ビハインド

さいだー

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 控え目に開かれた扉から、小柄な少女が遠慮がちに顔を覗かせる。
 恐る恐るといった様子で周囲を見渡し、ベンチに座る俺と目が合うと少女は「はっ!?」と小さな声を漏らしドアの陰へと隠れてしまった。

「……よかった。来てくれないかと思ったよ」

 俺の呼び掛けに観念したのか、やすみは顔の右半分だけを晒して

「なんで……?私とは友達になりたくないんでしょ」

 言葉尻は今にも消え入りそうな声量で、辺りで鳴いている虫の声にすらかき消されそうで_______



「ごめん。あれは、そんな意味で言った訳じゃなかったんだ」

 立ち上がり、やすみが隠れている扉へと身を寄せると、やすみはこちらの動きに警戒するように扉を閉めてしまい、カチャリと鍵の閉まる音がした。


 それでも対話をしてくれる気はあるようで、扉の向こうから答えは帰ってくる。

「だったら、どういう意味だっていうの……?」

 ならばと俺は扉の正面に座る。
 もちろん謝りに来たのだから正座だ。少し苔の生えたコンクリートはひんやりと湿っていて少し気持ち悪いが仕方がない。

「それは━━━━━━言葉の綾って奴でさ、やすみと友達になりたくないって意味で言った訳じゃないんだ。俺の言い方が悪かった。本当にごめん」


 少しあって扉の向こうからは、

「そもそも、なんで涼君が謝るの?別にボッチの私と友達になりたくないって思うのは普通の事だと思うし……気を使わなくて良いから。本当に大丈夫だから━━━━━━もう、謝らなくて平気だから」

 絞り出したような、震える頼りないかすれた声。

 友達になりたくない?気を使っている?そんなのやすみの思い込みだ。だって俺達はもう……

「そんな事はない。やすみは凄い魅力的だ。俺は、やすみが許してくれるまで謝り続ける。本当にごめん」

 やすみからは絶対に見えてはいない。でも俺は、その場で手をつき頭を下げた。産まれて初めての土下座だった。

「じゃあ、なんで……あんなこと言ったの?」


「それは、だって━━━━━━俺達はもう友達だろ?」

 しばらく待っても返答は無い。待ちきれずに俺は声を発していた。

「やすみ?」

 カチャリと鍵の解錠音がして、ゆっくりと扉が開かれる。その隙間、チラリとこちらを覗いた瞳は不安気だ。

「……それ、本気で言ってる?」

 やすみの問いには首肯で返し、こう続けた。

「やすみ、こんな俺で良かったら友達になってくれませんか?」



「ん?……友達ってのは頼まれてなるものじゃないんでしょ?」

やすみは呆れたような、喜んでいるような曖昧な表情を浮かべ、


 「でも、いいよ。なってあげる。涼君の友達に」

 言ってやすみはこちらに右手を差し出す。
 俺も右手を差し出して、がっちりと手を組むと俺達は仲直りの握手をした。
 そしてどちらからと言うわけでもなく笑い合う。

「はー、一人でごちゃごちゃ考えこんでたのがバカみたい」

 柔和な笑顔を浮かべてやすみは俺の正面へとペタリと座る。

「ごちゃごちゃって?」

「私ね、友達が居ないの」

 言ってからなにか思うところがあったのか、小さく「あっ」と呟き笑顔をこちらに向けて

「涼君が初めての友達だね」

「━━━━━━」


 思わずドキッとさせられる笑顔で、セリフで返す言葉がとっさに出て来ない。



「私ね、小さいころからずーっと入院してて、学校に行ったことが無くてね。
 病室も個室だったから、お父さんお母さん、看護師さん、お医者さん以外とはほとんどお話もしたことが無かったの。だから人との距離感が良くわからないんだ」


 唐突に少女の口から紡がれた言葉はとても重いもので、悲しいもので、どう返せば良いのか俺は答えを持ち合わせていなかった。

「涼君とも、どういう距離感で接すれば良いのか正直、良くわからない」

 少女は、悲しげな微笑みを浮かべて空を仰ぐ。

 彼女一人にこのまま独白させているのは、とても卑怯な事のように感じて、こんなこと誰にも話したくない話のはずなのに気がつけば俺は打ち明けていた。

「……人との接し方なら、俺も良くわからない。いや、わかっていたと思っていたんだけど、途中からわからなくなったんだ」


「えっ?」


「実は俺、不登校なんだ。中学三年生の時、人の気持ちがわからなくなって、人と接するのが怖くなってさ……」

 俺の言葉を遮るように、やすみは握手したままになっていた俺の手を強く握る。

 それはきっと、全てを言わせまいとする彼女の優しさだった。


「そうなんだ。似た者同士なんだね、私達」

「そうかもな」

「へへへ、私達だったら、良い友達になれるかもね」

「ああ、そうだな」
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