ヴェリスト家のシャーロット

水廉

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第一章

決意

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シャーロットが名乗ると、二人は顔を見合わせて怪訝そうな表情を浮かべた。

「…ドラムトムラ?それって呪文?村なの?聞いたことないや」

「俺も…でも新入り村娘だし、小さくて地味で人が少ない村なんじゃねえの?」

「あっ、なるほど!それなら知らなくて当然だな」

二人は本当に知らないらしく、笑いながら適当なことを言ってくれている。

そしてそれは、悲しいことに当たっている。

「…ディム、あなたさっきから地味地味うるさいわよ」

「え?何のこと?」

あらぬ方を向いて口笛を吹きながら、ディムは逃げ道をつくるかのように門を開けた。

キイという高い音とともに、黒い門が開く。それによって先程より屋敷が近くなったように感じる。

シャーロットは思わず息を呑むが、ディムは躊躇いなく中へ入って行った。

(…ここは広い。今まで働いたどこよりも)

感心の対象だった屋敷が、急に大きな化け物のように見えてきた。

大きくて広くて華やかで、自分とは世界が違う。おそらく中も、煌びやかな調度品が並んでいるのだろう。

今まで働いたところもそうだった。

演奏家として、掃除人として、あるいは今回のように使用人として、村長は金持ちの貴族に自分を送ったのだった。

ーーあなたが新入り?貧乏臭いわね

暮らしている人は皆おしゃれで、貧しくて小さな村で育った自分はよく馬鹿にされたものである。

哀れみや軽蔑、あざ笑うかのような眼差しにもひどい仕打ちにも耐えた。

昔から厳しい生活をしてきた自分にとって、耐えることは得意だったからだ。

それだけが取り柄だったので、それを失って挫けてしまっては何も残らないではないか。

(…だからどこだろうと、やっていく。村や、病と闘うラースのためになるのなら)

しかしそうは思っていても、毎回新しい屋敷に着くたび、門の前で立ち尽くしてしまうのだった。

無意識に一歩退きそうになったとき、ディルに服の裾を引っ張られた。

「おまえビビってんの?なんか泣きそうな顔してる」

シャーロットは何度も目を瞬き、ディルを見つめた。

「……え?」

そんな情けない表情かおをしていたのだろうか。

「……まさか、そんなことないわよ。ちょっと考え事してただけ」

シャーロットはいつものように強気に言い切った。ディルの一言で恐怖は消え去り、化け物もただの立派な屋敷に戻っている。

「ふうん?じゃさっさと入れよ。とりあえず庭、案内してやるから」

そう言ってシャーロットの荷物を持つと、先で待っているディムの元へと向かって行った。

そして二人は声を揃えて大声を出す。

「おーい!シャーロットー!早く来ーい!」

シャーロットは名前で呼ばれて驚いたが、すぐに微笑んだ。

「…最初に会ったのが、あの二人でよかったかも」

村娘とは言いながらも、そこに軽蔑の意思はなかったように思う。遊ばれた感じはするが普通に新入りだと認めてくれた。

それはこの先、自分の支えになるだろう。

(この先何があっても逃げない)

シャーロットは二人の元へ走り出した。



六年間使用人をしているというだけあって、彼らは広い敷地内を知り尽くしていた。

植えてある木や花、池に泳ぐ魚の種類。どの季節に何がどこに咲くのか、それさえも知っているのだった。

一番多くの種類の花が咲き乱れている場所に着くと、ディルが奥にあるガゼボを指差しながら小声で言う。

「あそこはシュラ様のお気に入りの場所なんだ。勝手に近づいたら怒られるから、気をつけろよ」

「シュラ様は怒らせると怖いからなぁ…下手したらクビが飛ぶ」

ディルは真剣な表情を浮かべながら、ディムは自分の首を切る真似をしながら言った。

「…えーと、そのシュラっていう人がヴェリスト家の当主なの?」

思ったことを尋ねると、二人は信じられないとでも言いたげな顔をした。

「おまえ、シュラ様を知らないのか!?」

「有名だぞ!?なんとかっていう影の薄い会社を大会社にまで導いた人なのに!」

シャーロットはいまいちわからず、首を傾げた。

「そうなの?ヴェリスト家が厄介で危険で裏表のある組織っていう噂は聞いたことあるけど…結構すごいのね」

シャーロットは感嘆の声をあげた。

表の仕事により地位が上がっているというのは事実らしい。

裏の仕事の真偽も、知ることになるだろうか。

「おまえ、それでよくここで働こうと思ったな…」

「ほんとにな…地味女、頭悪いんじゃねえの?」

「うるさい!そもそも、今ここにいるのはわたしの意志じゃないんだから」

二人はまたもや唖然とする。

「…おまえ絶対シュラ様に会わない方がいい」

「うん、会ったらクビで済まない、殺される」

「殺さ…え!?こ、怖いこと言わないでよ!」

シャーロットは真に迫った二人の言葉が冗談ではないと悟り、焦りだした。

「さーて、次は屋敷を案内してやるか」

「固まってないでついて来いよ」

先程の決意もなんのその、正直回れ右をして帰りたくなったが、進むしかない。

一気に重くなった足を引きずりながら、シャーロットは二人の後をついて行くのだった。
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