【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

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結婚式

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 扉の前に立つ衛兵に、水差しを見せて扉を開けてもらう。王に無礼を働いたとしても、爵位持ちの貴族は、それなりの格式ある部屋に監禁される。装飾の凝らした肘掛椅子や長椅子が用意されているのに、マクナイト伯爵は、わざわざ一番シンプルな小椅子に座り、腕を組んでいた。
 水差しをテーブルに置くと、マクナイト伯爵が口を開いた。
「王への叛心があるとして、恐らく俺は処刑されるだろう。されなくとも爵位剥奪はされる。こうなった以上、手筈通り彼女だけを国外に脱出させる。城下に待機させている者たちに、直ちに号令を出せ」
 使用人は、王宮で密かに働くマティアスの密偵だった。最悪の事態に備えて、予め国外逃亡を計画し準備をしていたから、密偵も心得たもので、無言のまま部屋を出た。

 エリシアの部屋を突き止め、変装させ、使用人として王宮の外へ連れ出す。宮外に待機しているマティアスの部下に引き渡せば、後はお役御免となる。使用人は他にもいる女の協力者に、この件を伝えようと階下へ降りた。

 マティアスは自分の部屋に先程の密偵が戻ってきたので、不審に思った。密偵の後ろに立っているのは、黒の長衣に白の上着を羽織った、一般的に祭服と呼ばれる衣装を纏った司祭だった。王宮付きの証である真っ赤なルビーが嵌め込まれた十字架を首からぶら下げている。五十代くらいの司祭は、柔和な笑みを称えていた。
「陛下は全てをお見通しです。この者の素性も。残念ですが目論もくろみは阻止させてもらいました」
「司祭直々のお出ましとは。俺はやはり殺されるらしい。言っておくが、懺悔することは何も無い。処刑するならさっさと済ませろと伝えろ」
「いえ、挙式の打ち合わせをしに参りました」
「…………は?」


 多くの使用人に囲まれて、あれよあれよとエリシアは服を脱がされ湯浴みをした。いくつもの手が伸びて身体を清められていく。使用人は慣れたものだが、エリシアは初めてたがら始終落ち着かなかった。何をしていなくとも周りが勝手に進めていく。湯浴みが終わると夜着を纏い、髪を梳き整え、化粧を施される。その間に部屋に次々と衣装が運ばれてきた。全て婚礼衣装で、この中から好きなものを選べという。エリシアはたくさん有りすぎて決められなかった。迷っている内に化粧が終わり、パールの耳飾り、髪にもあしらわれて、後は衣装を選ぶのみとなった。
「あの…マティアス様は…?」
 使用人は恭しく頭を下げる。
「既に支度を終え、お待ちでございます」
 そう言われると早くしなければと焦る。と同時に、マティアスは本当にこの結婚を望んでいるのだろうかという思いが頭をもたげた。急に怖くなる。エリシアは服を握りしめた。  

 ドレスはシンプルな物を選んだ。上半身は身体にフィットし、裾が大きく広がった一般的なもの。レースも必要最低限に留めた。ベールを被る。介添えの手を取って、教会へ赴いた。

 普段は王族が祈りを捧げる場所だという。プライベートな空間の為、規模は小さいらしい。宮殿に直結している協会の門の前に立つ。流石、門にはエリシアが見たことのないような精巧な彫刻が掘られていた。重厚な門の向こうでは祈りを捧げる賛美歌が流れていた。エリシアの到着次第、門が開く。胸中はまだ不安が燻っていた。父親の代わりに女官がエリシアの介添えをした。ゆっくりバージンロードを歩いた。
 
 教会の中は、白い漆喰で包まれていた。柱も壁も、彫像も全て白く、荘厳だった。聞いていた通り小さな空間だが高さのある天井だから広く見えた。きらびやかなステンドグラスから暖かな光が射す。奥の祭壇、敷かれた布が金糸で目を引いた。その手前、そこに、マティアスは確かに立っていた。髪を後ろに撫で付け、上下純白のモーニングコートを纏っていた。元々の整った顔立ちと相まって凛として見えた。エリシアは胸が高鳴った、のは一瞬で、まだ気持ちは沈んでいた。マティアスの顔はいつもの無表情で、その真意は見えなかった。

 女官に導かれマティアスの元へ。マティアスはエリシアの手を取って壇上へ上がらせた。壇上には司祭と、何故か立会人である王が立っていた。王と目が合うと茶目っ気たっぷりにウインクされた。

 たった四人だけの結婚式。マティアスは近づいてベールの裾に指をかけた。ゆっくり上げる。エリシアの顔が露わになる。黒髪に艶のある白い肌。紫の瞳が瞬いて煌めく。洗礼されきった、あどけない少女の姿。犯し難い清廉さを纏っていた。
 マティアスはベールを上げた手をそのままに固まった。エリシアはやはりこの式に反対なのだと、不安が的中したのだと思った。
 王が快活に笑う。二人はハッとして王に視線を向けた。司祭が咳払いをするが、そんなことで王が黙るわけが無かった。
「マクナイト伯は君が美しすぎて絶句したようだ」
 今度はマティアスが咳払いした。手が引っ込む。マティアスは目線を合わせてくれない。だから、王の言うことが本当なのだと気づいた。
 
 指輪の交換、誓いのキスを交わす。式は速やかにつつがなく行われた。

 式を終え、二人だけでプライベートルームへ。一つは客間、奥は寝室。二間続きの部屋だった。朝まで誰も来ないという。つまり初夜。
 二人は夜着に着換え、長椅子の端と端に離れて座っていた。気まずい雰囲気が漂っている。エリシアは俯いて手遊びばかりして気を紛らわせていた。マティアスは何も言ってくれない。エリシアが時々、視線を向けても、マティアスはそっぽを向いていた。
「あの…」
 エリシアが意を決して声をかけると、マティアスは立ち上がった。エリシアも立ち上がる。
「疲れたろう。ベットで休みなさい」
「…マティアス様は」
「ここで」
「…やっぱり、お嫌ですか?」
「休みなさい」
「お答えしてくれないなら、嫌だと勝手に思います」
「そういう話ではない」
「どういうことですか?」
「何も分かっていないから話せないと言っている」
 突き放すような言い方。冷たい物言い。エリシアは胸が苦しくなった。
「何が分かっていないのですか?」
「それも話せない」
「お一人で抱え込まないでください。もう夫婦となったのですから」
「駄目だ」
「何も話してくれないその理由すらも、話してくれないのですか?」
 エリシアは思い切ってマティアスの手を握った。節のある大きな指。両手で包み込むように触れた。マティアスは引っ込めようとしたが、結局されるがままになった。
 マティアスがゆっくり座るのに引っ張られて、エリシアも座った。二人とも重なった手に目線を落としていた。
「母も、よくこんな風に手を取って話してくれた」
 独白のように呟いた。それからやっとエリシアに目線を向けた。
「ソルから、俺が入れ替わりだと聞いているな?」
「亡くなった跡継ぎと入れ替わったと伺っております」
「母は…俺を産んだ母はそんな俺を哀れに思ったらしい。密かに国外へ脱出させる手筈を整えていた。母は何度も俺に計画を話した。今でも詳細に思い出せる。不審な動きに気づいた父が俺に尋ねた。俺は、いつもまともに話をしてくれない父と話せるのが嬉しくて、全て話した。母は…足を失った。それが元で長く生きなかった」
 マティアスはやんわりと手を解いた。それから口を押さえた。
「王が立会人になったことで、婚姻は正当化された。エッジワーズ家から新たな花嫁が来ることはなくなった。貴女が命を狙われる危険性を完全に無くすために、エッジワーズ伯爵には俺から釘を刺しておく」
 だが、と続けた。
「王が何故この婚姻を強行したのか分からない。何か理由があるはずだ」
「…元々反逆罪への弁解の為の参上でした。ですが結果はこれです。陛下が私たちを貶めるとは思えません」
「仮にも一国の王だ。権謀術数を巡らすのはお手の物だが、確かに貴女の言うとおりではある。…話は以上だ。休みなさい」
「はい…お話いただいて、ありがとうございます」
 マティアスは首を横に振った。エリシアは静かに立ち上がって、奥の部屋へ消えていった。かと思えば、枕を持って戻ってきた。隣に座って、横になった。
「どうした…?」
「夫がここでお休みになるのなら、私も同じ所で休みます」
「…………」
「これからは何でもお話しください。私も、何でもお話しします」
「…これで良かったのか…?」
 エリシアは起き上がって向き合った。
「勿論」
 余りにもハッキリ言うもんだから、マティアスは狼狽えた。
「あ、貴女と貴女の母を侮辱した」
「私を守るためだと分かってますから。私からも言わせてもらいますが、どうか私のことは名前でお呼びになってください。いつまでも他人行儀なのは嫌です」
「あ、ああ…」
 エリシアは見つめ続けている。マティアスは遅れて気づいて願いを叶えた。


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