタバコが手に入るもんだぜ」
「ふん、うちは狭いが取り扱っていない商品は無い。舐めるんじゃないよ」

 シドは受け取った新品のタバコケースを胸ポケットに入れる。

「さすがは、あの悠久の騎士団でさえ一目を置くブローカーと言われるだけのことはあるな。ありがたく頂戴していくぜ」

 そう言って、シドが席を立とうとするのをルーザが止めた。

「まあお待ちね坊や」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

処理中です...