完全魔術主義世界のオワコン剣士

さいだー

文字の大きさ
3 / 23

ロウエ

しおりを挟む
「ロウエ!ちょっとロウエ!こんなところで寝ていたら風邪を引くわよ。起きなさい!」

 心地よい風が通り抜ける草原で、目を閉じていた僕を揺さぶり起こそうとする不届き物が居た。
 もちろん眠ってなんかいなかったし、こんな事をしてくる不届き物はそう多くない。だから、目を開かずともその人物を特定することができた。

 マリエス。僕より一つ年上のお節介焼きだ。
 その姿を目蓋の裏で感じながら、ゆっくりと目を開く。

「こんなことで風邪はひかないよ。それになんのつもり?僕は少し休憩していただけなんだけど」

 目を開いて飛び込んで来たのは、風になびいたサラサラのダークブロンド、法衣姿の少女。
 人差し指を立てて、少しムッとした表情を浮かべた幼馴染の姿だった。

「あのね、あたしはロウエの事を思って言ってあげているの。風邪をひかない絶対の保証なんてないし、もし風邪を引いたりしても、まだあたしには治してあげられないの。わかる?」

『もし風邪を引く事があればシフィエスさんに治療をお願いするよ』とでも言いたいところだが、そんな事を言ったら負けず嫌いなマリエスは途端に泣き出してしまうだろう。

 だからその言葉はのみ込んで「わかった」とだけ返事をして上半身を起こした。

「本当にわかってる?」

「うん。わかってるよ」

 この世界では彼女はだ。
 しかし、ニホンで暮らしていた頃の記憶を持つ僕は、実質彼女の倍以上の時間を生きている事になる。だから、こういう時は僕が大人になってあげる必要がある。

「それにロウエ?今時剣術の練習をしたってなんにもならないわよ。これからは魔法よ。魔術よ!将来を考えるならだんぜんね」

 マリエスは僕の横に転がる木刀を眺めながらそう言った。
 その発言はきっと、シフィエスさんの受け売りだろう。

 そんな事は僕にだってわかっている。
 この世界に産まれて七年、見聞きしてきて嫌と言うほど脳に刻まれていた。将来目指すのなら魔法師一択。

 魔法師とそれ以外の職業では、大きな隔たりがあると言って良い。しかも、そのさらに上の階級職、魔術師にまで登り詰めることができれば、さまざまな恩恵に与かれるとも魔術師様であるシフィエスさんが言っていたしな。

「いいんだ。僕は父さんの跡を継ぐつもりだから」

「あっ!またそんな事を言って。ただ苦手だから魔法から逃げたいだけじゃない!」

「そうかもね」

 言うと同時に木刀を掴み取り、僕は走り出した。
 魔法が苦手なのかどうかは正直わからない。しっかりと試した事もないし。

 でも、これで良かった。健康体で自由に走り回り、体を動かせる。
 嫌と言うほど汗をかいて、母さんの水魔法で冷たい水を浴びる。
 怒る幼馴染を尻目に逃げ回って、捕まって怒られる。

 今となっては本当にあったものなのかどうか定かではない前世の記憶のができなかった事を、今世の僕は心から楽しんでいた。

「ちょっとロウエ待ちなさい!」

「アハハハハ。待たないよ」

 どれくらいそうしていたか?走り回って先にへたりこんだのはマリエスだった。

「ロウエのバカ。もう疲れた。もう歩けない」

 女の子座りでペタリと座り、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。

「まったく、しょうがないな」

 僕はマリエスに歩み寄ると手を差しのべた。
 だけどマリエスが僕の手を取ることはない。代わりにボソリとこう言ったのだ。

「おんぶ」

 念のためもう一度言っておくが、この世界では彼女の方が年上だ。
 しかし、無下に断れば今にでも泣き出してしまうだろう。そうなったら父さん母さんにめちゃくちゃ怒られるだろうな……

「わかったよ」

 マリエスに背を向けてしゃがみこみ受け入れる体勢をとる。

「ふふふ。かかったわねロウエ!捕まえたわ!」

 僕の背中に飛び乗るような形になったマリエスを支えきれずに僕はそのまま転倒した。そして、そのまま僕とマリエスはゴロゴロと緩やかな坂を転がった。
 何回転かして止まったところで自然と僕らは並んで寝転び、空を見上げていた。それがなにかおかしくって、僕とマリエスは言葉も交わさずに笑いあった。

「まったくひきょうだよ。嘘泣きなんて」

「ひっかかる方が悪いのよ」

 ニシシとマリエスは口角を上げて笑った。年相応のあどけない表情だ。

「次はひっかからないからね。じゃあ、僕は剣術の練習に戻るよ」


「あっ!忘れてた!お使いに行かなくちゃ行けないの」

「お使い?」

「そうなの。先生からドリミー草を摘んでくるように頼まれたのよ」

 先生━━━━シフィエスさんか。この村で唯一の魔術師。そして、マリエスの魔法の先生でもある。

「……まさか僕も?」

「うん。もちろん。あの辺りには弱いけど獣も出るわ?男の子ならとうぜん守ってくれるわよね?」

 シフィエスさんに頼まれているのなら、僕に拒否権はない。

「……わかった」

「なんか乗り気じゃないわね?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

処理中です...