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微睡みの中で【終】
しおりを挟む「アルヴァ」の店主オットーは、店に届けられた品々に、またか、とため息をついた。半年に一度、こうした贈り物が届く。踊り子のや奏者の衣装に、使い勝手のいいフライパン、軽くて割れにくいグラス。どれも入り用なばかり。どれも消耗品だから助かってるのは助かっているが、相手はいつも匿名。届けに来た者に聞いても、素性は知らないという。
思い当たると言えば、もう二年になるか、カサンドラとレオンが去ってから、この品物が届くようになった。あれから何処でどうしているのか。元気にやってるから、礼として送って来るんだろうが、何とも不気味だ。
開店して十分夜も深まった頃、客に奢ってもらって飲んでいると、一人が何気なく言い出した。
「うちの領主様の顔見たことあるかい?」
「今のはねぇな」
「俺もない」
「何かな、俺の親戚が屋敷で働いてんだけどよ、どうやら王宮で話題になってるらしいんだと」
「王宮で?」
「去年に皇太子のお披露目会に参加して、そこで領主様と奥方がワルツを披露したらしい。それがあんまりにも見事だったんで話題になってんだと」
「何で去年の話が今話題になってんだよ」
「うん、だからこれは去年の話。今は話題になってない」
「分かりづれぇ物言いしやがって」
「や、それでな、そういや領主様ってどんな顔なのか、誰も知らないよなって思って」
「前の領主様ん時はやれパレードだのやれ視察だの、よく見回りには来てたな」
「あれ女あさりだろ」
「みんな知ってるよ」
「その親戚に聞いてみたらいいじゃねぇか。どんな奴なのかさ」
「それが結構厳しいみたいで、話せないんだと」
「よっぽど美形か、醜男だぞそれ」
「醜男なら先にそっちで話題になるだろ」
「確かに。気になるよな」
「全然。川の整備してくれて、洪水も無くなったし、税金も来年から下げてくれるから、文句はねぇよ」
「良い領主様ではある。てかいつの間に結婚してたんだ?」
誰もが知らないと言った。
「まぁ良いじゃねぇか雲の上の人のことなんかよ。どうせ俺らには関係ねぇ話だ」
オットーはそう言って酒瓶を開けた。話はそれで終わって、彼もすっかりこのことを忘れていた。
突然の領主の屋敷からの呼び出し。何かしらの祝いがあり、酒が足らないという。オットーの店から買い取りたいと申し出があった。オットーは直ぐに酒を荷台に載せて、屋敷に向かった。裏手の門番に伝えると、正門から入れという。普通、裏だろと思いながらも正門へ。門番と数名の衛兵が荷台を引き受けると、身なりのいい年寄り(家令というらしい)が、ご丁寧な挨拶をして、どうぞこちらへと促した。オットーは普段着で着ていた。両手を振った。
「なんか勘違いしてねぇか?俺は酒を届けに来ただけだぞ」
「いいえ、オットー様をお連れするようにと、マクナイト伯爵からの直々のご命令です」
「こんな格好だぞ」
「伯爵はお気にされません」
「礼儀なんか知らねぇぞ」
「普段のままで結構です」
などと言う。オットーはもうどうにでもなれと、ヤケクソになりながら、せめて帽子を外した。
一生の内に一度しか機会が無いだろう屋敷の中は、何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。一つの部屋が広すぎて、どこをどう歩いてきたのか、恐らく一生働いても稼げないような壺やら絵やらが飾られて、目がくらんだ。というか緊張で疲れてきた。何でこんな目に。別に領主の悪口なんか言った覚えないぞ、多分。
何枚も扉を抜けて、ようやく家令が案内を終える。小さな部屋に通される。シンプルな白の壁紙で、大きな窓が十分に明かりを取り込んでいた。その窓に向かって、オットーから見れば背を向けて、伯爵らしい人が立っていた。
気づけば家令は姿を消していた。伯爵と二人きり。オットーは柄にもなく緊張して汗をかいていた。
伯爵が振り返るのに合わせて、頭を下げた。こんな時に気の利いた挨拶なんか出てこない。ひたすら恐縮した。
しばらく恐ろしい沈黙が続く。
「オットー・バラハム。ご苦労だった。顔を上げろ」
どこかで聞いた声だな、と思いながら顔を上げる。それから、あ、とオットーは驚愕した。
そこには毛皮商人のレオンが立っていた。
状況が飲み込めないでいると、レオンが不敵に笑った。
「その顔見ものだな」
「…失礼。知り合いにそっくりだったもんで」
「こんな瓜二つの他人なんか早々いない」
「え?じゃあ本当にレオンなのか」
余程間抜け面に見えたのだろう。レオンはクツクツと肩を震わせて笑いだした。オットーが知る彼はいつも無愛想だが、昼間に顔を合わせたせいなのか、随分明るい表情をしていた。
「事情が混み合っていてな。仕方なく伯爵なんかしてるのさ」
「逆だろ。お忍びって奴…失礼。領主様とは知らず、数々の無礼を」
「今まで通りで構わない。気味が悪いからな」
「…そーですかい。…てことは、カサンドラは…?」
レオンは答えず、隣室の扉を開けた。手招きされ、後をついていった。
「今、寝てるだろうから静かにな」
「俺なんかが来ていいのかよ」
「妻が望んでいるし、俺も自慢したい。ここで待て」
オットーはピタリと足を止めた。レオンは更に奥の部屋へと入っていくと、直ぐに戻ってきた。
レオンの隣に寄り添う女性、間違いなくカサンドラだった。彼女はオットーの顔を見るなり破顔した。
「オットーさん、お元気そうで。お久しぶりです」
「…いやぁ、驚いたぜ」
カサンドラは更に笑みを深くして見下ろした。彼女の腕の中には赤ん坊が。すやすや眠っていた。
「先月産まれたばかりなんです。リディアと言います」
「カサンドラそっくりの美人さんだな」
「夫もそう言うんです。まだ良くわからないのに」
「分かるさ」
「オットーさんには感謝してもしつくせません。オットーさんにずっとお会いしたかったのですが、中々機会が無くて、こんな形で驚かせてすみません」
オットーは首を横に振った。
「十分過ぎるぐらい貰ってる。貰いすぎだ。あの時々届く品物。二人からなんだろ?あんなに貰ってたら働かなくてもよくなっちまう。もう要らないからな。送らないでくれよ」
「…ふふ、オットーさんらしい理由。分かりました。そうします」
カサンドラは一歩歩み出た。
「リディア、抱いてやってください」
「俺?俺は駄目だよ。汚ねぇ手で触って病気になっちまう」
「そんなに弱い子じゃありませんよ。ほら」
無理やり抱かせる。オットーの下手くそな抱き方でも、赤ん坊は全く起きる気配がない。ぷっくりした頬が愛らしかった。
「可愛いなぁ」
オットーが呟く。二人が同時に頷くもんだから、思わず笑ってしまった。
オットーをエントランスまで見送る。今度はオリビアやニールも屋敷に招待しようと約束をして。近いうちにそれは果たされるだろう。オットーの姿が見えなくなってから、レオンはエリシアに聞いた。
「名前、訂正しなくて良かったのか」
「なんだか惜しくて」
「惜しい?」
エリシアは恥ずかしさを誤魔化すように、赤ん坊をあやした。
「またあそこで踊れたらと、そう思う自分がいるんです」
「踊ればいい」
「いいんですか?」
「貴女がしたいと思うことに制限はない。一人のファンとして、俺も応援する」
「はい…ありがとうございます」
「風が出てきた。部屋に戻ろう。リディアをこちらへ」
言われた通りに引き渡す。レオンは愛娘と少しも離れたくないらしい。それからレオンはエリシアに笑みを向けた。エリシアも同じく笑みを返した。
夜、赤ん坊を挟んで川の字で眠る。レオンがリディアの胸をトントンして寝かしつけていた。
「この子は本当によく寝てくれる。エリシアにそっくりだ」
「私、そんなにたくさん寝てませんよ」
「一度寝たら絶対に起きないところがそっくりだ」
そうかも知れない。エリシアは苦笑した。
「レオン様も、昔からよく手を握ってくださいます。リディアも一度握ったら全然離してくれません」
「そうか?」
「そうです」
レオンは手を伸ばしてエリシアの手を取った。
「愛している」
ぎゅ、と強くレオンは握りしめた。
「私も、愛しております」
「もっと言って欲しい」
「起きてしまいます。明日また」
エリシアも握り返した。愛しい夫の、柔らかな、少し子供っぽい笑みは、エリシアだけが知っている。
温かさを共有しながら、エリシアは幸せの中、目を閉じる。明日になったら、朝食を皆で食べて、庭を少し散歩して、この子を抱きながら三人でステップを踏んで過ごすのだ。そんな必ずやって来る未来に思いを馳せながら、微睡みに身を任せていった。
【終】
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