後宮の女医 明明

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第一章 女官の流行り病

第2話 出会い

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「尋問するわけじゃないわ。ただ、どうしてあんなことをしたのか知る必要があるの。」
 幼い患者にむけるようなにこやかな笑み浮かべて、莉莉の警戒心を解こうと試みる。これは心理学にも通じている技法だ。
 実際、彼女に対して恨みも憎悪も嫌悪もない。ただ、すべきことをするという使命感と、興味だけだ。(9割興味)
「それは...復讐も兼ねているのよ...」
 観念したのか、莉莉は抵抗する素振りはやめて、やっと少しずつ話してくれた。
「冷めていく私たちの関係を笑う他の同僚達にも不幸になってもらわなきゃ、割に合わないじゃない。だから「だから全員が死ぬ、半ば心中方法に手を出した訳か」
 割り込んできた武官の言葉に、こくん、と小さく頷いた。
 日が傾いたせいで、小さく空いた穴から入ってきた光は莉莉を照らす。
「小鈴...」と小さな声で愛しい者の名を呼ぶ彼女の頬には、一筋の涙がつたっていた


「美月...おはよ」
「あれっ!明明!?貴方1人で起きれたの!!?」
「サラッと失礼なこと言うわね...」
 ふわぁ...とのんびり大きな欠伸をする明明は、珍しく1人で規則正しい時間に起床した。
「びっくりしたよ~昨日げっそりした顔で帰ってきたと思ったらそのまま牀に倒れ込んで寝てるんだもの!」
 一連の事件が解決して落ち着いたら、疲れがどっと出てきていつもより早めに就寝したため、朝は早く起きることが出来たのだ。
 気絶するように寝たので、本当に寝たのか気を失っていたのか分からないが。
「そういえば、昨日貴方が寝たあと女官長の菊花(ジュファ)さんが来られたわ。これをあなたにって」
 はい。と差し出す美月の手には1枚の紙がある。
 しかし、紙はとても貴重なもので、そう気軽に使えるものでは無かったはずだ。しかも、女官長を通してまで下級女官の私に伝えたいこととはなんだろうか。
(もしかして昨日の事件でのお咎めが…?!)
 ダラダラと冷や汗をかきながら顔を真っ青にしているというのにそれに気が付かない美月は「何が書かれていたの?!」と目をきらきらさせて急かしてくる。
 美月にはたまに私が文字を文字を教えているが、流石にまだ所々しか読めなかったらしい。本来、文字を読み書きできる人の方が少ないのだから、よくやっているほうである。
 とりあえず読んでみると、意外にも叱られるようなことは書いていなかった。が。
「この便りを読んだら桃妃の元へ向かいなさい……」
 これから叱られる可能性があるのか!!
「凄いじゃない!きっと昨日の事件の事で褒めて貰えるのよ!貴方のおかげで桃妃様の侍女も回復出来たんだから!」
 それはそうだけど…と口ごもる。なにせ美月は、[診察]のことは何も知らない。
 ため息をつきながらも立ち上がった。
「取り敢えず、行ってくるわ」

 何も無いといいけど…


 桃妃は4人いる上級妃の1人で、私の位では通常お目にかかれない。
 ただ、最近は帝の寵愛をあまり受けておらず、後宮の奥深くにひっそりとお住いしていると聞いた(もちろん美月から)。
 私のような位の低く、まだ後宮に来て日の浅い者は特別誰かの元について世話をするのではなく派遣制であり、あちこち行き来していたが桃妃の所へ派遣された同僚は見たことがなかった。
 誰から送られたかも分からない便りを、診療録のように持って向かう。
 道中、後宮にもあったんだというような珍しく美しい花や薬草が生えており、帰りにちょっとだけ摘んで帰ろうと決めた。
 さらに進むと生い茂っていた木で隠れていた大きな建物にたどり着いた。
「ここが鈴華宮…」
緑に囲まれ美しい花々の中に圧倒的存在感を醸し出している。
花の妖精でも現れそうな雰囲気だ。
「女官の明明様でございますね?」
「ぎゃぁああぁああ!!!」
現れたのは妖精ではなく、背後からヌッ…と出てきた老婆だった!
(心の臓が爆発するかと思った…!)
肝が据わってると知られている私でもぼけ~としていて急に話しかれられたら驚く。
「桃妃様からお伺いしております。中へご案内致しますので、どうぞ。」
まだバクバクとしている心臓を抑え、「昨日の武官ならまだしも何故桃妃から?」と考えたが、まあすぐにわかるか。とすぐに切りかえ、老婆の後をおった。
「わたくしのことは蘇(スー)とお呼びくだされ。」
「はい。蘇さん」
聞いたことがある。桃妃が後宮に来てからずっと世話をしている側近で、一時期ほかの侍女の教育にも携わっていたのだとか。とても優秀な人らしい。
大きいとは言っても、後宮の建物にしてはさして広くもない宮を進めば、すぐに目的地までたどり着いた。
お客様をお連れしました。と声をかけ、蘇さんが扉を開ける。ん?お客様??

蘇さんが重い扉を開けた途端、ここの主であろう者の声が響く。
「良くぞ来てくれた!我が鈴華宮へ!」
ここの…主……????
今のってどう考えてもここの主である桃妃の言うセリフである。
しかし、目の前にいるのは「さあ、こちらにおいで!」とばかりに豪快に腕を広げている ‪”少年”‬ だ。
目は大きくキリッとしており、薄らとだが上品な化粧もしているようだ。簪で一つの束にした茶髪を頭の上から垂らしている。この間あった武官と同じように袖がピッタリと腕に沿っている動きやすそうな、それでいて品のある明らかに貴族の服であると分かる。
桃色の瞳と同じ色の服を纏った‪”‬少年‪”‬は未だにぽかん…としている明明を見ては、吹き出してから話し始めた。
「ああ、すまない。この出で立ちだから混乱するのも無理は無いが、私が桃妃だ。」
えっ

「えええええええええぇぇぇぇ!!!!」

あっはっはっは!!と腹を抱えて豪快に笑う桃妃様はとてもじゃ無いが妃らしさの欠けらも無い。どちらかと言うと『おてんば王子』といった印象だ。
慣れているのか、蘇さんは何も言わず桃妃様の斜め後ろで静かに佇んでいる。
(蘇さんでもあの人を窘められなかったのか…)
そんなことを考えていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
これは男の声だ!しかも私はこの声を知っている。
部屋の仕切りの奥から背の高い“男性”が出てきた。
「やっぱり貴方もいらしていたのですね」
「そんな冷たい言い方しないで、もっと感動の再開とかが良かったなぁ」
にこにこと満面の笑みを浮かべながらこちらへ来る人はあの時の武官。
(やっぱり何か余計なことを…ッ!)
私は身分が低いため、上級妃である桃妃の前で逃げ出すことなどできない上、手紙の件もあって恐らくこの2人はただならぬ関係にあり協力しているのだろう。
だとしたら本当に逃げ道は無い。
女官が独断で他の女官を罰していたとなればいくら他の患者の為とは言えど罰は免れられないだろう。
「申し訳ございませんでした!!」
先に謝って穏便に済ませたい思い一心で精一杯の謝罪をした。うん。帰りたい。
しかし、2人はぽかんとした顔で「何を言ってるんだ?」と問うている。
すると武官が説明し始めた。
「私がお前をここへ呼んだのは別に説教する為ではない。」
「では何故…?」
「お前の能力を買ったからだ。」
は???
うんうん。と全力で頭を前後させている桃妃様を横目に私の頭には疑問符が残る。
すると今度は桃妃様が説明。
「実は私の女官も例の事件で伏せてしまっていてね…原因を調べていたんだが、手を焼いていたんだ」
そこで、と一区切り置いて持っていた扇子を閉じて指して来た。
「私の女官の‪”フリ‬‪”をした君を知ったんだ。‬」
「うっ、その件は申し訳…」
「まあよい。で、何故知ることが出来たかと言うとなんとなんと!君が話しかけたとこに伏せた女官こそが私の女官だったからだ!」
楽しそうに「凄くない?」と目をキラキラさせている所悪いが、私は今目が死んでいると思う。相手が悪ければ死んでいた。もっと慎重になろ。
「彼女の名は春花(チュンファ)。仕事熱心な彼女が、知らない同僚に気が付かない訳もなく、様子を見に来た私にそのまま報告してくれたんだよ。」
「で、さらに私にまで相談したんだ」
なるほど。なんとなく見えてきた。
武官は桃妃様に相談さらて、不審に思った私を調査してやろうと後をつけていたのか。
「本当に感謝しているんだ。大切な女官達が次々と倒れてとても心配していたんだ。だから、その礼がしたくて!」
「武官の私があのまま貴方を連れていったら、不埒な勘違いをする輩もいるでしょうから、仕方なく後から 彼 に手紙を代筆してもらい、菊花殿から貴方へと渡るよう手配しました」
そんなことがあったのか…と他人事のように感じてしまう。
しかもこの武官桃妃様のことを‪”‬‪彼”って言ったわ。無礼すぎるでしょ。‬
とにかく今日は疲れた。早く帰りたい。
「あの…用件は以上でしょうか?」
「「待った!!!」」
台パンかましながら声を揃えて呼び止める。つくづく身分が謎である。


「私の補佐になって欲しい!」


はぁ?????

桃妃様の言うことを理解するのには時間がかかりそうだ。

そして武官。腹抱えて笑うんじゃない。針打つぞ。、



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