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本編
館と青年(2)
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「クロ、怪我の具合はどう?」
毎朝のように青年は男の体調を尋ねた。
「ああ、だいぶ良くなった」
幸い骨は折れておらず、ひびが入っただけで済んでいた。
「そうかぁ、良かった。あ、でも治ったらここを出ていくの」
「まだ分からない」
この青年を殺すまでは、男はここから動くつもりはなかった。
こちらの心を知らないで、青年は相変わらず一方的に親しげな態度だった。
「そうだ! 庭の花が今見頃なんだよ。今日は一緒に見に行かない?」
青年に連れられ、男は館の中庭をおとずれた。
手入れの行き届いた美しい庭園の一角に、色とりどりの花が咲き乱れている花壇があった。
植えられているのはどれも良く見る園芸品種だったが、外で見るものより花弁が大きくより色鮮やかに見えた。しかしよくよく見るとそのどれもがどこかに歪な奇形を発現しており、たまに異形の幼体が草花の間を這っていたりした。
「見て! 綺麗でしょう」
普通の感覚では毒々しく映る景色にどう答えたものかと男は黙っていたが、青年は気にせず続けた。
「ここはね、僕が作ったんだ。昔、花壇の作り方を教えてくれた人がいたんだけど、その人はもういなくて、花を見ているとその人を思い出すよ」
男が眉をひそめる。
こいつにも普通の人間と同じような思い出があるのか?
「どんな奴だったんだ」
「え……? ええとね、あれ? よく覚えてないな……」
青年は急に困惑した顔をした。
「でもクロにはどうしても見て欲しくて! 歩けるようになったら連れてこようと思ってたんだ。僕はよく中庭でお茶を飲んだりしてるんだけど、今度君も一緒にーー」
「お前は人……なのか?」
青年はきょとんとした顔になる。
「うん、そうだよ。当たり前でしょ。僕も、あと旦那様も普通の人間だよ」
「旦那様とは誰だ」
「旦那様は僕の旦那様だよ!」
男は青年の話を聞いてから、もしやと考えていたことがあった。
「お前は旦那様が子供たちを連れて行くと言った。もしや旦那様とはあの『魔王』のことなのか?」
この世界には『母』と並んで、世界を滅びへと導いている存在がいる。
知性のない魔物に人の住む土地を襲わせるなど、秩序ある行動を取らせ、国と国の間に不和と戦乱の火種を撒き散らすべく暗躍する。魔物に蹂躙された地の夥しい屍の上に立っているのを目撃される男。『死神』『魔王』『災禍』。そんな名で呼ばれる者の正体は、男であること以外分かっていない。
彼の協力者たちは最後まで口を割ることはないか、割る前に死ぬからだ。
彼は単に発生した魔物を利用し操っているだけなのか、『母』自体と関係あるのかは不明であった。
彼の素性は、『母』を信奉し従う狂信者であるとか、彼こそが邪法を用い『母』を作り出したした魔術師だとか、はたまた『母』の伴侶であるとも言われていた。
「最後が一番近いかな。僕は旦那様の奥さんだからね♡」
青年は頬を染めながら言った。
「奥さんって、そいつと結婚しているのか!?」
「うん、そう」
男同士でかとか、こんな奴らが結婚を一体何の神に誓うのだとか思うが、確実に言えるのは、夫婦揃って最悪だ。
「僕に印を付けて、子供を生めるようにしてくれたのも旦那様だよ。君にも前に見せたよね」
青年の腹にある黒い女神の印、あれは持って生まれたのではなく、後から施したものだったらしい。
「お前の言う旦那様とやらはどうしてそんなことしたんだ……」
「僕との子供が欲しかったからだよ♡」
目の前の青年はパートナーと子供を持つ為だったと、本気で思っているようだ。理解に苦しむ。
「クロにも旦那様に会って欲しいな。旦那様はすごく素敵な人だから」
青年はやっぱりにこにこ笑っている。
男は自分の目的も忘れ、青年に哀むような感情を抱いてしまった。もしかしたら、この子供のような青年はそいつに利用されているだけなのではないか……。
(余計なことは考えるべきじゃない。知る必要もない)
男は自分の心によぎったものを無視した。
毎朝のように青年は男の体調を尋ねた。
「ああ、だいぶ良くなった」
幸い骨は折れておらず、ひびが入っただけで済んでいた。
「そうかぁ、良かった。あ、でも治ったらここを出ていくの」
「まだ分からない」
この青年を殺すまでは、男はここから動くつもりはなかった。
こちらの心を知らないで、青年は相変わらず一方的に親しげな態度だった。
「そうだ! 庭の花が今見頃なんだよ。今日は一緒に見に行かない?」
青年に連れられ、男は館の中庭をおとずれた。
手入れの行き届いた美しい庭園の一角に、色とりどりの花が咲き乱れている花壇があった。
植えられているのはどれも良く見る園芸品種だったが、外で見るものより花弁が大きくより色鮮やかに見えた。しかしよくよく見るとそのどれもがどこかに歪な奇形を発現しており、たまに異形の幼体が草花の間を這っていたりした。
「見て! 綺麗でしょう」
普通の感覚では毒々しく映る景色にどう答えたものかと男は黙っていたが、青年は気にせず続けた。
「ここはね、僕が作ったんだ。昔、花壇の作り方を教えてくれた人がいたんだけど、その人はもういなくて、花を見ているとその人を思い出すよ」
男が眉をひそめる。
こいつにも普通の人間と同じような思い出があるのか?
「どんな奴だったんだ」
「え……? ええとね、あれ? よく覚えてないな……」
青年は急に困惑した顔をした。
「でもクロにはどうしても見て欲しくて! 歩けるようになったら連れてこようと思ってたんだ。僕はよく中庭でお茶を飲んだりしてるんだけど、今度君も一緒にーー」
「お前は人……なのか?」
青年はきょとんとした顔になる。
「うん、そうだよ。当たり前でしょ。僕も、あと旦那様も普通の人間だよ」
「旦那様とは誰だ」
「旦那様は僕の旦那様だよ!」
男は青年の話を聞いてから、もしやと考えていたことがあった。
「お前は旦那様が子供たちを連れて行くと言った。もしや旦那様とはあの『魔王』のことなのか?」
この世界には『母』と並んで、世界を滅びへと導いている存在がいる。
知性のない魔物に人の住む土地を襲わせるなど、秩序ある行動を取らせ、国と国の間に不和と戦乱の火種を撒き散らすべく暗躍する。魔物に蹂躙された地の夥しい屍の上に立っているのを目撃される男。『死神』『魔王』『災禍』。そんな名で呼ばれる者の正体は、男であること以外分かっていない。
彼の協力者たちは最後まで口を割ることはないか、割る前に死ぬからだ。
彼は単に発生した魔物を利用し操っているだけなのか、『母』自体と関係あるのかは不明であった。
彼の素性は、『母』を信奉し従う狂信者であるとか、彼こそが邪法を用い『母』を作り出したした魔術師だとか、はたまた『母』の伴侶であるとも言われていた。
「最後が一番近いかな。僕は旦那様の奥さんだからね♡」
青年は頬を染めながら言った。
「奥さんって、そいつと結婚しているのか!?」
「うん、そう」
男同士でかとか、こんな奴らが結婚を一体何の神に誓うのだとか思うが、確実に言えるのは、夫婦揃って最悪だ。
「僕に印を付けて、子供を生めるようにしてくれたのも旦那様だよ。君にも前に見せたよね」
青年の腹にある黒い女神の印、あれは持って生まれたのではなく、後から施したものだったらしい。
「お前の言う旦那様とやらはどうしてそんなことしたんだ……」
「僕との子供が欲しかったからだよ♡」
目の前の青年はパートナーと子供を持つ為だったと、本気で思っているようだ。理解に苦しむ。
「クロにも旦那様に会って欲しいな。旦那様はすごく素敵な人だから」
青年はやっぱりにこにこ笑っている。
男は自分の目的も忘れ、青年に哀むような感情を抱いてしまった。もしかしたら、この子供のような青年はそいつに利用されているだけなのではないか……。
(余計なことは考えるべきじゃない。知る必要もない)
男は自分の心によぎったものを無視した。
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