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第一章
居場所
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生意気二人組に案内されたのは多くの部屋が並ぶ廊下の突き当たりに位置する部屋だった。
どこから来たかはいまいちわかっていないが、二階だということだけは理解している。
「ここがおまえの部屋らしい」
ディルに鍵を渡され、シャーロットは部屋の鍵を開ける。
扉の取っ手を引くと、そこには広い空間が広がっていた。
「うわぁ…!」
部屋は白が基調だった。窓際の天蓋付きのベッドに青のカーテン。
隅に据えられたクローゼットには小ぶりな花が刻まれ、とても可愛らしい。部屋の中央のテーブルには曇りガラスの花瓶があり、綺麗な薔薇が生けてある。
なんと部屋の右手にはそこそこ広さのある浴室もあるようだ。
「本当にここがわたしの部屋なの?」
嬉しくなり、シャーロットは二人を振り返って尋ねた。今まで色々な部屋を使ってきたが、ここまで豪華なのは初めてである。
「おう、ここはミーねえが準備したんだ。俺の部屋はここの三つ手前の左側だから」
「俺も三つ手前!右側な!」
「ディルが左で、ディムが右ね?わかった、覚えとく」
この屋敷の中で一番落ち着くことができ、自由な場所。その場所となる自室が快適なのは働く者にとってありがたい。
「あとでミータさんにお礼言わないと。どこに行けば会えるかしら…」
そもそも仕事の内容についても説明されていない。このまま自室にいればいいのか、それともどこかに行き、自分で仕事を探せばいいのか。
「んー…多分ミーねえここに来るからその時言えば?」
「そうだな。それが一番確実だな」
シャーロットは首を傾げた。
「どうしてミータさんが…」
「ミーねえ楽しみにしてたからな。やっと女の子が増える!って」
ディルが笑いながら言うと、ディムは大きく頷く。
「言ってた言ってた。男ばっかで嫌になるとか、わたしが面倒見る、とか」
「…ここって、女の人少ないの?」
尋ねながら、シャーロットはドラムト村を思い浮かべた。
「まずミーねえだろ、あと厨房に一人…いや二人いて…多分そんだけだな」
自分を入れてもたった四人。それも大組織ヴェリスト家に。
「少なくない?」
「まあここは他と違って強いやつが必要だからな」
「そうそう。女は力が弱くて戦えないから少なくていいらしい。ま、さすがに食事は男だけだと不安だったんだろうけど」
「へぇ……」
…ん?何か今、物騒な言葉が聞こえた気がする。
「待って、今戦うって言った?」
二人はというと、何を今更、とでも言いたげである。
「…じゃあ、ヴェリスト家には本当に裏の仕事があるのね?」
「「おう」」
即答。
ヴェリスト家に裏の顔があるというのは単なる噂ではなかったらしい。実は噂であることを、それはもう切に願っていたのだが。
しかも力がないから必要ないというのなら、自分はすぐに追い出される気がする。
だが募集要項に女性という条件がなかっただろうか。いや、あった。だから自分はここに来る羽目になったのだ。
「…あ、もしかしてあの使用人募集の紙を書いたのミータさん?」
「よくわかったな!なんか勝手に募集を始めたらしい」
「そっか、やっぱり…」
この広い屋敷だ。さすがに男ばかりが目に入る生活に嫌気がさしたのだろう。
女友達の少ないシャーロットには、なんとなくだがそれがわかった。
それはわかるが、ミータは組織の意向に反することをしたのだから、かなり自由な人なのかもしれない。
「あら、何をしているんですか?」
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お、噂をすれば」
「ミーねえ参上」
二人は背後を振り返り、シャーロットは顔を上げ、歩いてくるその人に視線を向ける。
微笑みながら首を傾げるミータに、シャーロットは駆け寄った。そして手を取り、美しい翡翠色の瞳を見つめながら断言する。
「わたし、辞めませんから」
ミータは驚いたように目を瞠り、やがてシャーロットの手を握り返した。
「あなたなら、わかってくださると思っていました」
十一歳の少年たちは女二人の間に謎の絆が生まれたのを感じた。
「…え、これ何?」
「俺たちいない方がいいやつ?」
ミータは何やら囁き合う二人を一瞥して言った。
「早く自室に戻って片付けでもしてください。また捨てられたいですか?」
「げっ!片付けるから何でもかんでもすぐに捨てるのはやめてくれよ!」
「か、勝手に入ってくるな!」
ディルとディムは口々に言いながらバタバタと慌てて部屋に入っていった。
その様子を見ながらミータがため息をつく。
「まったく…」
「ふふふ、なんか家族みたいですね」
笑顔で言うと、ミータは目を瞬いた。
「…家族、ですか…それなら、シャーロットさんも家族みたいなものですよ」
ミータが穏やかに微笑む。
部屋といい、言葉といい、この人はこの屋敷での居場所をくれた。あの生意気な二人の少年たちのように。
「…あの!素敵なお部屋を用意して下さってありがとうございます!」
「いえいえ、これぐらい当然ですよ。狭いですし、本当はもっと広い部屋を用意したかったんですけどね…」
「…!?」
ふざけているわけでも、ギャグでも何でもなく、彼女は真剣にそう言った。
箒を買い換えるという件でも驚いたが、ここの使用人はこの広さでも狭いというのか。
(価値観相違…)
住む世界が違うとしか思えないが、シャーロットは支えがまた一つ増えたことを嬉しく思うのであった。
どこから来たかはいまいちわかっていないが、二階だということだけは理解している。
「ここがおまえの部屋らしい」
ディルに鍵を渡され、シャーロットは部屋の鍵を開ける。
扉の取っ手を引くと、そこには広い空間が広がっていた。
「うわぁ…!」
部屋は白が基調だった。窓際の天蓋付きのベッドに青のカーテン。
隅に据えられたクローゼットには小ぶりな花が刻まれ、とても可愛らしい。部屋の中央のテーブルには曇りガラスの花瓶があり、綺麗な薔薇が生けてある。
なんと部屋の右手にはそこそこ広さのある浴室もあるようだ。
「本当にここがわたしの部屋なの?」
嬉しくなり、シャーロットは二人を振り返って尋ねた。今まで色々な部屋を使ってきたが、ここまで豪華なのは初めてである。
「おう、ここはミーねえが準備したんだ。俺の部屋はここの三つ手前の左側だから」
「俺も三つ手前!右側な!」
「ディルが左で、ディムが右ね?わかった、覚えとく」
この屋敷の中で一番落ち着くことができ、自由な場所。その場所となる自室が快適なのは働く者にとってありがたい。
「あとでミータさんにお礼言わないと。どこに行けば会えるかしら…」
そもそも仕事の内容についても説明されていない。このまま自室にいればいいのか、それともどこかに行き、自分で仕事を探せばいいのか。
「んー…多分ミーねえここに来るからその時言えば?」
「そうだな。それが一番確実だな」
シャーロットは首を傾げた。
「どうしてミータさんが…」
「ミーねえ楽しみにしてたからな。やっと女の子が増える!って」
ディルが笑いながら言うと、ディムは大きく頷く。
「言ってた言ってた。男ばっかで嫌になるとか、わたしが面倒見る、とか」
「…ここって、女の人少ないの?」
尋ねながら、シャーロットはドラムト村を思い浮かべた。
「まずミーねえだろ、あと厨房に一人…いや二人いて…多分そんだけだな」
自分を入れてもたった四人。それも大組織ヴェリスト家に。
「少なくない?」
「まあここは他と違って強いやつが必要だからな」
「そうそう。女は力が弱くて戦えないから少なくていいらしい。ま、さすがに食事は男だけだと不安だったんだろうけど」
「へぇ……」
…ん?何か今、物騒な言葉が聞こえた気がする。
「待って、今戦うって言った?」
二人はというと、何を今更、とでも言いたげである。
「…じゃあ、ヴェリスト家には本当に裏の仕事があるのね?」
「「おう」」
即答。
ヴェリスト家に裏の顔があるというのは単なる噂ではなかったらしい。実は噂であることを、それはもう切に願っていたのだが。
しかも力がないから必要ないというのなら、自分はすぐに追い出される気がする。
だが募集要項に女性という条件がなかっただろうか。いや、あった。だから自分はここに来る羽目になったのだ。
「…あ、もしかしてあの使用人募集の紙を書いたのミータさん?」
「よくわかったな!なんか勝手に募集を始めたらしい」
「そっか、やっぱり…」
この広い屋敷だ。さすがに男ばかりが目に入る生活に嫌気がさしたのだろう。
女友達の少ないシャーロットには、なんとなくだがそれがわかった。
それはわかるが、ミータは組織の意向に反することをしたのだから、かなり自由な人なのかもしれない。
「あら、何をしているんですか?」
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お、噂をすれば」
「ミーねえ参上」
二人は背後を振り返り、シャーロットは顔を上げ、歩いてくるその人に視線を向ける。
微笑みながら首を傾げるミータに、シャーロットは駆け寄った。そして手を取り、美しい翡翠色の瞳を見つめながら断言する。
「わたし、辞めませんから」
ミータは驚いたように目を瞠り、やがてシャーロットの手を握り返した。
「あなたなら、わかってくださると思っていました」
十一歳の少年たちは女二人の間に謎の絆が生まれたのを感じた。
「…え、これ何?」
「俺たちいない方がいいやつ?」
ミータは何やら囁き合う二人を一瞥して言った。
「早く自室に戻って片付けでもしてください。また捨てられたいですか?」
「げっ!片付けるから何でもかんでもすぐに捨てるのはやめてくれよ!」
「か、勝手に入ってくるな!」
ディルとディムは口々に言いながらバタバタと慌てて部屋に入っていった。
その様子を見ながらミータがため息をつく。
「まったく…」
「ふふふ、なんか家族みたいですね」
笑顔で言うと、ミータは目を瞬いた。
「…家族、ですか…それなら、シャーロットさんも家族みたいなものですよ」
ミータが穏やかに微笑む。
部屋といい、言葉といい、この人はこの屋敷での居場所をくれた。あの生意気な二人の少年たちのように。
「…あの!素敵なお部屋を用意して下さってありがとうございます!」
「いえいえ、これぐらい当然ですよ。狭いですし、本当はもっと広い部屋を用意したかったんですけどね…」
「…!?」
ふざけているわけでも、ギャグでも何でもなく、彼女は真剣にそう言った。
箒を買い換えるという件でも驚いたが、ここの使用人はこの広さでも狭いというのか。
(価値観相違…)
住む世界が違うとしか思えないが、シャーロットは支えがまた一つ増えたことを嬉しく思うのであった。
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