9 / 48
2
2-2
しおりを挟む
何も遮るものがない、砂利が敷き詰められたガタガタのあぜ道を、ゆっくりと自転車で進んでいく。こんな道を自転車で走るのは当然リスクがあるが……
「頼むからパンクしないでくれよ……」
この道なら誰にも会わなくて済むんだ。
当然、すいすいと走ることができる舗装された道だってあるのだが、この道を進むのが花火大会に向かう上での最低最悪の妥協だった。
会場に着いてしまえば、そうも言っていられないのかもしれないが、誰かに会ってしまうかも知れない。そんな恐怖が常に隣り合わせだった。でも、今はただ前を向いて自転車をこぎ進める。
背後から差す容赦ない西日が、俺の背中を後押ししてくれているようだった。普段は顔を合わせないようにしているのに心が広いな、太陽は。
そんな事を考えながら自転車を漕いでいたら、遠くでパン、パンと二度、花火大会の開催を知らせる空砲が打ちあがった。
後一時間程で、花火大会が始まる。
自転車を会場近くの公園に停めて、待ち合わせ場所に移動する。
やすみとの待ち合わせ場所は、商店街の入り口の看板前。
そこには既に到着していた外行きに着飾ったやすみの姿、そして傍らにはやすみに良く似た女性の姿もある。
声をかけるべきか躊躇していると、やすみがこちらに気がつき二言程、傍らの女性と会話を交わす。
女性はこちらに一瞥をくれると、お辞儀をしてやすみから離れていく。
良くわからずに俺も会釈を返していると、やすみがおぼつない足取りでカランカランと音を鳴らしながらこちらに近づいて来た。
「こんにちは?こんばんは?どっちかな?」
まだ太陽は完全には沈んではいないけれど、時間は六時前、この場合は後者が正しいだろう。
「うーん、こんばんはじゃないか?」
「じゃあ、こんばんは!━━━━━━で、何か言うことは無いの?」
やすみはその場でゆっくりと体を一回転させると、得意気な笑みを浮かべ、しゃなりとお辞儀をした。
「とても似合ってる。やすみって感じだな」
やすみが得意気になるのも無理はない。今日のやすみは普段のパジャマ姿とは違い、浴衣姿なのだ。
白を貴重とした淡い港鼠色のアサガオが咲き誇り、落ち着いた色彩は普段のやすみより幾分か大人びて見せる。
普段は肩口にかかる艶のある黒髪も、後ろ手にお団子でひとつに纏められていた。
やすみはフフンと得意気に鼻を鳴らし控えめな胸を張る。
「さっき一緒に居たのは姉ちゃんとか?」
「え?違うよ、お母さん」
「はっ!本当かよ!?やすみのお母さんめちゃくちゃ若いな」
「おー、お世辞上手いね。お母さんが聞いたらきっと喜ぶよ」
「お世辞じゃない。実際に見た感想だ。それに美人だし」
「えへへそうでしょ?私と同じで美人なの」
そう言いながら舌を出しておどけて見せるやすみはいつものやすみで、年相応な少女の見せる表情だ。
そんなやすみの額に軽く手刀を打ち込んで商店街のさらにその先の会場を指差す。
「あほか、こんなところで話し込んでても仕方ないから早く行くぞ」
来たことはなかったのだけど聞いたことはあった。早く会場で席取りをしないと落ち着いて見ることができなくなってしまうと。
「いててー、暴力をふるうのは良くないと思うな」
俺の言いたい事が伝わっていないのだろう。やすみは動こうともしなければ、まだこのやり取りを続けようとしているように見える。
「そんなことやってる場合じゃないぞ。場所が無くなる」
花火大会はリア充がはびこる戦場なのだ。席取りは戦争と言っても良いくらいだと聞いた事があった。
そこまで聞いてもやすみは動かない。むしろ涼しげな笑みを浮かべ、顔の前に人差し指を立てて何度か振ってみせる。
「まだまだ甘いね、ワトソン君」
「ワトソン君……?誰だそれ。それに何が甘いんだよ」
鼻をフフンと再度鳴らすと、得意気に言ったんだ。
「とっておきの場所をお母さんから聞いてきたの」
「とっておきの場所?」
「頼むからパンクしないでくれよ……」
この道なら誰にも会わなくて済むんだ。
当然、すいすいと走ることができる舗装された道だってあるのだが、この道を進むのが花火大会に向かう上での最低最悪の妥協だった。
会場に着いてしまえば、そうも言っていられないのかもしれないが、誰かに会ってしまうかも知れない。そんな恐怖が常に隣り合わせだった。でも、今はただ前を向いて自転車をこぎ進める。
背後から差す容赦ない西日が、俺の背中を後押ししてくれているようだった。普段は顔を合わせないようにしているのに心が広いな、太陽は。
そんな事を考えながら自転車を漕いでいたら、遠くでパン、パンと二度、花火大会の開催を知らせる空砲が打ちあがった。
後一時間程で、花火大会が始まる。
自転車を会場近くの公園に停めて、待ち合わせ場所に移動する。
やすみとの待ち合わせ場所は、商店街の入り口の看板前。
そこには既に到着していた外行きに着飾ったやすみの姿、そして傍らにはやすみに良く似た女性の姿もある。
声をかけるべきか躊躇していると、やすみがこちらに気がつき二言程、傍らの女性と会話を交わす。
女性はこちらに一瞥をくれると、お辞儀をしてやすみから離れていく。
良くわからずに俺も会釈を返していると、やすみがおぼつない足取りでカランカランと音を鳴らしながらこちらに近づいて来た。
「こんにちは?こんばんは?どっちかな?」
まだ太陽は完全には沈んではいないけれど、時間は六時前、この場合は後者が正しいだろう。
「うーん、こんばんはじゃないか?」
「じゃあ、こんばんは!━━━━━━で、何か言うことは無いの?」
やすみはその場でゆっくりと体を一回転させると、得意気な笑みを浮かべ、しゃなりとお辞儀をした。
「とても似合ってる。やすみって感じだな」
やすみが得意気になるのも無理はない。今日のやすみは普段のパジャマ姿とは違い、浴衣姿なのだ。
白を貴重とした淡い港鼠色のアサガオが咲き誇り、落ち着いた色彩は普段のやすみより幾分か大人びて見せる。
普段は肩口にかかる艶のある黒髪も、後ろ手にお団子でひとつに纏められていた。
やすみはフフンと得意気に鼻を鳴らし控えめな胸を張る。
「さっき一緒に居たのは姉ちゃんとか?」
「え?違うよ、お母さん」
「はっ!本当かよ!?やすみのお母さんめちゃくちゃ若いな」
「おー、お世辞上手いね。お母さんが聞いたらきっと喜ぶよ」
「お世辞じゃない。実際に見た感想だ。それに美人だし」
「えへへそうでしょ?私と同じで美人なの」
そう言いながら舌を出しておどけて見せるやすみはいつものやすみで、年相応な少女の見せる表情だ。
そんなやすみの額に軽く手刀を打ち込んで商店街のさらにその先の会場を指差す。
「あほか、こんなところで話し込んでても仕方ないから早く行くぞ」
来たことはなかったのだけど聞いたことはあった。早く会場で席取りをしないと落ち着いて見ることができなくなってしまうと。
「いててー、暴力をふるうのは良くないと思うな」
俺の言いたい事が伝わっていないのだろう。やすみは動こうともしなければ、まだこのやり取りを続けようとしているように見える。
「そんなことやってる場合じゃないぞ。場所が無くなる」
花火大会はリア充がはびこる戦場なのだ。席取りは戦争と言っても良いくらいだと聞いた事があった。
そこまで聞いてもやすみは動かない。むしろ涼しげな笑みを浮かべ、顔の前に人差し指を立てて何度か振ってみせる。
「まだまだ甘いね、ワトソン君」
「ワトソン君……?誰だそれ。それに何が甘いんだよ」
鼻をフフンと再度鳴らすと、得意気に言ったんだ。
「とっておきの場所をお母さんから聞いてきたの」
「とっておきの場所?」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる