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本編

誓い【完】

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「旦那様のお仕事の部屋だよ。クロ、一緒に来て」
重い扉を開けると、中は外の一切の喧騒と血煙から切り離されていた。
部屋の主の性格を表しているかのような整然とした空間に、余計な調度品は一切置かれていなかった。正面の窓からの午前の陽光が、大きく重厚な作りの机とその奥に立つ一人の男に注いでいた。
紳士然とした、一見穏やかそうな佇まいの壮年の男だった。
「旦那様!」
青年はその人物の元へ駆け寄り抱き付いた。
「お帰りなさい!!」
「ただいま、私の愛する妻よ。会いたかったよ」
壮年の男は青年を抱き締めキスをした。
「ん……っ♡僕も寂しかった♡僕の旦那様♡」
青年は嬉しそうに応えている。
「それにしてもあいつらは私が留守の間に我が伴侶に随分勝手なことをしてくれたものだ。野蛮な連中が大勢でやって来て怖かっただろう?」
青年がこくりと頷く。
「とっても怖かった……」
「可哀想に。本当にすまなかった。許してくれ」
ぎゅっと抱き付く青年の頭を彼の伴侶は撫でている。
「でも旦那様が助けに来てくれたから。クロもいてくれたし……」
青年が男を振り返り、紳士もこちらに視線を向けた。
青年に魔物の子を産ませ続けている
『旦那様』。『死神』『魔王』『災禍』の二つ名。世界を滅ぼす本当の元凶。
「君が“クロ”かい?」
紳士は柔和に微笑んでいる。
「クロは僕が付けた名前なんだ。僕が拾ったから」
「妻が世話になったようだ」
男は青年と過ごす生活の最後の方には、青年の伴侶であるそいつを殺せば、もう彼は子を産まなくていいし、彼の命を奪うべき理由もなくなるのではないかと、どこかで考えていた。
だがあの巨大な転移魔法陣、夥しい数の魔物の群れを従え操っているのを目の当たりにして、自分の実力では殺すことは叶わないだろうと悟った。
「どうしたの? クロ」
「安心したまえ、妻を守ってくれた恩人に無礼なことはしない」
警戒している男を見透かしたように、紳士は言った。
「クロは僕の出産も手伝ってくれたんだ!」
「ほう、それは……」
「あといろいろ気持ち良かった♡」
あっさり報告する青年に、もしや間男といえる自分はここで殺されるのでは…… と男は身構えたが、相手は青年に向けて苦笑いしていた。
「君は相変わらず奔放だね」
「そうかなあ?」
「まあ、私のせいでもあるが。クロくん、私は妻のこれは浮気と捉えていないんだ」
「もちろん♡ 僕は旦那様一筋だよ♡」
「妻はこの通りの淫乱だからね。相手が誰だろうと発情して快楽を求める。そして当人の自覚はないが、その時同時に相対した者を同じ状態に導く。覚えがあるかね?」
男はいつか見た淫夢や、理性を溶かしてしまうような香りを思い出した。
「本来異界の存在である子らを産む為、かの女神なる『母』の権能を担うならば仕方のないことなのだ」
「でもでも、クロは僕が嫌いじゃないからしてくれたんでしょ? そうだよね?」
確かに爛れた快楽には溺れていたが、青年にその能力がなくても、きっとどこか時点で青年に惹かれていたのではないかと今は思う。
「僕も君が大好きだよ! だからこれからも仲良くしてね♡」
男は答えずに目を逸らした。
仲良く、とは伴侶が戻ったからには、その意味を含まないだろう。もう肌を合わせることは無いのだろうと思うと、胸の奥に狂おしい何かを感じた。

「とにかくまずは君の傷をどうにかしようか。肩を見せてごらん」
「旦那様! 怪我はさっきクロが僕をかばって出来た傷なんだ。治してあげて!」
服を脱ぐように言われ、晒された肩に手がかざされる。
「治癒系はあまり得意ではないが」
呪文の詠唱が始まると肩に置かれた手から淡い光が広がり、痛みが引いていき、出血が止まる。
「取り敢えずはこれでいいかな。一応後でちゃんとした治療を受けたまえ。他に怪我はないか?」
「ない……」
「ありがとう旦那様!」
「いやいや、構わないよ。この青年が君の為にしたことなのだから」
紳士は寄り添う二人を見ている男の方を見て、口の端を皮肉げに歪めた。
「ところでさっきから君は、私のことが憎くて堪らないという顔をしているな。まあ無理もないが」
「………」
「さて、君はこれからどうするのだ。妻を助けてくれた礼だ。望めば安全にどこか人間の居住地へ送ってあげよう。その後は好きにすれば良い。しばらくの間はそこを子供たちが襲わないように言い聞かせておく」
青年が慌てて割って入る。
「え、待って! クロは僕と一緒にいるんだよ! どこかにやらないで!」
「妻はこう言っているが………ではここに留まるか? 私の部下としてそれなりの待遇で迎え入れよう」
「部下だと」
「そうだ。同じ人間で、我々に味方してくれるような人材は是非とも欲しいのでね」
「俺は……」
男はついさっき親しかった女性の手をとり損なった、己の手を見つめた。
あんな悍ましい死を迎えねばならないようなことを、彼女は何もしていなかったはずだ。
「ーーー嫌だ。俺から全部を奪ったあんたには絶対従わない」
「そうか」
「だめだよクロ、行かないでよ!! お願い!!」
男の胸に様々な思いが去来した。
家族も友人も自分にはもう何もない。
死ぬつもりだったとはいえ、人類に向かって刃を向けた。
無邪気で、淫らで、優しく、残酷なこの青年を求めた。

「あんたには従わない、だが、………こいつになら仕えてもいい。そしてこいつが望むなら、あんたに従ってもいい」
「それって……」
紳士は呵呵と大声で笑った。
「そうかそうか! 嬉しいよ。我が伴侶が選んだ男だ。信用しよう。今回の件もあるし、私が留守の間家を守ってくれる番犬が欲しかったところだ。たまには妻の相手もしてやってくれ」
「良かった! 旦那様も認めてくれてるよ!」
青年は男に飛びついて喜んだ。
「やれやれ思った以上に君は妻に気に入られているようだ。まあいい。改めて君を歓迎しよう」
「クロ、僕のこと守ってくれるの?」
「ああ」
男は青年の前に膝まづくと、その手を取った。
「お前を俺の主とさせて欲しい。これから先何があってもお前を守ると誓おう」
「うん! ずっと一緒だよ!君は僕が拾ったんだから僕のものだよ! 」
「もちろんだ」
男は青年の手を引き寄せると、その指先に恭しく口付けをした。
「俺の主よ、どうかいつまでも側にいることをお許しください」
こうして男は青年の忠実な下僕となった。
「クロ!♡大好き!!♡」
青年は男に飛び込んで来て、自分の唇を押し付けた。

その後魔物たちを産み増やす『母』の傍らに、常に彼を守る褐色の肌の犬が侍ることになった。
これが己の人生の残りを魔王の側近、そして彼の伴侶を守る忠実な犬として、クロという名で生きていくことを決めた男の顛末である。
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