万年ネタ切れ作家、勇利愛華の邪推録

さいだー

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身勝手な予告状1

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 里奈と汐音にカフェで会った翌日の夕暮れ。
 詳しい話を知らないまま『すぎうら』を訪れて

 眼前にそびえ立つのは木造建ての一軒家、一見したらただの民家にしか見えない。
 強風が吹けば今にも吹き飛ばされてしまいそうなオンボロの建物。

 店先に設置されている、やたらデコられたブリキの古びた看板には哀愁を感じられずにはいられない。デコられた中心には『何でも屋』と書かれている。

 きっと『これ』の犯人は汐音だ。


 何を隠そう、ここは高校の同窓生であった汐音と交際関係にある、杉浦翔すぎうらかけるが経営をしている『何でも屋』なのだ。

 元々は杉浦君のおじさんが経営をしていたお店だったのだけれど、高校卒業を機に事業を引き継いだらしい。

 汐音から又聞きをしただけだから詳しくは知らないけど。

 私が起こしてしまった事件以来、杉浦君とはなるべく会わないようにしていたから。



 中が透けて見えない、クモリガラスの引き戸を前にして、しばらく立ちすくんでいたけれど、いつまでもこうしている訳にも行かない。

 意を決してクモリガラスを開くと、すぐ眼の前に汐音が立っていた。

「わっ!」

「へっ!?あっ……きゃっ」

 驚いて思わず後ずさり、足がついてこなくて尻もちをついてしまった。

「イタタタ」

「何分もずっと立ち尽くしていたから、そのまま帰っちゃうんじゃないかと思ったよ」

 なんだ。見ていたの?だったら声をかけてくれれば良かったのに。

 少しムッとしながら立ち上がり、お尻についてしまった砂をほろいながら事務所内を見回して杉浦君が居ない事に安堵した。

 その代わりに見知った人物の顔を見つける。

「あ、里奈ちゃん」


「こんばんわ」

 里奈は愛想よく挨拶をすると、いそいそとこちらへ近づいてくる。

 そして、私の方に手を伸ばし、腕を引いた。

「こちらへどうぞ」

 まるで我が家のように来客用のソファに私を誘導すると、里奈はローテーブルを挟んで私の正面に座った。

 ここで私はしまったと思った。サイン本を持ってくるのを忘れてしまった。

 里奈が居るとは聞いていなかったけれど、汐音のする事。十分に予期できた事態だった。

 そう私が思ったのとほぼ同時に、里奈も「あっ」と口元を押さえる。

「勇利先生の本持って来るの忘れちゃいました」

 ぽかっと軽く頭を叩いて舌先をチロリと出して見せた。


「私も持ってくるのを忘れてしまったわ。お互いさまね。あと先生はやめてちょうだい」


「次は絶対に忘れません!」

 そう力強く宣言したあと、少し申し訳無さそうに
 里奈は続ける。

「えっと、勇利先生の事、なんて呼んだらいいですか?」


「愛華でいいわ」

「はい。わかりました。愛華さんって呼ばせて頂きますね」

 可愛らしい微笑みを浮かべ、里奈は小さく頷いた。

「はいはいはいはい。もう自己紹介は昨日済んでるでしょ?さっそく本題に入りましょう」

 私の座る一人掛けの椅子の肘掛けに無理やり座った汐音が私の肩に手を回しながら言った。

「本題って、杉浦君の姿が見えないけど?」

 汐音はニコニコと満面の笑みを浮かべ、北東の方角を指を指す。

「母校に里奈ちゃんのクラスに出張中です」

「はあ……なるほど」

 汐音のその言葉だけですべてを理解できた。
 理解してあげられるのは付き合いの長い私位のものだろう。

 簡単に言えば、腰高祭の準備をする里奈のクラスに杉浦翔を派遣した。

 そして派遣先にいなければならないはずの里奈が私の眼の前に居るということは、杉浦君抜きでの内緒話を今からこの場ですると言う事。

 面倒事の匂いを感じて、今すぐにでも帰りたくなったけれど、ニコニコと微笑むファンを置いて帰る訳にはいかなかった。

 汐音に睨め付けるような視線を向けてから、声のトーンを落として聞いた。

「で、用件は?」

 汐音は全く怯む様子を見せず、「私の耳元でファンの前だよ。どうどうどう」と威嚇する犬を宥めるような態度を取ったあと、里奈の方に視線を向けた。

「じゃあ出してよ」


「あ、はい」

 里奈はソファ横に置かれていたリュックを手に取ると、中をゴソゴソとあさり始めた。

 しばらくして、ノートを強引に破り取った切れ端のような物をローテーブルの上に三枚置いた。


「これは?」


「脅迫状だって」

 里奈より先に汐音が答える。

「脅迫状……?見ても良い?」

 私の問いかけに里奈は一つ頷いた。

 三枚のうちの一枚に手を伸ばし、二つ折りにされた切れ端を開いてみると、ドラマなどで見たことがあるような脅迫状だった。

 新聞を切り貼りして、文章を紡いだ物で、こう書かれていた。

『コシコウサイヲチュウシシロ!』


 こしこうさいをちゅうししろ。

 腰高祭を中止しろ。


 たしかに脅迫文のようだった。


 続けて二枚目、三枚目と目を通すが、同じような内容が記されていた。


「どうして、これを里奈ちゃんが?」

 里奈は畏まったように居住まいを正してから話し始めた。

「はい。私、実は腰高祭実行委員会に入ってて、意見や要望を取りまとめる係をやっているんです。一般生徒からの意見はポストに投函される事になっていて、その中に入っていました」

「先生や先輩はこの事を知っているの?」

 里奈はゆっくりと横に首を振る。

「いいえ。腰高祭が中止になったら困るので」

「里奈ちゃんが腰高祭を大切に思うのもわかるけど、まずは先生を頼るのが先じゃないかしら。部外者である私達がどうこう言える問題じゃないわ」

「愛ちゃん!」

 汐音は私の腕を掴み、強引に袖を引いた。
 そして、里奈に「ちょっと待っててね」と声をかけてから事務所外まで私を連れ出した。


「汐音。何を考えているの?私達はもう卒業生なの。変に首を突っ込むべきじゃないわ。在校生や教師に任せるべき話じゃない」

「愛ちゃん。里奈ちゃんはね、クラスの出し物で演劇をやるんだって。それなりの役も貰えたって言ってた」


「そうなの。それは良いことね」


「この前カフェで里奈ちゃんのお父さんと会ったでしょ?お父さんも見に来ることになっているんだって」

 里奈と父親の関係性はあまり良いものには見えなかったけれど、里奈が望んで呼んだのだろうか?

「お父さん、もう少しで海外に転勤になってしまうんだって。だから、少しでも立派になった姿を見せてあげたいんだって」


「そうなの。うまく行くといいわね」

「なにその他人行儀?私、愛ちゃんのそういう所はあんまり好きじゃない。そこは少しでも力になってあげたいって思う所じゃないの!?」

 こうなると汐音は面倒だ。人情家でいて強情、目的を達成するためなら犠牲は厭わない。
 他人にまでそれを強制するのだからたちが悪い。

「私達が手を貸して良い裁量を越えているわ」

 汐音はニヤリと口元を歪めると、私の耳元で囁く。

「パパ活」


「うっ……」

 たしかに勘違いはしていたけれど、それとこれとは別の話し。今回の件と私が邪推してレッテル貼りをしたのは関係のない話だ。

 だけど、何も言い返す事ができなかった。

「やってくれるよね?」

 私は何も答えない。しかし、汐音はそれを了承と捉えたのか、満面の笑みを浮かべ、事務所の中へ戻っていく。

 そして、事務所に入るやいなやこちらまで聞こえる声量で、こう言ったのだ。

「犯人は責任を持って愛ちゃんが見つけてくれるって!」
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