13 / 14
13
しおりを挟むマリアが王妃になり、多くの女官が付くことになった。昔からマリアの世話をしてくれたサリタは女官長となった。
王妃専用の居室が与えられ、ノアとは隣同士になった。一本の通路で繋がっていて、いつでも行き来が出来た。主を伴わなければ、使用人は通れない。
ノアはそこを通ってやって来ては、傷の具合を確認していった。労りの言葉をかけられ、唇が触れる。いつも笑顔なのが、マリアには怖かった。
傷が回復するにつれて、ノアの政務が耳に入ってくるようになって来た。
議会は相変わらず開かれず、王による独裁が続いていた。
弾圧も続いていた。公妾であった時に王妃を非難したとされる者たちは、貴族であろうと改宗していようと容赦なく捕らえられた。既に改宗騒ぎで捕らえられていた者たちと相まって、監獄は多くの投獄者で溢れているという。
マリアは自分を非難した者たちを許すようにノアに頼んだ。するとノアはあっさりこれを許すと言った。
「本当ですか?」
「他ならぬ貴女の願いだ。マリア、傷の具合は?」
「変に動かさなければ、痛みもありません」
ベットでほとんど寝たきりだったから、体力が衰えている。そろそろ庭で散歩でもしたいところだが、部屋から出ることを禁止されていた。
「ノア様、庭を歩きたいのですが」
「今日は雨だから明日な。私も付き合う」
窓から見える景色は青空だった。
「…分かりました。では、王宮内は歩いてもよろしいですか?」
「貴女をここから出す気は無い」
口が合わさりベットに沈む。そのまま、マリアは逆らえなかった。
その日から、ノアはマリアを求め続けた。庭にも行けず、父にも会えず、ずっと部屋に閉じ込められた。
「私は一生ここから出られませんか」
朝の日課の本の朗読。マリアが傷を負ってからは絶えていたが、最近また再開し始めた。女官が起こしに来るまでの僅かな時間に、ノアが読み聞かせてくれる習慣だった。
「貴女は私のことを好きではないから、自由にしたらいなくなってしまう。前のように」
「自分の立場を理解しております。逃げません」
「やはり、私のことを愛してないんだな」
「このような無体をされて、貴方様を愛せましょうか。正直言いますと、すっかり変わってしまった貴方様の傍にいるのが怖いんです」
本心を打ち明ける。マリアは起き上がると、倦怠感残る体を動かしてベットを降りた。窓から外を眺める。
季節が進んで幾分か寒さが和らぎつつあった。とはいえまだ寒い。マリアは直ぐにベットに戻った。
ノアはずっとベットで待っていた。マリアを引き寄せると、手を握った。
「貴女の気持ちを待とうと思った。でも、死んでしまったら元も子もない。かといって諦めきれない。私にはマリアしかいない」
「王太后さまも、アルバートさまもいらっしゃるじゃありませんか」
「私に死んでほしいと思ってる奴らだ」
「そんなこと」
「この国教改宗が落ち着いた頃に、全ての責を負って退位に追いやられる予定だった」
知らなかった事実に、思わずマリアはノアを見やる。ノアは視線を落として繋がっている手を見ている。
「本当は、初めから王妃にとは望んでいなかった。自分の末路を知っていたから。貴女が王宮から去ったときに、私の恋も終わっていた」
でも、と呟く。
「思いがけない再会をして、逃したくなかった。私に気持ちが向かなくとも、もういいんだ。傍にさえいてくれたら」
「あのお二人を、どうなさるおつもりですか」
「どうもしない。母は既に遠ざけた。アルバートはまだ幼い。成長して、王位を望むなら、譲ってやってもいい。どうせ跡継ぎもいないのだし」
「…もし、私が身ごもったら?」
「そんな話に意味はないのだろう。無い話はしない」
「もしです。お答えください」
「男児なら跡継ぎにする」
「それでもアルバート様が王位を望むようでしたら…?」
「事前に手は打つだろうな。…マリア、もしかして」
「私は身ごもれません。ただの話ですよ」
ノアが去ってから、マリアはサリタに打ち明けた。サリタは苦しい顔をした。
「身ごもれない薬はございます。ですが、あまりお身体には良くないと聞きます」
「いいの。お願いします」
余計な火種を作るつもりは無かった。強くサリタに口留めして、薬を用意してもらった。
サリタの言う通り、マリアは体調を悪くしていった。医師をも抱き込んでいたから、マリアが何故体調が悪いのか、ノアには知らされなかった。
悪いとは言っても寝たきりまでにはならない。微熱のような怠さがあるくらいだから、体調が良い日は、庭を歩くことも許された。久しぶりの外に、マリアは気が晴れる思いがした。
サリタに支えてもらいながら庭をゆっくり歩く。近くのベンチに座って、外の空気を吸った。
サリタが上着を整えながら声をかける。
「やはりあの薬は強すぎます。しばらく服用は控えましょう」
「いいの」
「マリア様…」
「いいの。こんな体で身ごもりでもしたら、きっと流産させてしまう。それくらいなら自分の体を壊した方がまし」
サリタは何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
「なかなか良くならないな」
椅子に座って本を読んでいると、そう言われる。マリアは本を閉じて膝の上に置いた。
「いいえ、だいぶ良いです」
手を握られる。
「熱がある」
「微熱です」
「何かの病じゃないのか?別の医師を呼ぼう」
「大袈裟ですよ」
手を解いて立ち上がる。ふらつく体をノアが支えた。
「ほら見ろ。マリア、休んでくれ」
ノアに抱き上げられ、ベットに横たわる。すっかり寝床の住人となってしまったマリアは、いつも夜着でドレスなど滅多に着なかった。
「ノアさま…私などより、お疲れでしょう。お休みください」
「政務なら気にするな。今は宰相を置いて、そいつに押し付けている」
その話はサリタから聞いていた。宰相とは言っても形ばかりで、ノアがほとんどの奏上を捌いていることも知っていた。
「──マリア、療養しよう」
「季節の変わり目で体調を崩しただけです」
ノアは濡らした布でマリアの額の汗を拭った。マリアが気づかない内に、汗をかいていたようだ。布の冷たさが気持ちよかった。
「…ありがとうございます」
「目を閉じて。今日は静かな夜だ。よく眠れる」
マリアの目に手が触れる。視界が暗くなるのに合わせて目を閉じる。ノアの言う通り、静かな夜だった。昨日までは嵐のような強い風が吹いていた。
夢を見た。小さな男の子。泣いて、可哀想だったから、マリアは抱いてあやした。男の子は泣きつかれて寝てしまう。下手に動けなくなったマリアは、腕の疲れに耐えて、静かな眠りを約束した。
あれは、夢じゃない。昔の話。ノアがまだ幼い子どもだった頃の話。
どうして急に思い出したんだろう。それは、目覚めてから分かった。
目を開けると、弟のアルバートが隣で眠っていた。いつの間にかベットに潜り込んで寝てしまったらしい。マリアの腕を枕にしていた。
腕のしびれはこれだったようだ。従者がいない。もしかしたら今頃は大騒ぎになっているかもしれない。マリアは起こすべきか少し迷った。
扉が開く。ノアがやって来た。マリアの隣で寝ている弟を見つけると、直ぐにその頭を叩いて起こした。
「んん…」
「起きろ馬鹿。なに病人のベットに入り込んでるんだ」
「私は平気ですから」
アルバートは目を擦って起き上がると、ノアに両腕を伸ばした。ノアも慣れたようにアルバートを抱き上げる。眠そうに体を預けきっているアルバートの背中をあやすように叩いた。
手慣れたその様子にマリアは安心した。口ではああ言いながら、ちゃんと兄らしい優しさを持っているではないか。
「ずいぶん手慣れておりますね」
「起きてるとうるさいからな。寝させておいたほうが楽だから、こういうのを身につけた」
そうだろうか。マリアにはそう見えなかった。
部屋に戻してくる、とノアは出ていった。アルバートの手がノアの服をしっかり掴んでいるのを、マリアは見逃さなかった。
4
お気に入りに追加
836
あなたにおすすめの小説
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
「好き」の距離
饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。
伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。
以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね
日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」
公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。
※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる