万年ネタ切れ作家、勇利愛華の邪推録

さいだー

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夜の海岸に現れる龍の謎5

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 SideY


「いえ、存じ上げないわ」

 おばあちゃまは丁寧にそう答えた。
 まあ、昨日の夜に調べて知ったばかりの私もあまり大口を叩けたものではないのだけど。

「一般的にあじさいの花は、土壌の影響を受けて花の色を変えると言われています。土壌が酸性なら青に、アルカリ性ならピンクにと言った具合に。つまり、佐々木さんの家の花壇の土壌は、元々アルカリ性だったんです。青い花に変わったタイミングのどこかで、土を入れ替えたりしてませんか?」

 おばあちゃまは少しも考える素振りは見せずに答える。

「お母さまの大切にしていた花壇の物を入れ替えたりしませんよ」

「では、なにかいつもと違う栄養剤を散布したり、などは?」

「いえ、それもないと思うわ。昔から同じ庭師さんに、同じように管理をしてもらっていますから。お母さまとも仲が良かった職人さんでね、今回の件はとても残念そうにしていたのよ」

「そうなのですか……」

 信用のおける専門家に管理を任せていて、昔と変わらない管理を徹底していた。

 そうなってくると、土壌の質が急に変わってしまったのはどうして?
 誰かが嘘をついているの?

 おばあちゃまの真っ直ぐな瞳は嘘をついているようには思えない。

 だとすると、庭師さん?

 私が通された客間からは、よく手入れされた庭が見える。
 剪定について詳しい事はわからないけれど、嘘をつくような人の仕事には私には見えなかった。

 庭師さんからも話しを聞きたい所だけど、私の事情も加味するとそれも難しいだろう。なんせ今日中。できれば午前中には片付けてしまいたい案件数なのだから。

 うーん。そうなると完全に謎ね。なぜ土壌が酸性化してしまったのか……

 簡単に解決できると思っていたのに、暗礁に乗り上げてしまったような気分だわ。

 かくなる上は。

「現地を観察しても宜しいですか?」

「ええ。ご自由にどうぞ」

 おばあちゃまの許可を取ってから、私は席を立つと、玄関先に移動した。

「そうなると悪意を持った他者が何かしら酸性の物を散布した可能性があるわね」

 なにか痕跡があるかもしれない。

 目に付く物はないか、私は懸命に探した。

 あじさいは枯れていないか。
 数十本存在している茎に枯れているような個体は存在しない。

 つまり枯葉剤のようなものが使用された事実はないという事だ。

 そもそもおばあちゃまが誰かから恨みを買うような人物にも見えないし、もしかして、これってかなりの難事件なのかもしれない。

 少し自身を失いかけた時、あるものが目に入った。

 土からミミズが這い出して来ている。それもかなりの数。道路にまで這い出している。

 ちょっと気持ちが悪くて花壇から少し離れる。

 離れてよくよく観察してみると、やたら土が湿っているように見える。

 まるで雨が降った直後のような。水たまりはできていないけど、土壌を踏んだら水たまりか出来そうなほど水分を含んでいる。

 ここ最近、雨って降ったかしら?

 記憶を辿っても、雨が降ったのは少なくとも二週間は前だ。

 だったらどうしてこんなに土が湿っているの?

「なにか、わかりましたか?」

 ちょうどこちらにやってきたおばあちゃまに質問をする。

「今朝、あじさいに水はどのくらいあげましたか?」

「お水?いつもだけど、表面が少し湿るくらいね」


「それは、事実ですか?」

 念を押して再度詰問をした。
 すると、おばあちゃまは力強く「本当です」と答えた。

 嘘をついている気配はない。

「あと二、三質問です。何時頃水を撒きました?また、その時土は乾燥していましたか?」

 おばあちゃまは間髪入れずに質問に答える。

「水を撒いたのは朝の五時頃、土は間違いなく乾燥していました」


 おばあちゃまに嘘を付く理由はない。となると、第三者がおばあちゃまに気が付かれないように勝手に水のような物を撒いている事になる。

「なるほど」

 一体何のために。

 考えをまとめる為に海の方に視線を向ける事にした。

 おばあちゃまの家は高台にあって、海を見渡すことができるのだ。

 そこで不意に目が合った。

 電信柱の影に隠れるようにして立っていたのは複数人の人影。目が合った人物達はさも私とは関係ないと言わんばかりに目をそらし、ゆっくりとその場を離れようとした。

「ちょっと君達━━━━」

 私が声をかけた瞬間、彼らは一目散に逃げ出した。少し離れた所に停めていた自転車に跨り、急坂を猛スピードで下って行ってしまった。

「彼らと面識はありますか」

「いえ。ありません」

 おばあちゃまとも面識がなく、佐々木邸前に居た私と目があっただけで一目散に逃げ出す。
 怪しい。怪しすぎるわ!

 でも、彼らの行き先はなんとなくわかる。背中にみんな釣り竿を背負っていた。

 なんとなくピースが埋まってきているような気がする。
 すでにピースは集めきっていて、後ははめ込むだけ。

 彼らは釣り場に向かう所で、海とは無関係な高台の佐々木邸に訪れようとしていた。

 この先は行き止まりで、これより奥には進むことはできない。佐々木邸以外には何も存在しない。


 彼らは何のために……?

「あっ……!」

 花壇の土の上をはえずりまわるミミズを視界に捉える。

 もしかして、彼らは━━━━

「佐々木さん。もう少しだけ、お宅にお邪魔してもいてもよろしいですか?」

 おばあちゃまは私の意図がわからないようで、少し困惑したような表情を浮かべながらも答える。

「ええ。もちろん。美味しい紅茶をお淹れしますわ」
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