ビハインド

さいだー

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3-11

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「流石でした。完敗です」

 先ほどの対戦を称えながら手を差し出してきたのは、後輩の清水だ。
 正直、俺の力だけで打てたわけではない。
 みんなの。やすみの後押しがあって生まれた一打だと思う。俺は手を出すつもりはなかったのだから。

「おっ、おう」

 清水と握手を交わしたのとほぼ同時に審判役の後輩が声を張り上げる。

「両者礼!!」

 ホームベースを中心に向かい合ったOBチーム、後輩チームの面々がお互いに礼をして


「ありがとうございました!!」

 両軍合わせた二十数名の、お互いを労う挨拶が校庭にこだました。

 


「涼君!!凄かった。本当に凄かったよ!!スッゴいカッコ良かったよ!!」

 試合を終えた俺の元に駆け寄って来たのは喜びのあまりに語彙力をなくしたやすみだ。

 その表情から、やすみの言葉に嘘、偽りなく喜んでくれている事がよくわかる。
 ……しかしカッコ良かったと面と向かって言われるのは少し照れ臭い。

「いや、はははは」

 どう答えて良いのかわからず、適当に笑う事しか出来ない。

「なーに照れてんんだよ。今日のヒーロー」

 なんて言いながら俺とやすみの間に割って入って来たのは、泰明だ。

「いや、別に照れてなんて」

 嘘だ。かなり照れていた。今まであんまり誉められた事がなかったから、いや違うな。やすみに誉められたからだろうか。


「嘘付けよ。鼻の下伸ばしちゃってよ。ね?やすみちゃん?」


「うんうん。たしかに鼻の下が伸びすぎて、変な顔になってるよ」

 この試合の間だけで、やすみと泰明はかなり打ち解けられたようだ。
 泰明の事を毛嫌いしていたのがまるで嘘のようだ。

 たくさんの人と交流を持つようになる。
 きっと、これもやすみの気持ちを変えていく上で必要になってくる事、良い兆候だ。

「ふん。余計なお世話だ。元々変な顔なんだよ」

「はははは。涼君拗ねてるー」

「別に拗ねてなんか……」

「いや拗ねてるね。昔から涼は照れやだからな」

「おい、泰明」

「おっと怖い怖い。じゃあ監督に挨拶とかもあるし邪魔者は退散させて貰うよ」

 泰明はイタズラな笑みを浮かべ、顧問の居る方角を指差した後、そちらに体を向ける。そして、三歩ほど歩いた所で立ち止まり

「あと、この後時間ちょっとあるか?」

「なんだ?俺は大丈夫だけど、やすみは━━━━」

 言い終える前に、泰明が遮るように告げる。

「いや、涼だけで良いんだ。ちょっと大事な話がある。やすみちゃんとの用事が終わってからで良いんだけどさ。校舎裏で待ってるから」

「俺だけ?ああ、わかった」

「じゃあ、また後でな」

 言い終えると、駆け足で顧問の元へと向かって行った。

「涼君さ、友達居ないようなこと言ってたけど、ちゃんと居るじゃん。私、安心したよ」

 やすみは去る泰明の背中を眺めながら、少しおばちゃん臭く、腕組みをし何度か頷きながら言った。

「友達ね……で、この後やすみはどうする?送って行った方がいいなら、ちょっと待って貰う事になるけど?」

「あー、それなら大丈夫。お母さんが迎えに来てくれるから。涼君はいなくなる人間より、一緒に歳をとっていく人を大事にした方がいいよ」

 その言葉、仕草から嘘は感じられなかった。どこか晴れやかにも見える。

『なんだよそれ?』そう、言おうとしてやめた。
 あくまでも俺は、やすみの残りの人生に関わる権利を貰ったに過ぎないんだ。
 やすみからしてみれば俺のしようとしている事は、裏切り行為に他ならない。

 声にしようとした言葉を失って、手持ちぶさたになった唇が、さみしさを覚える。

「どうしたの?変な顔して?」

「さっきも言ったけど、変なのは元からだ」

「そんなことないよ。涼君はカッコいいよ」

「……それにどう返せと?嫌味にしかならないだろ」

「ははは、そーかもね。……あんまり待たせるのも悪いから、早く行ってあげた方が良いんじゃない?」

「やすみの迎えが来るまでは俺もここにいるよ」

「それなら大丈夫!お母さんずっと、この近くで待ってるみたいだから、ん」

 ほんの一瞬の事だったのだけど、顔をしかめたように見えた。それは気のせいなのかもしれない。でも、それを見逃す事はできなかった。

「大丈夫か?」

「ははは、ちょっと今日は興奮しすぎちゃって疲れちゃったみたい」

「疲れたって……やっぱり、やすみのお母さんが迎えに来るまで俺もここにいるよ」

「んー、大丈夫。すぐ来るから。待たせちゃ悪いよ。早く行きなよ」

「いや、でも……」

「いーからいーから。ねっ?座ってれば大丈夫だから」

「それでもしなにかあったら……」

「本当に大丈夫だから。お願い。早く行ってあげて」

 拒絶ともとれるやすみの言葉。
 どんな思いで口にしたのかはわからないけれど、少し冷たく感じられる声色のせいもあって従うしかなかった。

「……わかった。ただもしなんかあったら回りの誰でもいいから声かけろよ」

「うん」

 一言だけ返事を返したやすみは笑っていた。どこか寂しげにも感じられる笑顔で。
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