上 下
48 / 90

47・悲劇は美談に隠されるもの

しおりを挟む


「――――鞘ありで使われた剣の威力は、作った本人すら脅威と感じた。そんな剣に己の命を狙われたら?」
「鞘だけは、誰にも渡さないな…」

 顔を寄せて内緒話をするように声を潜め、アレクに問うと彼は眉間を寄せて答えた。
 そう、だから抜身の剣をロンベルドに渡した。うんうんと正解と頷いて見せた。

「だが、それなら剣を渡さなければよかったんじゃ?」
「そうは行かなかったのよ。すでに剣はロンベルドの兵達の前で猛威を振るって見せたし、それに剣には勇者の手に渡る様に術が仕込まれていた。そうでしょ?アレク」
「あ…そうだ。新たな勇者が召喚されたと同時に、剣はその手に現れる。俺もそうだった…」

 アレクの手にある剣は、確かに通常の剣とは違う魔剣だったけれど、お爺ちゃんの話す様な禍々しさは感じられない。そんな剣を振り回していたなら、樹海で会った時にすぐに気づいただろう。それ以前に、ここへは入れなかったはずだ。
 でも、《勇者の剣》なのだ。

「剣を折って廃棄するには、今までの苦労を考えれば惜しいし、万が一に、完全復活しなければならない事態が起こるかもしれない。なんと言っても、鞘に合う剣はおいそれと作れない…じゃあ、威力の発動機になる鞘を隠す方が簡単よね?」

 怖い話だ。邪獣を倒せる勇者の剣が、実はもっと高威力を持つなんて。魔女を単独で倒せる剣を!と考え出された剣。それが勇者にふさわしいとでも思っていたのかしら、あの外道は!

「ルード…よく勝てたわね?喧嘩を買った時にこれを相手にしてんでしょ?」
『それはな、アズとの契約の加護があったからだな。』
「ほー。それはそれは。やっぱり私が最強なのねぇ」

 勇者の剣が鞘を得て、本調子に戻った時は―――――どうなのかな?
 ふとリュースに目をやると、何の感情もない表情の中で、紅い目だけがゆらゆらと炎の様に揺らめく色を見せ、勇者の剣を凝視していた。

「リュー?」
「……その鞘が、その剣と会う前に壊して欲しい。聖人は…不老不死の大魔導士は生きてるってアズは言ったよね?奴が現れたら、その剣がアズを狙うことになるんでしょう?」
「まぁね…あの糞ガキの切り札だもん」
「もしかしたら、アレクが…その剣でアズと戦うことになる可能性だって…」
「無いとは言い切れないわ。これは、魔女を狩るために造られた《勇者の剣》だからね。鞘が戻った時、どんな呪いが発動するのか判らないわ」

 武神と呼ばれた勇者は、魔女を相手にどんな感情で戦いを挑んだんだろう。魔女=悪と教え込まれていたのか、大魔導士の裏を知っていて同類の考えで行っていたのか―――はたまた、リュースの示すように隷属させられていたのか。
 あの、苦渋をのせた表情は、一体どれなんだろ。

「僕は…その剣が使われ続けることが嫌だっ。…ごめん、アレク!でも、我慢できないっ」
 
 アレクからあえて顔を逸らし、リュースは唾棄するように言い放った。

「……」

 アレクもあえて返事を口にせず、ただ黙って手にした剣を見下ろしていた。



 数日後、リュースの「腹を括った!」の一言を合図に、私は彼とルードとお爺ちゃんの前に、パレストの魔術師の報告書を持って来た。それまではツリーハウスに封鎖の術をかけて誰も入室できないようにしておいたのだ。
 そして、アレクを呼ばなかったのには理由がある。すでに暗黙の内に気づいてた面々は、それには誰も意見を言わなかった。
 ゆっくりと深呼吸をして、リュースの対面に座った。

「おおよその見当はついてるよね?」
「うん…あの剣は、《赤目の民》の命を使って…造られたんだ…よね?」
「…始めは数人の《赤目の民》を使って…でも、足りないと。それから段々と人数を増やして…」
「最後は―ー―――村ごと!それが、だったんだ…」

 手にした数枚の紙を、小刻みに震えるリュースの手に乗せた。いきなりぎゅっと束を握りしめ、内に競り上がって来た激情を必死で抑え込もうとするように、白くなるほど拳を握りしめていた。
 私の脳裏に、あの凄絶な廃墟の光景が蘇る。リュースもきっと同じだろう。
 何の罪もなく、聖人に感謝しながらひっそりとくらしていた民人たち。なのに、その聖人が裏では自分たちを、まるで魔物から採れた材料の様に見ていたなんて、死と直面するまで考えもつかなかっただろう。逃れられた者も、結局は幸せとは一概に言えない未来になってしまって…。

「貴方たち一族に伝わる聖人の話しは、それを隠すためのもの。あの集落に全ての《赤目の民》がいた訳じゃないんでしょう。何らかの事情や、良い人と巡り会って出て行った人なんかもいたでしょうね。だから、リュースがいるんだし…でも、バレて恨みを買って復讐されでもしたら大変だと思った誰かが、そんなでっち上げ噺しを囁いた。一族の中だけの口伝として。そして、表では魔女同様に悪い噂を流した…」
「魔族と言われて…?」
「たぶん、そう。《赤目の民》の生き残りに、人々が妙な関心を持たないように。貴方たちは、何もなければ魔術師や魔法使いとして、様々な国や権力者から重用されたと思う。だって、勇者に匹敵する魔力量の持ち主よ?放っとく訳ないじゃない?でも、魔女並みに忌避される噂を流せば、誰も相手にしないわ。いくら魔力が多くても、魔に穢された力だと言われてしまえば…」
「そこまで…そこまで徹底して、僕らの一族は無いもの扱いされなきゃならない…そんなのっ!」

 握った紙の束に、ぽつりと雫が落ちた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

処理中です...