万年ネタ切れ作家、勇利愛華の邪推録

さいだー

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身勝手な予告状14

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 義男の恫喝を受けて、汐音は不安そうに私の洋服の裾を握った。

 でも、大丈夫。完璧な証拠は全て揃っている。もう彼に逃げ場はない。

 汐音に小声で「大丈夫」と告げてから、義男へ歩み寄る。
 手を伸ばせば触れられる範囲に天屯義男がいる。

 逆を返せば天屯義男も私に手が届くと言う事。

 それでも私は怯むことなく口を開いた。

「今から証明してみせますよ。あながなぜ、脅迫状を制作して、腰高祭を中止させようとしたのか」

「だから、俺はやってないって言ってるだろ。……そうだよ、まず動機がないだろ動機が!俺には文化祭を中止させるような理由がない!」


「あなた、非正規雇用で、月水金の三日間しか働いていないそうね」


「それがどうしたよ!どう働こうと俺の勝手だろ!バカにするのか……お前も」

「バカにするつもりなんてサラサラありません」

 深呼吸して一拍置いてから再度私は口を開く。

「腰高祭ともなれば、地域住民の方々をはじめに、他地域から生徒の友達やら知り合いやらやってきてごった返すってのはいつもの風景です」

「あー、そうだな。あれが面倒くさいんだよ。とても」

 天屯義男の吐露を、失言を私は見逃さない。

 腰高祭が例年行われるのは土日。今年も例に漏れず、土日に開催されることは里奈に確認済みだ。

 つまり、ここのズレに天屯義男の真意がある。

「あれー、腰高祭は土日開催のはずですよね?」

 天屯はバツが悪そうに視線をそらす。

「……そんな事どうでもいいだろ」

 天屯の眼前にひとさし指を突き立てて左右に振ってから続けて言った。いや、言ってやった。

「そんなわけないでしょう。腰高祭はかなり集客が見込めるとさっき言いました。……つまり、いつもの警備体制では、追いつかないと言う事になります」


「何が言いたい?」

「あなた、休日出勤を打診されて、普段の勤務態度も相まって断ることもできず、渋々了承したのではないですか?」

「……」

 天屯は何も答えない。黙って私を睨みつけた。それは無言の肯定でしかなかった。


「しかし、あなたはやはり休日出勤をしたくなかった。だから今回の犯行に及んだ。それが私の結論です。違いますか?」


「だから、俺はやってないって!」

 どこまで言っても自白する気はないようね。


「猛男君のノートから引きちぎった、FXのメモに使ったと言っていた紙切れ。脅迫状に使われた物と猛男君のノートとを照合したらバッチリと合致しました。これはどういう事でしょうかね?四枚ともですよ」


「そ、そういう偶然だってあるかもしれないだろ!」

「あなた、経済新聞を読んでいるとさっき言っていましたね。実のところ、この脅迫状に使われていた文字のフォントが経済新聞の物だったんです」


「はー?どんなフォントだとかそんな事わかるわけないだろ。どれだって同じ字体だろ」


「新聞屋の息子だと言うのに、そんな事も知らないのね」


 挑発するようにあえて嘲笑するように言ってやった。
 すると、みるみる義男の顔が赤くなっていく。


「この野郎。もう許さねえ。ぶっ飛ばしてやる!」


 飛びかかる義男をすかさず佐渡晃が押さえつけ、地面に拘束した。

「おっとと。暴力はダメだよ。暴力は」

「イテテテ。離せ。離せよ!」

「そんな元気があるのなら、週五日、しっかり働いた方が良いのではない?」


「勇利さん。それは一言余計だよ」

 天屯を押さえつけながら、冷静に佐渡晃が注意をしてくれた。
 たしかに言い過ぎだったかもしれないわね。
 少しだけ、ほんの少しだけ反省してから鞄に手を伸ばし、二枚の新聞紙を取り出した。

「ちょっとこれを見てもらえますか?」

 地面に這いつくばる天屯の眼前に二枚の新聞紙を突きつける。

 それは、有名な全国的に読まれている『一般新聞』と義男も愛読している『経済新聞』。

 同じ文字をチョイスして、それを指摘してやる。

「ほら、見て。同じ文字でも微妙に違うでしょ?」

 義男は一度文字を確認するとすぐに目をそらし、何も答えなくなった。

「もうおわかりいただけましたよね。この脅迫状には、経済新聞が使われていました。これを警察にでも持っていけば、あなたの指紋が検出されるはずです。でも……」

 私は三人から少し離れた位置まで歩いていき、四枚の脅迫状をビリビリに破いた。

「えっ!?ちょ!?愛ちゃんなにしてんの!?」

 驚いた汐音が私の行動を止めようとするけど、もう『脅迫状』だったものはただの紙切れとかしていた。

 それを潮風に乗せて、完全に証拠を隠滅してから義男に向き直る。


「私としては、これ以上の脅迫行為をやめていただければ、追求するつもりはありません」


 真意は伝わらないにしても私の思いは伝わったはずだ。

 後輩達から腰高祭を奪わないでくれ。里奈とお父さんの大切な時間を奪わないでくれと。

「……離してくれよ」

 もう暴れる気も無いのだと察した佐渡晃は、義男を開放する。
 義男は佐渡晃の手を借りてフラフラと立ち上がると、私に向けて言った。

「……もう、やらねえよ」

 そう言うと、おぼつかない足取りで来た道を戻ろうとする。

「義男さん!猛男君が言っていました。昔は優しくて、優秀な自慢のお兄さんだったって……」

 義男は後ろ姿のまま、こちらに振り返りはせずに、こちらにヒラヒラと手を振った。
 そのまま水族館横の暗がりに消えていった。
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