ビハインド

さいだー

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 自分でも奇跡と思うほどのデキ。
 後輩達が俺に、忖度をしたのではないかと思う程の快投だった。 
 二者連続三振で、なんとかピンチは切り抜けられたのだ。

「涼、ナイスピッチ。やればできんじゃん」

 日影に先に戻っていた泰明が、俺の頭を小突く。

「ありがと。でも負けてるからな。俺のせいで」

「そう卑屈になるな。みんな!ちょっと良いか。集まってくれ!やすみちゃんも」

「えっ私も?」

「うん。やすみちゃんも。マネージャーなんだから当たり前でしょ」

 泰明の指示でが、泰明の周辺になんとなく雑多に集まる。

「おいおい。違うだろ。忘れたのか?丸くなるんだよ。やすみちゃんは、その真ん中」

 九人が円となってやすみの周囲を囲んだのを確認すると、一つ頷き泰明は深く深呼吸をしてからこう叫んだのだ。

「こんな可愛い子が見に来てくれてんのに、こんな不甲斐ない試合で良いのか!?」

 唐突に発せられた大声に驚いたのか、やすみは目をしぱしぱと瞬かせている。

「おい!返事はどうした!?涼!」

「え?俺?」

「『え?俺?』じゃないだろ!!返事は!?」

 返事ね……こんな不甲斐ない試合で良いのか?そう聞かれたのなら答えは簡単だ。

「良くない!」

「うん。そうだろう。浜田は!?」

「……いいわけ、ないわな」

「そうだろう。大橋は!?」

「良くない……と思う」

 泰明は時計回りに同じ質問をしていく。もちろん八人全員が『良くない』と答えた。


「うん。うん。みんなそう思ってるんだな?」

 泰明の問いかけに俺を含めた全員が頷く。

「よっしゃ!!やすみちゃんにみんなで勝利をプレゼントするぞ!!涼、なんか一言」

 今まで、俺の事なんか誰も見ていなかったのに、全員の視線が俺に注がれていた。

 きっと頭の良い人は、みんなを鼓舞するような気の効いたセリフが言えるんだろう。
 けれど気の効かない俺の脳裏に浮かんだ言葉は一つだけだった。


「みんな!!俺を、俺を男にしてくれ!!」

 今まで俺を無視していたチームメイト達が、どっと沸いた。

 やすみは顔を真っ赤にして俯いている。

「おいおい、高木?真っ昼間っから何を言い出すんだよ」

 腹を押さえながら突っ込んで来たのは浜田だ。

「いや、別に、そんなつもりで言った訳じゃ……」

「冗談だよ。よし、みんな高木の為にもやすみちゃんの為にも追い付いて、逆転するぞ!!」


「「「「オー!!」」」」

 高い高い夏の終わりの大空に、俺達の雄叫びはどこまでも響いていた。

 


 先頭の大橋は、十球も粘ってピッチャーゴロ。
 続く大枝も気迫でなんとか食らいつき七球粘ってショートゴロも、かなり球数を投げさせられた清水は呼吸を乱し、肩で息をするようになっていた。

 そのせいかコントロールを乱した清水は、柴田にフォアボールを与えると、続く阿部には甘く入ったチェンジアップをすくいあげられセンター前ヒット、そして山形にはデッドボールを与えツーアウト満塁。

 俺達OBチームは一打同点、長打が出ればサヨナラ勝ちのチャンスを迎えていた。

 そして、迎えるバッターは俺、高木涼。

 審判、キャッチャーに挨拶をしてから打席に入る。
 バッターボックスから見る清水はかなり疲弊していた。

 案の定、清水の投じた一球目は外角に大きく外れてボール。

 この分なら、俺が手を出すまでもなく泰明に繋げられる。ヒーローならきっと一打で決めてくれる。

 続く二球目も当然のようにボール。
 あと、二球見逃せば俺の仕事は終わる。

 そういやあの時は、自分がヒーローになろうとして、無理にボール玉に手を出して凡退したんだっけ。

 そして、俺達の夏は終わった━━━━


 顧問の指示も無視をした、自分のエゴの為だけの行動の結果だ。

 当然、俺は叩かれた。直接手を下してくる者はいなかったのだけど、精神を追い詰められた。泰明以外は、誰も俺とは話してくれなくなった。

 でも、その泰明でさえも俺の陰口を言っていた。それを聞いてしまった。

 あの日以来、人の視線が、話し声が怖くなった。集団が恐ろしくなった。

 そんなの当然だよな。みんなが怒るのはよくわかる。
 俺一人の行動のせいで、みんなの三年間を棒に振ったんだ。

「ボールスリー」

 清水の投じた三球目も当然のようにワンバウンドしてキャッチャーミットに収まった。

 あと一球で、泰明に回せる。
 あの日の間違いを、今日ここで正せる。これも自己満足以外の何物でもないのだろうけど。

 泰明の方に一度視線を送ると、あの日と同じ視線をこちらに向けていた。
 安心してくれ……今日はちゃんと泰明に回るから……

 俺の胸中なんて知らない清水が、里崎から返球を受けとると、間を置かずに四球目を投じた。

 ━━━━投じた瞬間に、清水の顔が歪んだのがわかった。

 俺も球筋を予想して自然と体が反応していた。
 失投だ。それも、打ち頃のど真ん中。

 打っちゃいけない。頭で気がついてバットを止めようとするがもう遅い。
 なんとか軌道を剃らして……


「打てー!!涼ー!!」

 誰かが叫んでいた。俺の背後から、いや、ベース上から。四方から俺を鼓舞する声援が上がっていた。

 俺、打って良いのか?

「涼くーん!打ってー!」

 迷う俺の背中を後押ししたのは、一際耳に、頭に響く女の子の声だった。

 うん。わかったよ。俺━━━━



 カキーン!!

 次の瞬間、グラウンドには甲高い金属音が響き、白球は空高くグングンと舞い上がって空に吸い込まれて行った。
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