ビハインド

さいだー

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 じっとしていたら吸い込まれそうな程の高い空。もう秋がすぐそこまで迫ってきている事を示唆しているような晴天だった。

 そんな空に見下ろされる形で、俺とやすみを含め20数名が、俺の母校である元石第二もといしだいに中学校のグラウンドに集まっていた。
 これもやすみの願いを叶えるため。そして……気持ちを変えさせるため。

 この世に未練を残させる為には、どう立ち回るべきか思いを巡らせていると、背後から肩を軽く叩かれた。

「それにしても涼の方から声をかけてくるなんて意外だったな」

 そう言いながら俺の肩を叩いたのは、石山泰明。
 あの花火大会の日に偶然再会した幼なじみ、野球部主将、そして学校中の人気者だった男。

「この場をもうけてくれて本当にありがとう。感謝してる。これで、やすみの願いを叶えてあげる事が出きるよ……」

 軽い吐き気を覚えながらも泰明の方へと向き直りお礼を告げる。

 やすみに残されたタイムリミットを考えれば、今は俺の過去がどうのだとか、わだかまりがどうのだとか、言ってる場合ではない。

「そんなに改まるなよ。俺と涼の仲だろ。……それにしても、あの子とはどういう関係なんだ?あはは……あんまり好かれてないみたいだね」

 言いながら泰明は苦笑いを浮かべる。

 泰明の目線の先にはやすみが居て、やすみは泰明を睨み付けていた。

 やすみには、ちゃんと説明をしないで連れてきてしまったのだから無理もない。
 あの花火大会の日の泰明のイメージしか、やすみには無いのだ。

 別に泰明は悪いやつではない。
 俺が不登校になったきっかけの原因の一人であるのは間違いではないが……
 俺の方にも非はあったんだ。……むしろ俺の方に完全に非があったと言ってもよいかもしれない。

「やすみは……俺の命の恩人なんだ。泰明の事を良く知らないからな。俺が、あんなだったから……やすみは勘違いしてしまったんだ。ごめん」

「命の恩人……ね」

 含みを持たせたような言い方で、泰明は俺の爪先から頭の先端までを順に視線を這わせるように巡らせる。
 その視線に居心地の悪さを感じて、吐き気が少し増した気がしたのだけれど、それを無理矢理に飲み下す。

「━━━━感謝してるよ」

「石山先輩。そろそろ試合始めろって、顧問がうるさいのでいいですか?」

 俺と泰明の間に割って入って来たのは、知らない顔だった。元石二中の野球部のユニホームを着ている所を見るに、俺達が引退したあとに入部してきた新一年生だろう。

「おう。そうか。じゃあ、始めようか」

 泰明は明るく返事を返すと、マウンドへと向かう。
 そして、振り返るとナインを鼓舞するように声を張り上げた。

「さあ、みんな!締まって行こう!!」

 泰明の号令で、元石二中OB対元石二中現役の試合の火蓋は切って落とされた。


 


 先発は説明するまでもないだろう、石山泰明。
 受けるキャッチャーは浜田。
 そして各ポジションはファースト、大橋、セカンド阿部、ショート俺、サード山形、レフト大枝、センター高橋、ライト柴田。
 そして、マネージャーはやすみ。

 あの日、最後の夏の大会。最終戦を戦ったメンバーと全く同じラインナップだ。
 みんなそれぞれ思うことがあるはずなのに、泰明の号令一つで、みんな嫌な顔一つせずに集まってくれた。
これも泰明の持つカリスマ性の成せる技なのだろう。

 正直、文句を言われる覚悟はしていた。だけど誰も俺に文句を言うやつはいなかった。
 むしろ、高木は居ない者だと誰一人俺と目を合わせようとはしないのだ。
 ……いや、これ以上考えるのはよしておこう……せっかくしてきた覚悟が、挫けてしまう。


「ショート!!」

 唐突に俺のポジション名を叫ぶ声で、現実に呼び戻された。
 叫んでいたのは泰明で、既に白球が眼前まで迫っていた。
 当然、そんな急に反応できるはずもなく打球は俺のグラブを掠めてレフト前へとポトリと落ちる。

 レフトの大枝が慌てることなく打球を処理すると泰明へとボールは返球される。
 打った打者は「ラッキー」と悠々と一塁に到達している。

「ドンマイ」

 その一連の動作を呆然と眺めていた俺に、泰明がグラブを顔の高さにかかげながら声をかけてきた。

「ごめん」

 周囲を見回しながら頭を下げるも、泰明以外は俺を居ないものとして扱っているのか、やはり見向きもしない。

 俺は本当にここに居ていいのだろうか?なんで俺はこんな事をしていたんだっけ?もう帰りたい……






「涼くーん!頑張ってー!」

 一塁側の日陰から、大声をあげて俺の応援をする人物。

「やすみ……」

 きっと、俺の一番の味方。俺が今、野球をしている理由の人物。そして今日、死ぬのが嫌になるくらい楽しませなければならない人物━━━━

 胸の辺りにモヤモヤしていた物を無理矢理に飲み下し、右手に力を混めて俺は声を張り上げた。

「よっしゃ!切り替えて行こう!」

 エラーをした俺が言うのはおかしいセリフだ。
 このセリフは、回りのチームメイトに向けた言葉ではない。ましてややすみでもない。
 これは、自分自身に向けられた言葉だった。
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