後宮の女医 明明

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第一章 女官の流行り病

第1話後宮の謎解き女医

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 ドタドタドタ!!
 朝から騒がしく屋敷を駆け回る音が響く。
 何せ流行り病のせいで患者がひっきりなしに来るのだ。病室と治療道具の保管場所を何往復もし無ければならない。
 医者である者からすれば稼ぎ時でもあるが、大忙しである。
「明明先生!次の患者さんが待っています!」
「え?!もう!?16歳の娘がする量の労働じゃないわよ…」
黒曜石のように美しい黒髪は、左右の高い位置でお団子に結われ、肩に届くほどの三つ編みを髪をまとめた布から垂らしている。
少し蒼紫が混ざった黒い瞳をもつ美少女。
 そう、私、明明は16歳にして医者になった若き天才女医である!

 が、

 現在後宮で洗濯の雑用中です(泣)
 トホホ…


「明明!早く起きなさい!朝よ!」
「んがー…美月(メイユェ)?」
 すぴー…と寝息を立てて二度寝を決め込み、もう一度布団に潜った。
が、
「ちょいちょいちょい!いい加減起きなさいってば!」ともう一度叩き起される。
 後宮へ来てから3ヶ月、未だにこの朝起きの習慣は身につかない。
 だが早く準備をしなければ朝餉を抜かれてしまうため、同室である美月に起こしてもらっている。ありがたや。
「そういえば、貴方体調は大丈夫そう?」
「え?別に何も無いわよ?」
 朝餉の饅頭を頬張りながら朝の情報収集は最近のお決まりになっている(但し、美月が勝手に喋るだけ)。
「最近、流行病で次々と女官が倒れているのよ。昨日に至っては、下女が20人くらい!桃妃の侍女が1人働けない状態になったりらしいわよ!」
「そんなに?よっぽど深刻なのね…」
 (…おかしい、いくら流行病でも私が知らないうちにそんな短期間で広まるものなの…?)
 病に瀕する同僚を案じるフリをしながら話を聞く
 暇つぶしにはなりそうね…!


 まずは情報収集!!!
 別に病人を助けたい訳じゃないけど、私がかかるのは嫌だし、医者の血が騒ぐからね!
 ほとんど興味本意だけど!
 現在巳の刻(朝十時)。この時間は下女が洗濯で大忙しな時間だ。そんな中、申し訳ないが、美月に私の仕事を任せ、病にかかってしまった女官の様子を見に行った。
 途中、何組かイチャついている女官達を見かけ、こんな奴らがいるくらいだしマシかと思えたのが救いだ。
 扉を開けると、湿気がある何とも言えない空気とにおいがした上に、床には二十人以上にもなるであろう病人がいた。
 薄い布の上にただ転がって苦しんでいる様子はなんとも痛ましい。なのに大した看病をしている気配もない
 (こんな劣悪な環境だと…治るものも治らないわ…)
 辛うじて症状がマシな人を見つけ、病気にかかった経緯を調べることにした。
「ねえ、そこの貴方大丈夫?」
 とびきりの笑顔のいかにも「味方ですよ」感を出しながら話しかける
 この人は見たところ、そこそこ地位のある女官だろうか?病でやつれていなけれぱかなりの美人だろう。まつ毛は長く、鼻も高い。ハッキリとした顔立ちである。
 彼女は少し虚ろな目をこちらに向けて口を開いた。
「貴方は…?」
「私は桃妃の侍女で、ここに来る前は医者でした。流行病の噂を聞き、貴方たちを看病しに来ました。」
 警戒されないために咄嗟に嘘をついてしまったけど…病人のためだということにしておこう。うん。
 それにここではは自分の能力をあまり知られたくない。確かに、仕事を与えられて今より良い生活は出来ると思うが、下手に目立つと、後宮の女達から要らぬ喧嘩を売られそうだからだ。
 虚ろな目をした女官はぱっちりと目を見開き、一瞬何を言おうと迷ったようだが、少し安心したように表情を和らげた。
「いつ、どこで、どんな風に過ごして病にかかったか心当たりはありますか?」
「そうね…一昨日、久しぶりに下女達が使っている部屋の点検と掃除をしていたの。いつもと違う仕事場だったからか、そこで病気をもらったのかもしれないわ。結局、あまり掃除も出来なかったけれど…」
 酷くゆっくりな口調だが、突然の出来事に動じず明確に質問に答えられた。こういう患者は好ましい。
「ありがとうございます。少し部屋の様子も見てきます。」
 早速有益な情報を得て、「私ってば運がいい!」と、鼻歌を歌いながら病室を後にする様子を見た多数の目撃者に不審に思われたことには今の明明には気が付かなかった。
 そして、それが明明の運命を大きく変えるきっかけになるとも知らずに…

 明明は宮女であるため、使ったことがないが、これを機にちょっと見学するか、という感覚で足を運んだが、入った途端、絶句した。
 カビ、臭い、湿気、日当たりが悪い、隙間風が多くて冷える、暖を取る為か散らかっている薪や葉、汚れまくりの布団。
 (よくこれで生活できたな…)
 だが、これは下女達が衛生的な生活が出来ていないということになる。自分たちの身の回りを整理する時間が無いほど忙しいのだろう。
「仕方ない。私が掃除してやるか」
 これ以上人手が減っては困るので、病人が増えないよう、最大限の努力で部屋の改善を行うことにした。
「美月!いるんでしょ?手伝ってくれない?」
「はーい!!」
 部屋の窓からぴょんっと元気よく入ってきた美月は、明明を尾行するためにこっそり隠れていたが、明明はこんなことだろうと直ぐに見破った。
 まあ、人手が増えるのは非常に助かる。利用出来るものは利用するのが私のやり方だ。
 それからはひたすらだった。
「先ずは、窓を全部開けて空気を入れ替えて!布団も全部洗うわ!それから…」
「明明!ここはどうすればいい?」
「明明ちゃん!」
「小明!」

 (つ…疲れた…!)
 美月や他の同僚の協力もあってか、作業は思っていた以上に進んだ。最初見た時とは想像もつかないほど見違えただろう。衛生状態もこれで問題無いはずだ。
「それに、1番の原因もわかったしね!」
 掃除して気づいた。やっぱりこれは流行病なんかじゃない。
 意図的に仕組んだ、策略だ
 (でもどうやってこれを伝えよう…)

 明明達の功績により、下女達の生活の質は格段に上がり、それ以降、体調を崩す者はいなくなった。
 1人を除いて。
「んんーー!!!!んーっ!!!」
 後宮の隅にある小さな小屋で、ガタガタと誰かが暴れるような大きな物音がする。
   薄暗いジメジメとしたそこでは2人の人物がいた。
「体調はどうかしら?これでも私医者だから、患者の体調を見極めるのには慣れてるのよ。ねぇ?莉莉(リーリー)?」
   原因がわかり、取り敢えず情報を提供してくれた女官に話して、この莉莉以外の人は看病した。が、
莉莉こそが流行病の元凶だったのだ!
下女達に聞き込みなどをして調査した結果、部屋を温めることを名目に、毒性のある草木を燃やして毒ガス部屋にしていたのだ!
だから明明は小さな裁判をかけていた。
暗い部屋中央で椅子に座らせた莉莉を縛り、口にあて布をして拘束している。
あて布を外してやると、莉莉は震えながらも話し出す
「貴方達が使ってる下女達の部屋にあった、この枝と葉がどういう作用を起こすか知ってる?」
「しっ…知らないわ!そもそも、あんたなんかになんでこんなことされなきゃならないのよ!?」
だが、自分が今話している相手が医者であり、葉と枝の効果を聞かれたことでおおよそ自分が置かれた立場を理解したようだ。やはり、意図的に起こした事件だということが確信できた。
声も体もガタガタと酷く震えている。たまにいる病気に怯えて上手く話せない患者を思い出した。こういう人は苦手だ。少しはあの情報提供女官を見習って欲しいと、こんな状況で願ってしまう。
明明の大きく、吸い込まれそうな目を全開にして圧をかける。
その圧に耐えかねたのか、また震えながら口を開いた。
「っ…だって!!あの女が私以外の人を見るんだもの!!」
は?
「えっと…?」
私は枝と葉の毒性を聞いただけなのに。よっぽど混乱してるのか知らないが、勝   手に犯行動機を自白してくれた。
「私たちは愛し合っていた!!それなのにあの子は、最近よく来る文官に惚れたのよッ!そんなの許せないわ!」
「なるほど。つまり、君は彼女が他の人に取られたのが、愛する人を殺してしまいたくなるほど気に食わなかったんだね。」
突然、凛とした、低い男の人の声がした。
バン!!!と大きく扉が開く。
高く結った深い漆黒の長髪が風に靡き、前髪のひと房と瞳は血のように紅い。
背が高いが体はどちらかというと華奢で、服も身体にぴったりとした動きやすい身なりなので体の線がわかりやすい。
何よりこんな湿った場所でも輝いて見えるほどに顔がいい。中性的な美しさがある顔立ちである。
(こんな場所じゃなければきっとときめいていたかもしれないわね…)
 突然の出来事に明明も莉莉も固まった。
「あなたは誰で…「コイツよッ!!!!」
 明明が冷静に突然出てきた男の正体を探ろうと質問する途中、莉莉は顔をこれでもかと言うほど真っ赤にして叫んだ。
今にも噴火しそうである。
「この男が彼女を奪ったのよ!!この男が元凶だわッ!!!!」
「私がいつそなたの恋人を奪った?別にそそのかした訳でもないというのに…」
グッ…と悔しげに唇を噛む莉莉に対してこの武官はえらく落ち着いているどころか、楽しんでいるようにも見える。
(一体どういうこと…!?)
 コツコツと足音を立てて、椅子に縛り付けられている彼女の周りを回る彼は何を考えているのか分からない。
 素性が分からぬ以上、下手に出たくはないが、このままでは埒が明かないため、明明は尋問…いや、質問の再開をする。
「では何故わざわざあなた達大勢がいる部屋であんな大掛かりな犯行をしたんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを問うと、「その通り」と、明明に便乗してまたしてもこの武官に遮られてしまう。
「彼女一人だけを狙うつもりなら、料理に毒を入れるでも、誰もいない場所でこっそり殺して埋めるでもできたでしょう?」
ここみたいな場所とかね。という武官の顔はにっこりと笑っているが、莉莉は恐怖しか感じないらしい。
それもそうか。要するに「ここなら今殺しても誰にも見つからない。いつでも始末出来るぞ」と脅迫を受けたにも等しい。
本当にこの事件をどこまで知っているの…?
明明の意を察してか、こちらをチラ見して、ニコッと満面の笑みを浮かべ、片目を閉じて「合わせて?」とでも言いたげな表情をした。
(それなら、今は何も聞かないで協力するわ!)

 互いに正体を隠した女医と武官が、これからも起こる後宮の謎を解決することとなるきっかけになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。


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