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早めの夕食は田舎で手に入る限り心尽くしのものだった。私があまり酒を嗜まないのを知っていて、アルコールは食卓に上らなかった。
「私に遠慮しなくていい」
「僕もそれ程好きって訳じゃないからいいんです。こうして話せるだけで嬉しいし」
守人が微笑む。彼の瞳は一見すると黒いが、良く見ると暗い灰藍色をしている。
近くで覗き込んだ時には、いつも深い水底を思わせていた……。
「兄さん?」
「あ、ああ、何だ?」
私はその映像を振り払った。
守人は今書いている小説の構想や、昔の思い出話をはしゃいで語った。
(自分が決めたんじゃないか。気にしてどうする)
聞きながら私は居心地の悪さを隠すように、料理を口に運んでいた。
夕食後、私達は書斎に移動した。書斎は洋間で屋敷一階の一番端にあった。ドア開けると正面に机と窓がある。窓からは林と海が見えて、夕焼けのオレンジの光が差し込んでいた。まだ昼間の熱気が残り、古い紙の匂いが立ち込めている。
「普段ここを仕事場にしてるんです。まだ全部片付いていませんけど……」
床の段ボールを除けながら、守人は私を案内した。
「ここの蔵書はなかなか興味深いですよ。かなり古いものもあります」
確かに平積みにされている和綴じの本もある。何となく棚の本を目で追う。
『海洋民族の神話と祭祀』『上古の神神』『罔象草子』『続密呪経典』……なるほど、弟の好きそうな本だと思っていると、こつ、と何か足に当たった。
乾いた黒い泥がこびりついた遮光瓶。汚れているが瓶のラベルは新しい。確かこの瓶は丁度作業中だった学校の用務員と雑談していて見たことがあった。
ストリキニーネ。
さっと守人が屈んで瓶を拾い上げた。
「殺鼠剤ですよ。ここは古いから。地下室に鼠が沢山出て。夜になると上がってくる」
私は眉をひそめた。
「こんなところに転がしてちゃいけないだろう」
本当なら鍵付きの戸棚に入れなければならないようなものだ。
「すみません。使った時にうっかり瓶がどこにいったか分からなくなってしまって……探したんですけど、見つからなくてそのまま。ここにあったんですね」
雑然とした書斎を見回す。
昔から守人は神経質な一方で、興味があるもの以外しばしばいい加減になることがある。
「気を付けなさい。毒の瓶なんて」
守人はすみませんともう一度繰り返した。
「ーー大丈夫です。これはもう使わないから」
守人は窓のところへ行き、まだ明るいのにカーテンを引いた。
「こうした方がよく見える」
マッチを擦ってランプに火を灯して、仕事机の鍵のかかる引き出しの中から、一つの木箱を取り出した。
「一体何を見せてくれるんだ?」
「これです」
守人は箱の中に入っていた白い布に包まれた片手に乗るほどの大きさの塊を、机の上に置いた。
「この家の庭には、ちょっと分かりにくい所に祠があるんですが……」
守人の長い指が布を開く。
「その祠の中に納められていたんです」
包まれた中には、黒い石があった。
楕円形のやや扁平な石は直径が十センチほどで、元からなのか、磨かれたものなのか、つややかな光沢があった。そしてまさに漆黒といっていい色をしていた。傷どころか一点のムラもない。まるでべったりと暗闇をそのまま塗ったようだった。
「私に遠慮しなくていい」
「僕もそれ程好きって訳じゃないからいいんです。こうして話せるだけで嬉しいし」
守人が微笑む。彼の瞳は一見すると黒いが、良く見ると暗い灰藍色をしている。
近くで覗き込んだ時には、いつも深い水底を思わせていた……。
「兄さん?」
「あ、ああ、何だ?」
私はその映像を振り払った。
守人は今書いている小説の構想や、昔の思い出話をはしゃいで語った。
(自分が決めたんじゃないか。気にしてどうする)
聞きながら私は居心地の悪さを隠すように、料理を口に運んでいた。
夕食後、私達は書斎に移動した。書斎は洋間で屋敷一階の一番端にあった。ドア開けると正面に机と窓がある。窓からは林と海が見えて、夕焼けのオレンジの光が差し込んでいた。まだ昼間の熱気が残り、古い紙の匂いが立ち込めている。
「普段ここを仕事場にしてるんです。まだ全部片付いていませんけど……」
床の段ボールを除けながら、守人は私を案内した。
「ここの蔵書はなかなか興味深いですよ。かなり古いものもあります」
確かに平積みにされている和綴じの本もある。何となく棚の本を目で追う。
『海洋民族の神話と祭祀』『上古の神神』『罔象草子』『続密呪経典』……なるほど、弟の好きそうな本だと思っていると、こつ、と何か足に当たった。
乾いた黒い泥がこびりついた遮光瓶。汚れているが瓶のラベルは新しい。確かこの瓶は丁度作業中だった学校の用務員と雑談していて見たことがあった。
ストリキニーネ。
さっと守人が屈んで瓶を拾い上げた。
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私は眉をひそめた。
「こんなところに転がしてちゃいけないだろう」
本当なら鍵付きの戸棚に入れなければならないようなものだ。
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昔から守人は神経質な一方で、興味があるもの以外しばしばいい加減になることがある。
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「ーー大丈夫です。これはもう使わないから」
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「こうした方がよく見える」
マッチを擦ってランプに火を灯して、仕事机の鍵のかかる引き出しの中から、一つの木箱を取り出した。
「一体何を見せてくれるんだ?」
「これです」
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「この家の庭には、ちょっと分かりにくい所に祠があるんですが……」
守人の長い指が布を開く。
「その祠の中に納められていたんです」
包まれた中には、黒い石があった。
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