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カモミール・ロマンス【第一章】

オレンジの海で

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「ふぁーあ」









ザザーン。。。。







ザザーン。。。。






「くぁあ」





目の前の視界いっぱいに広がる青い海。

そんな見晴らしの中であくびをする直也。

「ちょっと、どうなってんのよ?なんで海は目の前にあるのにたどり着かないわけ?」

夏の日差しで額に流れる汗がキラキラと光っている。

現在気温35℃。

麦わら帽子をかぶり日焼け止めを塗りたくった美咲だったが、心なしか赤くなっている。

「さっきから民家にばかり行き着いて、一向に海との距離が近づいていないよね……」

真っ白のシャツが汗で肌にくっついてしまっている翔が、気持ち悪いのだろう何度も自分のシャツを引っ張る。

勇気はもう20分は前に上着を脱ぎ、タンクトップ一枚になっていた。

「あれ?この家の看板見たことあるような……ないような……

……だぁぁぁっ、分からん!!」

頭を抱えて絶叫する勇気。


それもそのはず。

勇気達が最寄りの駅から海を目指してもうすぐ2時間が経過しようとしていたのだから。




それは終業式でのこと。


通知表をある程度の仲間と見せ合った後、何気なくプールを見ながら勇気の言った一言が始まりだった。


「もうすぐ夏休みだ。夏休みと言えば一夏の経験だ。

一夏の経験といえば海だ。


そうだ、海へ行こう」


よく分からない方程式と、あまり有名でないローカルCMのフレーズを真似てドヤ顔で言い放った勇気。

1学期を乗り切った疲れからか、それとも安堵からなのか突っ込みはない。



「あー……海か。そういえば去年も行きたい行きたいって言ったけど、結局行かなかったよね」

「そーね。私は行っても良いけど、あんた達補講とか大丈夫なの?」

美咲の一言に目を見合せて、目をパチクリする勇気と翔。

「……海といえば水着だよな。翔一緒に買いにいこうよ」

「そうだね、今度の日曜は部活も無いしいこうか」

全く美咲と目を合わせようとしない2人。

どうやらある二文字を意識から消しているようだ。

「あんたらねぇ、現実逃避してないで現実見なさいよ。

結局、幾つ補講あったのよ?」

美咲の言葉に目を見合せて、にへらと笑う勇気と翔。

そしてゆっくりと美咲を見る。

「オレ、3教科」

「僕は休んだ分の再試も含めて8教科」




「うん、まずはそれ消化してから海とか言おうか」

優しい美咲の口調に(見たくなかった現実を見てしまって?)涙が出てしまった勇気と翔なのだった。



で、どうにかこうにか補講や再試を乗り切った勇気と翔。

補講をクリアしてから1週間が経った頃に、勇気から3人にメールが届いた。



件名:そうだ、海へ行こう

登校日の次の週の月曜とかどう
っていうか何があっても空けといてな

兄貴から聞いた穴場スポットがあるからそこに行こう
駅近でロケーション抜群、知る人ぞ知る、知らない人は全く知らない場所だってさ

ユキ』


メールなのに打っている時の上がり切ったテンションまでが伝わってくる。

何より有無を言わさぬその文章に3人は笑った。

『んー、考えとく( ̄~ ̄)ξ

直也』

直也の「考えとく」は「了解」とほぼ同じ意味である。

『メールなのにテンション高すぎてビックリしたわ

海いいわねその日はバイト休むから任せて

美咲』

美咲は意外と絵文字をよく使う。

女の子同士でのメールのやりとりではハートマークなんかも多用するらしい。


『補講お疲れ様

分かったその日は部活休むようにするね

海楽しみ

翔』


こうして4人は、揃ってでは初めての海へと出かけることになったのだった。




地元の駅から2つ先の駅で快速に乗り換え、揺られること30分。

そこからまた鈍行で15分ほど揺られた頃に海が視界に広がってくる。

だんだんと大きく、だんだんと青くなっていく海を見ながら進んでいくと、その駅にたどり着く。

閑散とした小さな駅。

ホームには小さな待合室と4人掛けくらいのベンチが2つ背中合わせにあるだけ。

それでも車両から降りた瞬間に磯の匂いが鼻を刺激して、なんだか胸がソワソワとする。

暑い日差しの中に流れる、冷たい潮風。


4人はゆっくりと歩いていく。


とある港町。

防波堤と停泊する小型の船。

絶え間なく聞こえる波の音。

裏打ちをするかのようなカモメの自由な鳴き声と、どこからともなく聞こえるラジオの音。


山の麓の駅から続く、海へと下る坂の中。

隣接する住宅の迷路。

行けども行けどもあるのは民家と袋小路だけ。

「ねぇ、本当に海に繋がってるの?この道」

「ていうかこの家さっきも来なかったっけ?」

聞こえる波の音は延々とリピートされ、単調なリズムで4人を包み込んでいる。

「繋がってないなんてことあり得ないだろ?

全ての道がローマに繋がってるなら、この道だって海に繋がっているに決まってる!!」

「ってかここまで来たら意地でも海に入らなきゃ、やってらんないよね」

珍しく先頭を歩いていく直也。

勇気がそれにすぐに続いて、美咲と翔が顔を見合せてからついていく。

熱い日差し、なま暖かい風の運ぶ磯の香。

どこからともなく聞こえるラジオの音。

ゆっくりと昇っていく太陽がこの日一番高い場所から照らしていた。




ザザーーーン。


ザザーーーン。



青い水面を駆け抜け、沖に白く光る波。


「や……やっと着いたぁーーー!!」

汗でびしょびしょになってしまったシャツを脱ぎ捨て、一目散に砂浜を走る。

美咲以外は服の下に水着を着込んでいて準備万端。

「ひゃっほーい」

「海だー」

「ふぁ……暑ぃ」


男3人は海に向かってまっしぐら。

「私は着替えてから行くからねー」

美咲の声に振り向きもせずに、背中越しに手を振って3人は了解の合図を送った。

ザッザッ。と裸足で砂を撒き散らしながら、陽射しに向かって走る。

「僕が一番乗りだ!」

「さーせるかぁ!」

真っ先に海に飛び込もうとした翔の肩を掴み、砂浜に倒す勇気。

「はっはっは一番乗りはこのオレだぁ!」

「……まだまだぁ!」

翔を倒して走っていこうとした勇気の足を翔が掴む。

「くっ、こしゃくな」

「ふふふ一番乗りは誰にも渡さないよ。例えユキであってもね」


2人がなんだかよくわからないB級ドラマを演じ始めた時だった。

「おーい、何してんの?早く来れば?」

1人気持ちよさそうに海に浸かる直也が2人に手を振っていた。

「あ、そういう感じね」

「うん、そういう感じみたいだね」

2人は顔を見合せ砂だらけになったお互いの顔を見て笑った。

「ナオ1人だけズルーい」

「そうだ、オレ達も入らせろー!」



水飛沫の音が辺りに響き渡った。




バシャバシャと水を掛け合う勇気達。

何時間も歩いて火照った身体に冷たい水が何とも心地よい。


勇気の兄のお薦めは本当に穴場だったようで勇気達の他には、おそらく近所の人なのだろう釣竿を持ったおじさんがいるくらいだ。


すると勇気達に近づいてくる足音が。

「……あ、美咲」

「へっへへー、どうかな?」

ピンクに花柄の入ったビキニに着替え、普段はあまり見かけないポニーテール姿の美咲。

「わぁ、美咲その水着可愛いよ。似合ってる」

「髪形も新鮮だね。良いじゃん」

翔と直也におだてられ照れ笑いをする美咲。

美咲がちらりと勇気の方を見る。

「ん?」

その視線に気付いた勇気。

「もうちょっと胸があったらドキドキすんのにな。残念だったな美咲」

飛びきりの笑顔で言う勇気。

「はははは………

死ね」


ゴツッと勇気の頭に拳骨が落ちて、遠くで魚がパシャっと跳ねたのだった。




気ままに綺麗な海を泳いでみたり。

砂浜に直也を埋めてみたり、そんな中直也は普通に寝ていたり。

砂の城を作ろうと思って土台を固めていたら、あっけなく波にさらわれてしまったり。

持参したビーチボールでバレーをしたり。


燦々と輝いていた太陽が傾きだし、ゆっくりとゆっくりと沈んでいく。

「はー、遊んだ遊んだぁ」

砂浜に大の字に寝転がる美咲。

直也はまだ砂の布団に入ったまま寝ている。

翔は「探検してくるね」と言って、濡れたままの身体に半袖のパーカーを羽織って港の方に向かっていった。

「おーい、美咲」

勇気はまだ海で遊んでいる。

「なにユキ?」

「いいから、来て来て」

手招きをする勇気。

美咲は起き上がって、また海に足をつけた。


「見てここ。ほら」

勇気が近くを指差す。

「え、なにこれ?凄く綺麗」


水の底から浮かび上がるオレンジの光。

それが波でキラキラと揺れる。

「なんか知らないけど、この下だけガラスみたいなのが沢山沈んでるみたい。

それが夕陽を反射してるんだと思う」

にっ、と笑う勇気。

美咲は時折「綺麗」と言い、いつまでもその光と勇気の横顔を見つめていた。



「…………」


そんな2人を見つめる直也が、小さなため息を吐いたのだった。




誰もいない海で夕陽に照らされる勇気と美咲。

潮騒は美しく、昼間とはまた違う輝きで波が光る。

すると砂に埋もれたまま2人を見つめる直也の元に翔が戻ってきた。

「あらら?何か良い感じになっちゃってる?」

手に綺麗な白い巻き貝を持った翔がそう言う。

直也は何も返さずにただ2人を見つめていた。

「……ごめん。不謹慎だったかな?」

「いいや。ただ……

オレは幼なじみだし美咲のことを応援してやりたいんだけど、こればっかりはな。と思って」

「……そうだね。しかも本人まだ自覚してないっぽいし。

瀬谷先生が好きって言いながら、美咲がいつも目で追ってるのってユキのことだもんね」


翔と直也は口をつぐむ。

お互いに言いたいことが分かっているからなのか、波に揺れる2人に余計な言葉を伝えないためか。

ゆっくりと沈んでいく夕陽をただひたすら目で追うのだった。



波で水面に写った影が力なく揺れる。

太陽光の反射角の偶然だったのか、海底からのオレンジの光はもう見えなくなっていた。

「あ、翔だ。

おーい、翔!ナオ!」

勇気が大きく手を振ると、翔は笑顔で手を振り返し、直也は砂からもぞっと左手を突き出した。

「なぁ美咲」

「……なに?」

勇気はくしゃっと笑う。

「来て良かったな、海」

「うん……良かったね」

「さぁて、そろそろ帰りますかね」

じゃぶじゃぶと水をかきわけて岸に戻っていく勇気。

美咲はほんの少しの間だけ、ゆるやかに揺れる波の中沈んでいく真っ赤な太陽を見つめていた。



ガタンタタン。

帰りの電車がどこか行きの電車よりも優しく揺れる。

それはまるで揺りかごのようで、勇気と翔、そして美咲は眠っていた。

「…………疲れたな」

街の灯りを覗き込みながら頬杖をつく直也。

陽に焼けて赤くなった自分の顔を見て笑う。

「…んあ、来年も海行こうなぁ……」

「ユキ!起きてたのか……って寝言かよ」

すやすやと眠る勇気を見て直也はぷっと吹き出した。

そして優しい表情で美咲を見る。

「こいつは何で昔からこう無理な状況のやつばっかり好きになるのかね……

今のユキは沙織ちゃんしか見えてないのにさ」

隣で幸せそうに寝息をたてている美咲のおでこを人差し指でコンと小突く。

「……んんー」

すると美咲が唸ったので、また直也は窓に肘をつき、頬杖ですっかり暗くなった空を見た。

「もうちょっとで2学期か……早いもんだなぁ」



直也の呟きを飲み込んで電車はゆっくりと走っていく。

夜までなき続ける蝉の声が響き渡る。

温かな風も心地好くて、2人で見たオレンジの光と波の音が、美咲の中でいつまでも響くのだった。

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