19 / 90
18・捨てるバカあれば、拾う魔女あり
しおりを挟む「――――違います!だから、ちゃんと薬だと!」
「薬とは聞いた!!だが怪しい薬だ――――」
「リュース、どうしたの?何事!?」
案内所の前で門兵三人がリュースを囲み、その中の一人が彼の胸倉を掴んで怒鳴っていた。他の二人もリュースの逃亡を阻止するために、剣の柄に手をおいて左右を固めている。
「アズさん……」
「なんだ?お前も関係者か!?」
「ちょっと待ってよ。一体何があったの?」
「こいつは前に怪しい薬を売りつけたんだ。今日も売っていたと報告があって尋問している所だ」
怪しい薬って、コーヒーのことかな?
「前に売ったって、その時、効能をちゃんと説明したんでしょう?」
「はい、しました。眠気覚ましや疲れが回復すると!」
私の問いかけに、リュースは胸倉を掴まれながらも正直に話してくれた。それを聞いた門兵達が顔に怒気を滲ませた。
「眠気が覚めるどころか、その日一日眠れなくなったんだぞ!そんな薬は怪しいに決まっている!」
「……バカじゃないの?お茶やお菓子じゃないのよ?ココはね、薬なの。ポーションや回復薬と同じように、人それぞれ効きの違いがあるのよ。少し血の巡りを良くして気持ちを高ぶらせて、眠気覚ましや疲れを回復する効果があるの。慣れてない人は、効果が少し長めに続いたりするの!一日続くくらいは通常効果よ?それとも、あなたはまだ効果が続いてるとでも?」
「いや…言った通り、一日だったが…お前は、薬師か?」
私が胸を張って自信満々に効能の説明(ちょっと嘘含み)を、立て板に水のごとく喋ったことで、男たちは一気に怯んだ。……なんで、リュースまで一緒に!
「魔導士よ。もちろん薬も扱うわ!さ、離してちょうだい。私の大事な弟子を!」
『おいおい。弟子とは…』
『うっさい!白い嘘よ』
未だにリュースの襟を掴んでいた門兵の手を勢いよく払いのけ、リュースを引いて私の後ろへ庇った。睨みつけながら、軽い【威圧】を放ってやる。
「わ…分かった。だが、もう街で売るのは禁止だ。今度見つけたら、罰金を取るからな!」
門兵は自棄気味に警告すると、詰所へ足早に戻って行った。
みるみるリュースの顔色が変わって行き、震え始めた。商売人だけに、品物を売るなと言われるのは厳しい沙汰だろう。
「そんな…」
「大丈夫よ。私に任せて。だから、ここは引きましょ?」
「…は…い」
「さて、生の種の所へ案内して」
悄然と肩を落として丸まった薄い背中を、励ますように叩いた。
私より少しだけ高い身長なのに、この薄さは私より小さく彼を見せた。色が薄いために白く見える睫毛の影が、さっきは綺麗に輝いていた紅の眼に暗く落とした。
リュースの案内で私たちは乗合馬車に乗り、たくさんの商人馬車が行き交う街道を半刻ほど走り、そこから田舎道を小さな集落へと歩いた。道行の間、ルードが愛嬌を振りまいてリュースを慰め、リュースも少し持ち直したのか笑顔を見せてくれた。
集落は草原の中の小さな林の中にあり、村人たちは細々と畑を耕し狩りをして暮らしているらしかった。リュースの家は、その集落の奥からわずかに離れた場所に立っていた。回りに赤い実の房を下げた灌木が囲み、ココを育てているのはリュースだけの様だった。
「僕を育ててくれた祖父が薬師で、他の薬も作ってたんですが、ことにココを使った薬はこの村では必需品になっていたんです。場所が場所だけに村の周りの夜警や、夜にする狩りなどで…」
「リュースも薬師なんだよね?」
古い小屋や室内の様子から、彼を育てた祖父はもうこの世の人じゃないのには気づいていた。一人残された彼の生活が今は苦しいことも。僅かに残された生活の支えも、門の中ですっぱりと切り捨てられてしまった。
未来の見えないリュースの心細さは、その薄い肩と力のない声に現れていた。
「やっと技を教えてもらい始めた頃に、祖父は亡くなって…薬師と呼ばれるほどのことは、まだ…」
「そっかぁ……う~ん」
灯り取りのために開け放たれた戸口の向こうには、身を寄せ合う村人たちの粗末な家が並んでいる。でも、人の気配は細々としていて、活気どころか生活の匂いも薄い。
「ここは、どれくらいの人が残っているの?」
ずばっと切り込んだ私の問いに、細い肩が震えた。伏せていた顔を上げ、迷子の様な眼差しが私を見つめた。
「もう年寄しかいなくて……若い人たちは街へ移って行って。僕は身寄りも伝手もないから、ココの木を守ってここに居るしか―――――それに魔族だから…」
小さく呟きながら、視線がまた落ちた。
私は勢いよく手を打ち鳴らして、ガタついた椅子から立ち上がった。リュースが驚いて見上げてくる。その顔に向かって、思い切り悪い顔で笑んで見せた。
「それなら何の柵もないね!リュース、引っ越ししよう。ココの木と一緒に私の所においで!」
「ええ!?」
「私はさ、このアルセリア共和国は差別のない国だって聞いていて、それなら不愉快な貴族連中に悩まされたりせず、国民の誰もが明るく楽しく暮らす国なんだろうと思って来たのよ。でも、初日から君と同じ民族の女の子が、なんの落ち度もなく罵倒されている所に行きあたったわ。そして、次の日には君よ。その女の子は、雇い主がいい人だったから安心して見送れたけれど、君は見捨てられないわ!
なんたってココの将来がかかっている!」
『おい!』
リュースの膝の上で撫でられながら寝ていたルードが、私の傍若無人な物言いに思わず突っ込んで来た。けど、無視!
拳を振り上げて宣言する私に、呆気にとられたリュースが口を開けて見上げていた。
「アズさん…」
「私の棲み処は北の果ての、魔物と魔獣しかいない樹海の中。君を悩ます人族はいないわ。のんびりココを育てながら薬師の修行をして」
「でも、ココの木を持って行くなんて…」
「―――――できるでしょ?その鞄は、どこに繋がっているの?」
途方に暮れて瞳を揺らしていたリュースに顔を近づけ、他に誰もいないのに小声で囁いた。隠していたモノを見つけられて、リュースの表情が凍った。
「大丈夫。私は君以上のモノを持っている。魔力もインベントリも!どうする?」
「……あなたは…なんなんですか?」
「私は大魔導士。そして、この世で最後の魔女。『森羅万象の魔女』アズ」
6
お気に入りに追加
1,866
あなたにおすすめの小説
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~
夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」
カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。
それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。
でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。
そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。
※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。
※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。
※追放側のマルセナsideもよろしくです。
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています
如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。
「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」
理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。
どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。
何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。
両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。
しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。
「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる