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18・捨てるバカあれば、拾う魔女あり

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「――――違います!だから、ちゃんと薬だと!」
「薬とは聞いた!!だが怪しい薬だ――――」

「リュース、どうしたの?何事!?」

 案内所の前で門兵三人がリュースを囲み、その中の一人が彼の胸倉を掴んで怒鳴っていた。他の二人もリュースの逃亡を阻止するために、剣の柄に手をおいて左右を固めている。

「アズさん……」
「なんだ?お前も関係者か!?」
「ちょっと待ってよ。一体何があったの?」
「こいつは前に怪しい薬を売りつけたんだ。今日も売っていたと報告があって尋問している所だ」

 怪しい薬って、コーヒーのことかな?

「前に売ったって、その時、効能をちゃんと説明したんでしょう?」
「はい、しました。眠気覚ましや疲れが回復すると!」

 私の問いかけに、リュースは胸倉を掴まれながらも正直に話してくれた。それを聞いた門兵達が顔に怒気を滲ませた。

「眠気が覚めるどころか、その日一日眠れなくなったんだぞ!そんな薬は怪しいに決まっている!」
「……バカじゃないの?お茶やお菓子じゃないのよ?ココはね、薬なの。ポーションや回復薬と同じように、人それぞれ効きの違いがあるのよ。少し血の巡りを良くして気持ちを高ぶらせて、眠気覚ましや疲れを回復する効果があるの。慣れてない人は、効果が少し長めに続いたりするの!一日続くくらいは通常効果よ?それとも、あなたはまだ効果が続いてるとでも?」
「いや…言った通り、一日だったが…お前は、薬師か?」

 私が胸を張って自信満々に効能の説明(ちょっと嘘含み)を、立て板に水のごとく喋ったことで、男たちは一気に怯んだ。……なんで、リュースまで一緒に!

「魔導士よ。もちろん薬も扱うわ!さ、離してちょうだい。私の大事な弟子を!」
『おいおい。弟子とは…』
『うっさい!白い嘘よ』

 未だにリュースの襟を掴んでいた門兵の手を勢いよく払いのけ、リュースを引いて私の後ろへ庇った。睨みつけながら、軽い【威圧】を放ってやる。

「わ…分かった。だが、もう街で売るのは禁止だ。今度見つけたら、罰金を取るからな!」

 門兵は自棄気味に警告すると、詰所へ足早に戻って行った。
 みるみるリュースの顔色が変わって行き、震え始めた。商売人だけに、品物を売るなと言われるのは厳しい沙汰だろう。

「そんな…」
「大丈夫よ。私に任せて。だから、ここは引きましょ?」
「…は…い」
「さて、生の種の所へ案内して」

 悄然と肩を落として丸まった薄い背中を、励ますように叩いた。
 私より少しだけ高い身長なのに、この薄さは私より小さく彼を見せた。色が薄いために白く見える睫毛の影が、さっきは綺麗に輝いていた紅の眼に暗く落とした。

 リュースの案内で私たちは乗合馬車に乗り、たくさんの商人馬車が行き交う街道を半刻ほど走り、そこから田舎道を小さな集落へと歩いた。道行みちゆきの間、ルードが愛嬌を振りまいてリュースを慰め、リュースも少し持ち直したのか笑顔を見せてくれた。
 集落は草原の中の小さな林の中にあり、村人たちは細々と畑を耕し狩りをして暮らしているらしかった。リュースの家は、その集落の奥からわずかに離れた場所に立っていた。回りに赤い実の房を下げた灌木が囲み、ココを育てているのはリュースだけの様だった。

「僕を育ててくれた祖父が薬師で、他の薬も作ってたんですが、ことにココを使った薬はこの村では必需品になっていたんです。場所が場所だけに村の周りの夜警や、夜にする狩りなどで…」
「リュースも薬師なんだよね?」

 古い小屋や室内の様子から、彼を育てた祖父はもうこの世の人じゃないのには気づいていた。一人残された彼の生活が今は苦しいことも。僅かに残された生活の支えも、門の中ですっぱりと切り捨てられてしまった。
 未来の見えないリュースの心細さは、その薄い肩と力のない声に現れていた。

「やっと技を教えてもらい始めた頃に、祖父は亡くなって…薬師と呼ばれるほどのことは、まだ…」
「そっかぁ……う~ん」

 灯り取りのために開け放たれた戸口の向こうには、身を寄せ合う村人たちの粗末な家が並んでいる。でも、人の気配は細々としていて、活気どころか生活の匂いも薄い。

「ここは、どれくらいの人が残っているの?」

 ずばっと切り込んだ私の問いに、細い肩が震えた。伏せていた顔を上げ、迷子の様な眼差しが私を見つめた。

「もう年寄しかいなくて……若い人たちは街へ移って行って。僕は身寄りも伝手もないから、ココの木を守ってここに居るしか―――――それに魔族だから…」

 小さく呟きながら、視線がまた落ちた。

 私は勢いよく手を打ち鳴らして、ガタついた椅子から立ち上がった。リュースが驚いて見上げてくる。その顔に向かって、思い切り悪い顔で笑んで見せた。

「それなら何のしがらみもないね!リュース、引っ越ししよう。ココの木と一緒に私の所においで!」
「ええ!?」
「私はさ、このアルセリア共和国は差別のない国だって聞いていて、それなら不愉快な貴族連中に悩まされたりせず、国民の誰もが明るく楽しく暮らす国なんだろうと思って来たのよ。でも、初日から君と同じ民族の女の子が、なんの落ち度もなく罵倒されている所に行きあたったわ。そして、次の日には君よ。その女の子は、雇い主がいい人だったから安心して見送れたけれど、君は見捨てられないわ!
 なんたってココの将来がかかっている!」
『おい!』
 
 リュースの膝の上で撫でられながら寝ていたルードが、私の傍若無人な物言いに思わず突っ込んで来た。けど、無視!
 拳を振り上げて宣言する私に、呆気にとられたリュースが口を開けて見上げていた。

「アズさん…」
「私の棲み処は北の果ての、魔物と魔獣しかいない樹海の中。君を悩ます人族はいないわ。のんびりココを育てながら薬師の修行をして」
「でも、ココの木を持って行くなんて…」
「―――――できるでしょ?その鞄は、どこに繋がっているの?」

 途方に暮れて瞳を揺らしていたリュースに顔を近づけ、他に誰もいないのに小声で囁いた。隠していたモノを見つけられて、リュースの表情が凍った。

「大丈夫。私は君以上のモノを持っている。魔力もインベントリも!どうする?」
「……あなたは…なんなんですか?」


「私は大魔導士。そして、この世で最後の魔女。『森羅万象の魔女』アズ」
 
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