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本編

襲撃

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夜明け前、人の気配で目を覚ました。
気配は館の外からのものだった。大勢の人間のさざめき。そして馬の蹄の音。
「起きろ」
青年を揺すると、眠そうな顔をしながら体を起こした。
「なぁに……?」
「人が大勢いる。もう囲まれている」
青年はきょとんとしている。
「え? どうして? ここに人が来るはずないよ……」
カーテンの影から外見ると、武装している兵士や民兵らしき姿が見える。
「この屋敷は旦那様が何重にも結界で隠してるのに何で……。クロが敷地に倒れてたのは、たぶん偶然がいくつも重なったからなんだ。ほんとなら入れない」
青年の声は動揺している。
何かしらの方法で『母』の居場所を突き止めたのだろう。
あるいは使用人の中に、決死の覚悟で以て外に伝えた者がいたのか……。
外は怒号が飛び交い、魔物の『母』に対する怨嗟の声が聞こえてくる。
「ひっ……」
青年の顔は真っ青になっている。
「だ、旦那様もいないのにどうしよう……ああっ、僕の子供たちが……っ」
この屋敷にいる魔物は、第一世代の魔物とはいえごく幼い幼体だけ。男にとっては厄介だった存在だが、数で押されれば武装した人間たちになす術なく次々と殺されていく。
「あ、ああ……あっ、み、みんな死んじゃう……っ。あの子たち生まれたばかりなのに……」
青年が涙ぐむ。
“『母』を見付けろ!”
“殺せ!”
「あの人たち僕と子供たちを殺しに来たの? ううっ……僕も殺されちゃうの?」
男が震える肩を抱くと、青年は泣き出した。
「クロ……怖いよぉ……っ」
(俺は、どうすればいい)
「……助けて……っ」
今日、自分が彼を殺すつもりだった。
だが……。
「おい、俺が扱える武器はあるか」

すでに出入口は全て塞がれていた。
「お前が隠れられるような部屋はないのか」
「図書室と礼拝堂に隠し部屋があるけど、礼拝堂はここから遠い……」
「図書室に行くぞ」
男は青年の手を引いて走った。
「この部屋に隠れていろ」
「うん」
不安げな表情が男を見つめた。
「クロはどうするの」
「ここで奴らが去るのを待つ」
「でも……」
「大丈夫だから泣くな」
青年の頭を撫でてやる。
大きな喚声があがり、屋敷の入り口が突破されたらしかった。たくさん人間たちがなだれ込み、ほどなくして部屋の外から幼体たちの断末魔が響き始める。
「ああっ……みんな……」
「いいか、絶対に出てくるな」
「うん……っ」
青年は小部屋に小さくなって膝を抱えてうずくまった。
男は剣を抜き、書棚の影に立って息を潜めた。
このまま青年が見付からずにいてくれれば……。
だが、外の人間たちは一つずつ部屋を改め始めた。
図書室の扉が乱暴に開け放たれる。
「ここにもいないか……」
「いや、もう少し探してみよう」
「俺はこっちを探す」
この人数では戦って青年を逃がすなど不可能だ。見付からないことを願うしかない。
男が身構えていると、足音が近付いてくる。
「あっ……!」
書棚の影にいた男を、兵士が発見する。
「お前はここの使用人か……?」
「あ、ああ……」
「剣を下ろしてくれ、大丈夫だ。俺達は『母』を殺しに来たんだ。他の使用人たちは保護された。君も来たまえ」
「分かった」
男は話を合わせ、剣を下ろした。
このまま隠し扉が見付からなければ、切り抜けられる。
「外れか」
「次に行こう」
他の者たちの会話が耳に入り、胸を撫で下ろした瞬間だった。
「出てこい!」
青年のいる小部屋の入り口が見付かってしまった。

「や、やめて……っ」
兵士が青年の腕を掴んで引き摺り出した。
「黒い髪と目の男、聞いていた人相だーー見付けたぞ!! こいつだ!!」
「嫌だ、離してよ……っ」
青年がもがいているうちに、声を聞きつけ、部屋に人が集まって来た。
「見付けたぞ! 邪神を産み落とした『母』!」
「絶対に許すな!!」
「殺せ!!」
人々が青年を取り囲む。
全員が憎悪に満ちた目で青年を見ていた。
「胎の印を確かめろ!」
「……や、やだ……やだあぁっ」
兵士たちが怯えて泣き叫んでいる青年を押さえ付け、服を捲り上げた。下腹部の黒い紋様が露になる。
「やっぱり間違いない! この忌まわしい化け物め!!」
「殺せ! 殺せ!」
「ク、クロ……」
涙で濡れた顔が男を見た。涙で濡れた顔が男を見た。
ああ、もう自分に出来ることは何もない。
男はその場に動かず立っていた。
結局自分の心を決められないばかりに取ってしまった行動なのだ。
卑怯だけれど、己の手を下すよりは、これで………。

指揮官とおぼしき人間が歩み出る。
「本来手足を落として晒しものにしたとて足りないくらいだが、使用人らの話では館の主は不在でもいつ戻るとも限らない。護送しようも魔物どもを呼び寄せられでもしたら、副都までたどり着けるか分からん。よって時間はかけられん」
男の目の前で青年が膝まづかせられた。首を落とす為の剣が振り上げられる。
「今こ我らの手で、世界に平和を取り戻すのだ!!」
振り下ろされた刃は、一本の剣に受け止められた。
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